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目を背ける


楽しいこともあれば楽しくないこともある。私は楽しいことの前に楽しくないことを済ませていたが、そうでなかった赤也は泣きを見た。そう、夏休みの宿題である。

私を含めた他五人はきっちり進めていたのでなんの問題もなかった。しかし、例年通り後回しにしていた赤也はその事実がテニス部の先輩方にバレてしまい、拉致監禁という流れに。ちなみに私と沙耶と深雪は、最後の夏休みをのんびりと家でアイスを食べて過ごした。赤也のメールが当社比三割増しでうっとうしかった。

そして、今日は夏休みが明けて始業式。久しぶりの学校は少し緊張する。制服に袖を通して、終わってしまった夏休みのことを思い出すと同時にこの先に控えた体育祭や文化祭のことを考えた。結論、どちらも楽しい。自転車で受ける風は秋の空気になりつつあるし、これは絶好の…。


「写真日和だよね!!」


私としてはお散歩日和のつもりだったのだが…じゃなくて。久しぶりの教室にて、あまり久しぶりでもない沙耶と話していると明日香ちゃんがこちらへやって来た。元気いっぱいに答えた彼女は、私の記憶違いでなければ夏休み前と色が違っていた。もうなんというか、運動部顔負けの焼け方をしていたのだ。真っ黒。ジャッカル先輩並みに。


「おっまえ焼けたなあ!真っ黒じゃん!」
「まーねー。校庭の草むしりとかしてたから!」
「なんでまた草むしり?」
「それよそれ!学校にハスキーちゃんたち連れ込む許可もらったから!バッシバシ写真撮るからね!」
「話が読めないよ明日香ちゃん」


草むしりからどういう流れでハンとジンを連れ込む許可につながるのか。沙耶と一緒に首を傾げると、明日香ちゃんは焼けた頬を掻きながら少しだけ困ったような顔で笑った。


「いやあ、先生に聞いたら校庭の草むしり手伝ってくれたらOKって言われて、それでね」
「え!?ちょっと待って、それなら私も手伝ったのに!」
「いいの!写真撮りに学校来てたしそのついでだから!」
「じ、じゃあ撮影がんばるから!」
「ホント!?今日から!?」
「え、今日から!?う、うん、いいよ…!」


まさか今日からだとは思わなかった。心の準備をしていなかった。が、明日香ちゃんのやる気を削ぎたくはないし、私だって明日香ちゃんの気持ちに応えたい。幸いにも二、三日前に雨が降ってから気温はぐっと涼しくなっているので、ハンとジンも日中から外に出られる。これは…やるしかないだろう。

それから始業式を終え、ホームルームを終え、午後から始まる部活の前に一度家へ帰ろうとする人の流れに乗って校内を歩く。沙耶は同じ部活の子と近場で昼食を済ませるらしい。私は帰ってハンとジンを迎えに行かなければならないので、今日はここでお別れ。家に帰ったら母にも説明して、帰りの時間は。

と、そこまで考えてはたと足を止めた。


「そういえば仁王先輩って、もう部活ないのかな」


三年は夏の大会をもって引退するのが一般的だろう。そうなると仁王先輩は以前よりも早い時間から我が家へ来るのだろうか。本人からは何も言われていない。かと言ってこちらから聞くのもはばかられる。まるで早く長く会いたいとでも言っているようではないか…。絶対に、意地でも聞かない。

止めていた足を動かし、地面を蹴るように歩いて駐輪場を目指した。なぜだろう。眼の奥が熱い気がする。夏が終わってしまった、大会が終わってしまった、その先の、変わるものの多さに目眩がしたのかもしれない。初めて見た仁王先輩の試合と楽しげな表情が、瞬きの度に瞼に映る。眩しい。もう一度見たい。でも、見るのが怖い。怖い?何が?

浸りそうになる思考を吹き飛ばすように自転車を漕ぎ、着いた家の玄関を強く開ければ、ハンとジンの熱烈なお迎えによって煮えたぎるような何かは呆気なく消え去った。慣れない感覚は心臓に悪い。我が家が一番、愛犬頂点。気分が落ち着いてほっとした。


「ただいまー。ホントにハンとジンはかわいいねえ…」
「おかえり。ご飯もうすぐできるから」
「あーい」


母の抑揚の少ない声を聞いてさらに気分は落ち着いた。よくよく考えれば今日仁王先輩が来ると決まっているわけではないし、私があちらに時間を合わせてやる必要もないし、ハンとジンがいなかったところで母が説明すれば話はそれで終わる。そうと決まればと母に写真のことを話すと、少し考えた後に「生徒じゃなくても文化祭に行けるの?」と聞いてきた。もしかしなくとも見にくるつもりか。それはさすがに恥ずかしい。勘弁していただきたい。

焦る私を尻目に、母は携帯を操作すると誰かに電話をかけ、文化祭に行けるかを聞き、短くお礼を言うと通話を切った。ここまで一分とかかっていない気がする。


「二日目見に行くから」
「ガッデム!誰だよ今の!」
「PTA会長さん」
「さいですか…」


文化祭一日目は生徒のみの参加で非公開となっている。が、二日目は一般公開で他校生も家族も参加できる。もうこれは逃げようがないらしい。仕方ない。こうなったら腹をくくろう。この母をも唸らせるような写真を明日香ちゃんと撮り、見返してやればいいではないか。私は昼食を一気にかきこみ、ハンとジンを連れて勢い良く家を飛び出した。

しかし、二重、三重に引き出されたやる気はあっという間に萎むこととなる。先生方や部活中の生徒にハンとジンをちやほやされたことが嬉しかったというか、まあ撮影中薄ら笑いを浮かべてしまってまともな写真が撮れなかったのだ。

…明日から頑張ります。



目を背ける

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