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ささやかな仕返し



「なんであの人あっさりできてるんですか。ドヤ顔がすっごい腹立たしいんですけど」
「まあ、跡部だからな」
「まあ、あとべ〜だからな」
「まあ、うちの子には負けますけどね」
「アーン?」
「「「まあまあまあ」」」


跡部さんがマルガ(長いので省略させていただくことにした)と俺様の美技を披露してくれている間、私は冷めた目でその光景を眺めていた。いや最初は普通にすごいなあと感動して見ていたのだが、ふと我に返ると目の前の光景を受け入れられなくなってしまったのだ。だってこれ、私の練習時間の何千分の一ですか。


「癪ですね!」
「おー、ハスキーちゃん真っ向からいったー!」
「負けず嫌いだな」
「おれさまのびぎによいなー!」
「こいつは俺に喧嘩売ってんのか?」


やんややんやとはしゃぐジローさんに、その隣で呆れたように笑う宍戸さん。跡部さんは無視してフリスビーを構えれば、すぐにハンがそばへとやって来た(ちなみにジンはジローさんに捕まっている)。私たちにできてマルガにはできないであろうこの技、とくと見るがいい。

まずは股下を潜らせるスロー。いくら跡部さんの足が長いと言えどあのマルガを潜らせるのは…無理じゃない気がしないでもないが無理ということにして、そこから普通のキャッチで間合いを取り、太股を足場にして跳ばせるタップ。続いて背中に乗せてのキャッチ。ラストに胸元を足場にして跳ばせるチェストを決めて、私はどうだと言わんばかりの顔でみんなの元へと駆け寄った。そして跡部さんの股下の位置とマルガの体の高さを確認する。…跡部さん足長過ぎだろ。


「いやでもタップとチェストはさすがに一朝一夕ではできないはず」
「試してみるか?」
「…あっさりできそうなんで遠慮しておきます」
「そうか。それは残念だ」


そう言って、跡部さんはあまり残念でもなさそうに挑戦的な笑みを浮かべた。なんだろう、この人の私に対する扱いがとてもどこかの誰かさんを彷彿とさせるのだが。ホクロか、ホクロがある奴はみんなこうなのか。

荒んだ心を癒やすため、ハンのモフモフに顔を埋めて息を吹きかける。すると私がほったらかしにしていたフリスビーを宍戸さんが拾い上げ、愛犬レオの前で軽く振ってみせた。レオは興味津々。とても元気に尻尾を振っている。


「なあ、どうやって教えればいいんだ?」
「最初はディスクを追うことを教えるために、飛ばすんじゃなくてこう…転がすんです」
「おっ」
「レオはやE〜」


私が縦に転がしたフリスビーを追いかけ、素晴らしいスタートダッシュを切ったレオ。しかし勢い余ってフリスビーに突っ込んで倒してしまい、くわえるのに苦労している。どうにかくわえることができたと思ったら、今度は戻ってくる途中で落としてそのまま宍戸さんの元へと突っ込んでいた。目が褒めて褒めて遊んでと言っている。実に可愛い子である。


「っはは、惜しかったな。ほら、もう一回やるぞ」
「ハスキーちゃん!俺にも教えてー!ジンとやる!」
「いいですよ。ジンはもう慣れてるんで、飛ばし方とコマンドさえ間違えなければばっちりです」
「よーっし!いっくぞー!」
「よしいくぞう」
「おらこんなのは〜いやだC〜」


宍戸さんは笑いながらレオの頭をわしわしと撫でると、途中で落としてしまったフリスビーを拾ってまた二人で遊びはじめた。マジマジすっげーモードのジローさんもジンの隣で跳ねてやる気十分。残りのフリスビーを手渡せば、私の言葉に乗って歌いながら構えを取った。


「ジローさんは乗りがよくていいですねー」
「気分が乗らねえ時は寝てばかりだがな」
「私はこっちのジローさんの方がしっくりきますけど…っていつの間にティータイム」


早速ディスクドッグを始めたジローさんとジンだが、タイミングが合わないのかぎくしゃくしている。それもまた微笑ましいと思いながら声がした方を振り向けば、いつの間に用意されたのやら、小洒落たテーブルにティーセット、スコーンなどのお菓子と優雅なティータイムに突入した跡部さんがいた。

ゆるやかに組まれた足に傍らに伏せたアフガン・ハウンド。私からすれば何かを通り越して胃もたれしそうだが、明日香ちゃん辺りが大喜びしそうな光景である。


「飛川様もどうぞ、こちらにおかけになってください」
「あ、ど、どうも…」


執事のミカエルさんに椅子を引かれ、恐る恐る跡部さんの向かいに腰かけた。紅茶を淹れてもらっている間、肩を強ばらせて緊張する私を見て跡部さんは鼻で笑った。言い返す余裕なんてこれっぽっちもない。ミルクも砂糖も量はお任せして、作法も何も分からないまま口をつける。思わずうまい!と叫びそうになった口はどうにか縫いつけ、ついでに結構なお点前ですと言いそうになった口も一緒に縫いつけた。

跡部さんは時計を確認し、芝の上を走り回るジローさんたちを眺めると最後に視線だけをこちらへ向けて昼食はどうするかと聞いてきた。希望があればそれを用意してくれるとのこと。なんて太っ腹。もしやジローさんたちはいつもこんな感じで美味しいものにありついているのだろうか。


「なんでもありですか?」
「ああ。うちのシェフに作れないものはない」


これは頼もしい限りである。実はずっと食べたくて仕方なかったものがあるのだ。度々頭を過るあの食べ物、名前はあの子に似ているし形は形でフリスビーに似ているし、帰ったら宅配でもいいから頼もうと思っていたほど。そう、それは、


「マルゲリータピザ!」
「てめえ…」
「なんでもありって言ったじゃないですか!」
「却下だ」
「ひどい!」


ここは男に二言はないとでも言って頷くところだろう!それを引きつった作り笑いののちに却下とはどういう了見だ。どうしてもマルゲリータピザが食べたかった私はすぐに援軍を得るべくジローさんと宍戸さんに大声で尋ね、よく聞こえていなかったようなのでとりあえず頷けと叫んだ。二人ともすんなり頷いてくれて良かった良かった。

斯くして、二人の後押しを受けた私は昼食はマルゲリータピザにしてもらうことに成功したのである。帰りにはお土産にと別のピザまで持たせてもらい、今日は実に充実した一日だった。また機会があればたかりに行こう。




ささやかな仕返し

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