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天高く恋育つ秋



生憎の晴天。そう称するに相応しい快晴となり、校長先生は開会の挨拶で「天候にも恵まれ、素晴らしい体育祭日和となりました」と決まり文句を口にした。


「天は我を見放した」
「湿気もなくていいじゃん。日陰なら涼しいし」


本日は我が校の体育祭である。晴れでも雨でもなく、くもりを狙って窓際に寝かせておいたてるてる坊主の効き目はなかったらしい。出番の近い沙耶は私の隣で準備運動をしながら、この空のようにからりと笑った。

開会式前には、気合い十分にカメラを設置する明日香ちゃんを見かけた。本来なら体育祭の写真は写真部の先生が撮ってくれることになっているのだが、明日香ちゃんは競技にもしっかり参加することを条件に撮影も手伝わせてもらうことにしたらしい。「人気のある先輩の写真を少しでも撮って文化祭の客寄せにしないとね!」と言っていたのは忘れようと思う。しっかし、写真となると本当に元気だなあ。数学の授業なんかは船を漕いでばっかりなのに。

と、噂をすればなんとやら。各クラスのテントを順に回っていた明日香ちゃんが、首から愛用の一眼レフを下げてやって来た。


「明日香ちゃんやーい明日写真撮った後って時間ある?」
「え?急だね、体育祭の写真整理するつもりだったけど」
「んじゃ無理か…」
「なんか用だった?」
「私のお母さんが明日香ちゃんに会いたいって言っててね、一回連れて来なさいって」
「マジっすか。じゃあせっかくだから行こっかな!」


驚いたように瞬きを繰り返したと思ったら、流れるような動作でカメラを構える明日香ちゃん。最近、放課後はずっと私につきっきりで写真を撮っていたからだろうか。まるで息をするように写真を撮っている。かく言う私も撮られることにすっかり慣れてしまったので、そこで即座にカメラに背を向けた沙耶と違い、いつものように自然体のまま言葉を交わした。

その後、明日香ちゃんが別のテントへ移動したことを確認して復活した沙耶とプログラムを確認。私が出るのは学年全員参加の玉入れ、借り物競走、そしてラストのリレー。沙耶は玉入れとクラス対抗リレー以外に、棒引と部活動対抗リレーにも出る。

明日香ちゃんは言っていた。この部活動対抗リレーにだけは何が何でも出場しないと。


「勝ち負けよりネタに走ったもん勝ちだよね、これ」
「まあね。あとあたし、これの前に一回抜けるから」
「着替え?」
「そうそう。その辺で着替えるなって顧問に釘刺されてんの」


部活動対抗リレー。それは各部活動のエースたちが試合着を着て、各々の競技の特徴を盛り込んだリレーを行う。つまりだ、普段はなかなかお目にかかれない憧れの先輩のユニフォーム姿が拝める貴重シチュエーションであり、明日香ちゃんの言う“人気のある先輩”が一同に会するまたとないシャッターチャンスでもあるのだ。だから彼女はこの競技だけは意地でも出場しない。


そんなこんなで始まった体育祭。お祭りのような浮かれた雰囲気に乗って、学年は違うが同じハチマキを巻いた先輩後輩を応援したり、同じクラスの男子には野次を飛ばしてみたりした。クラスメイトの彼氏さんが近くを走ったときには必要以上の声援を送り、逆に私が友井のクラスの前を走ったときには必要以上の声援を送られたりと…まあいろいろあった。あれはさすがに恥ずかしかったがそれは置いておいて。

プログラムは順当に消化され、残るは部活動対抗リレー、間にクラス担任教師による縦割りリレーを挟んでクラス対抗リレーだけとなった。先生のリレーは完全に生徒の休憩、着替え用だ。ここぞとばかりに野次紛いの声援を飛ばすのも、この競技の醍醐味だったりする。

明日香ちゃんは部活動対抗リレー用に、テントでカメラの設定や残りのバッテリー、メモリーなどを確認しながらひとり言のように呟いた。


「もしかしたらあり得るかなーと思ってたんだけど勘が外れたなー」
「え、何が?」
「あの写真撮ってなかったら今もそうだと思ってただろうけど」
「おい、明日香ちゃんやい」
「ねえ佳澄さ、誰に恋したの?」


レンズを向けられて、シャッター音。周りは目当ての先輩の姿を探す声で騒がしいのに、私の中から一瞬だけ音が消えた。しかし次の瞬間にはかっと顔が熱くなり、何を考える余裕もなく明日香ちゃんをテントから離れた位置へと引っ張りだしていた。

近くに人がいないことを確認し、堪えていた言葉を叫ぶ。


「なんで明日香ちゃんが知ってるの!?」
「あ、やっぱり当たり?」
「ぬおっ、か、カマかけたのか!!」
「まあまあ落ち着きたまえよ。ほら座って、耳貸しなさい」
「ぐえっ」


これが落ち着いていられようか。首から下げていたハチマキを遠慮なしに引っ張られ、強制的に座らされた私は膝から地面に落ちるような格好になった。小石が刺さって痛かったがそれどころではない。聞きたいことは山ほどある。だが明日香ちゃんが私のハチマキをしっかり掴んだままだったので、大人しく耳を貸すことにした。

そして明日香ちゃんは、潜めた声で一言。


「女の勘よ」
「おい」
「あはは、半分冗談。どっちかというとカメラマンの勘ね」
「カメラマン〜?ねえ私そんなに分かりやすかった?そんなに出てた?」
「出てないから安心なさーい。私も確証があったわけじゃないし」


曰く、夏前と今とで笑ったときの顔がなんとなく違うんだとか。最初は撮影時にハンとジンがいるからかと思っていたが、注意して見ていると普段から違うのでこれは夏休みの間に何かあったぞと思ったらしい。言い返せず、この野郎と肘でどつくことしかできなかった。


「笑ったときにね、目元が柔らかいっていうか雰囲気が柔らかいっていうか」
「いや解説いらないから。いいからそういうの」
「沙耶には?」
「…誰にも話してない」
「たぶん気づいてるよ」
「は!?」
「私が気づいて沙耶が気づかないわけないし。聞いてみれば?」
「ねえ待って、私今すっごく帰りたい。本当に恥ずかしい」


汚れるだなんだなんて言っていられない。地面の上で亀のように丸くなって顔を隠す私。と、その背中にカメラを乗せて撮った写真を見ているらしい明日香ちゃん。だから友井じゃないなら誰とか聞かないでくれ。もうそっとしておいてくれ。

私の悲痛な願いが届いたのか、もうすぐ部活動対抗リレーが始まるからと言って彼女は旋風のように走り去った。のそりと起き上がり、土を払う。沙耶も、気づいているのだろうか。だとしたら、あの野郎に答えが行き着くことも容易いはず。だとしたら、


「あー…。恥ずかしくて死ぬ」


空を仰いで喉を震わせる。これもある種の“当たって砕けろ”に入るかもしれない。

この体育祭が終わったら、沙耶に相談してみよう。




天高く恋育つ秋

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