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愛しいの共有



翌日、幸いなことに跡部さんのお迎えはリムジンではなかった。ひと目で高級車だと分かるという点で言えば大差ないが、それでもあからさまな金持ちオーラを放つリムジンよりはマシだった。しかしベンツ。もういい。何も言うまい。

…気を取り直して。抱き上げたハンとジンの足を順に拭き、泥がついていないことを念入りに確認してから車の中に下ろした。興味津々に鼻を鳴らす二匹に、跡部さんはあまりにも大人びた表情で微笑んだ。私の周りは本当に老け顔ばかりである。誰とは言わない。挙げ出すと切りがないというのもある。

軽く吹かれた口笛に誘われ、先に乗り込んでいたジンが跡部さんの元へと向かう。前足の付け根から抱き上げられると、目を合わせて元気いっぱいに尻尾を振っていた。続いて私とハンもシートに腰を落ち着けたところで運転手さんがドアを閉め、滑るように車を走らせる。


「名前は?」
「そっちがジン、こっちの少し小さいのがハンです」
「そうか」


名前を呼ばれてジンの耳がぴくりと動いた。しかし用がないと知るとまた前足の上に頭を乗せて寝る体勢に。ハンは外が気になるのか、しきりに窓の外の流れる景色を追いかけていた。

そうしてたまに愛犬のことを話したり、ジローさんのことを話したり、飽きて私が眠ったりしている間に跡部さんのお宅へと到着した。寝ぼけた頭のまま慌てて車を降りたものだから、心の準備も何もできていなかった。だが、思わず入場券はいくらでしょうかと聞きそうになった私の感覚は至って正常であるはずだ。


「で、でけえなんてもんじゃねえ…俺は本当の金持ちの片鱗を…」
「ジローも前にそんなことを言ってたな」
「ジローさん、ジョジョ好きですもんね」
「ああ、あれか」


意外や意外。跡部さんに漫画のネタが通じるとは微塵も思わなかった。私もジョジョはかず兄の部屋にあったものを少し読んだ程度なので、内容はうろ覚え。ジローさんとジョジョの話をしてもお得意のマジマジ語で何を言っているのかわからねー状態。とりあえずこれ以上突っ込まれる前に話を逸らすが得策と見た。

ジローさんたちはもう来ているのかと当り障りのない質問をすれば、もうすでに奥の庭で待っているとのお答えが。“奥の庭”なんて形容の仕方、一般家庭ならまず聞くことはないだろう。普通、庭はひとつしかないし、離れた場所にあるものでもない。

一人もんもんとする私をよそに、跡部さんは「今日は涼しいから外でいいだろう」「昼食は食いたいものがあったら言え」「俺様のマルガレーテは美しい」「以下略」と、奥の庭に着くまでの間、あれこれと話題を提供してくれた。さながら英国紳士のごとき振る舞いである。まあ右に左に前に後ろにと気になるものが多すぎて半分くらいは聞き流してしまったが。

奥の庭はそれまで通り過ぎた庭と違い、花壇やらバラのアーチやらといった飾りっ気のない、広い芝生だった。その真ん中には駆けまわる金髪と帽子の少年、それに長く美しい毛をたなびかせるアフガン・ハウンドと、足元をちょこまか駆け回るビーグルの姿が。


「あとべたち来た!ほら!宍戸!ハスキーちゃん来た!」
「見りゃ分かるっての。ジロー、待て」
「俺は犬じゃないC〜」
「レオはちゃんと待てしてんぞ」
「俺は犬じゃないからEーの!」


ひと通り騒いだのち、ジローさんと宍戸さんらしき人物がこちらへとやって来た。後ろからは優雅に…じゃないな、狩猟犬らしく獲物を狩らんとする獰猛な走りでマルゲ…マルガレーテが二人を追い越し、しばらく経ってからビーグルもやって来た。

ハンとジンは初めて見るアフガン・ハウンドに落ち着きがない。あのスピードで走ってこられると私も怖い。ついでに言うとジローさんと宍戸さん(仮)も怖かったようだ。


「おい跡部!お前わざとマルガレーテ呼んだだろ!」
「アーン?人聞きの悪いこと言ってんじゃねえよ」
「マジマジこえー!あ!ハスキーちゃんおはよう!これ宍戸ね!」
「あ、ども。飛川佳澄です」
「あ、おう。俺は宍戸亮だ。よろしくな」
「よし!じゃあ遊ぼう!」


自己紹介がおざなり過ぎる。それに肝心の愛犬紹介(という名の自慢)が済んでいない。跡部さんと宍戸さんも同意見だったらしく、ジローさんは二人にそろって待てをかけられてしまっている。そこでじゃあ待ってる間寝てるねと言い出す辺りがジローさんらしいというかなんというか…ジローさんらしい。


「まずは俺様のマルガレーテからだな」
「その“当然”って感じが癪ですがどうぞ」
「お前、跡部相手によく言うな…」
「下手に出たら負けだと思ってるので」
「おい、聞いてんのかてめえら」


あまり聞いていなかった、と正直に答えたらよろしくないことくらいはさすがに分かるので、日本人らしくあいまいに頷いておいた。すると俺様のインサイトを誤魔化せると思うなよとどえらい目つきで睨まれてしまった。このぼっちゃま、仁王先輩以上に面倒臭いかもしれない。

まあ、周りくどいのはこの辺にして。跡部さんちのマルガレーテは写真で見るよりさらに美しい毛並みの持ち主だった。あからさまなまでの気品は跡部さん自身に通づるものがある。ペットは飼い主に似るとはよく言ったものだ。立っているだけで絵になる辺りまでそっくりである。

続いて宍戸さんちのビーグル、レオ。こちらは残像が見えるのではという勢いで尻尾を振りまくっており、ひたすら落ち着きがない。宍戸さんの足元を行ったり来たり、待てと言われれば待つがすぐにお尻がもぞもぞしだす。曰く、犬がいっぱいいるから興奮しているのだろうとのこと。


「じゃあ次はうちの子の番ですね!」
「ディスクドッグが得意なんだろ」
「…なんで跡部さんが知ってるんですか」
「ジローから聞いたんだろ。俺も聞いたし」
「ガッデム」


どうせなら自分の口で自慢したかったというのに、ジローさんときたらすやすや寝こけやがって。

だが、ここでめげる私ではない。即座に取り出した五枚のフリスビー。当然のごとく持参済みであるこれを見た途端、ハンとジンのテンションは一気に上がり、すぐに私と適当な距離を取っていつでも走り出せる体勢になった。とくと見やがれ野郎共。せいぜいハンとジンの素晴らしさに酔いしれるがいい。


このときの私は、ただただハンとジンの自慢をすることしか頭になかった。少し考えれば愛犬家二人が対抗心を燃やすことくらい分かったのだろうが、今か今かと瞳を輝かせるハンとジンを見ては冷静な判断など下せるはずもなかったのである。致し方ない。




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