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まれの勝ち



田仁志さんの事情聴取を終えたらしいコロネさんが、おかまさんのようなポーズで眼鏡を押し上げながら『大体の事情は分かりました』と言って戻ってきた。そして私は沖縄の皆さんに囲まれてしまった。なんだこの威圧感は。


「まあ、まずはあなたに礼を言うのが筋というものでしょうね」
「はあ」
「ありがとうございました。部長として礼を言います」
「わんからもにふぇー!」
「あ、ありがとうございます」


身長以外の意味も含めて上からな物言いだがいちおうコロネさんがお礼を言ってくれた。部長がこれなら部員もああなるというものかと一人納得する。主に髪型とか。そしてコロネさんの後ろからひょっこりと現れたモサリーヌさんは苺味のかき氷をくれたので、今度は私がお礼を言う番だった。

後ろで赤也が試合のときとイメージがちげえだのなんだのとぼやいているが、私としては傍若無人なところやそれでいてお礼をしてくれるところが田仁志さんと同じで、今までと変わらなかったりする。とりあえずたっちゃんがかき氷もらえて良かったねと笑ってくれたので深く考えないことにした。

ストローを何度も突き刺し、シロップが氷に染みこむようにと手を動かす。すると今度はギャル男が横からやってきた。この人の私服は裏原系だから髪色もあってものすごく目立つな。


「ジェラート屋もやーが教えてくれたんだばぁ?」
「あのいつも行列ができてる」
「そうそう。うまかったさー。特にレモンの…」
「あれ!おいしいですよね!酸っぱいんですけど後から甘みがきてその甘みもくどくなくてスッと引いてく感じが特に!」
「お、おう」


さすがレモン色の頭をしているだけのことはある。お目が高い。服はどこぞの国のお菓子のようなビビッドカラーだがまあそれはこの際目をつぶって。チョコバナナ早食い勝負に勝利したらしい丸井先輩がなんだかうるさいがそれには耳を塞いで。他にも私が食べたことのない味を食べたらしい皆さんに感想を聞いて回り、満足したところで深雪の隣へと戻った。

立海の皆さんに沖縄の皆さん。沙耶、深雪、赤也がいるのでなんとなく予想はできたがこれは一緒に行動する流れだ。田仁志さんと丸井先輩はすでに次の店で第三ラウンドを始めている。彼らに夏バテというものはないらしい。あの二人はちょっとくらい夏バテした方がいいと思うのは私だけだろうか。まだかき氷しか食べていないのに心なしかもたれた胃をさすっていると、幸村先輩が私たちを呼ぶ声がした。


「悪いけど、沙耶のことちょっと借りるね」
「あ、今名前、」
「あーあーあー!!なんっも聞こえなかった!!なんっも聞こえなかった!!」
「はいはい。なんでもいいから行くよ」


嫌がる沙耶の右手を掴んで、幸村先輩は拝殿の方へ行ってしまった。残された幼なじみーずで顔を見合わせる。深雪、赤也、たっちゃん、幸弘。あとたぶん私も。みんな同じような顔をしている。


「下の名前で呼んでたよ」
「手、つないでたぜ」
「幸村部長、めっちゃ笑顔だった」
「沙耶は顔が真っ赤だったわ」
「二人とも嬉しそうだったねー」


辛うじて見える二人の背中を視線だけで追いかけ、にんまりと笑う。一部始終を見ていたのは私たち五人と柳先輩、真田先輩くらいなもので、他の人たちは早食いの観戦に行っている。仁王先輩がいれば後をつけるだのと言い始めたかもしれないが、奴は今ここにいないし、そういうネタが好きそうな丸井先輩はフードファイト中なのでみんな温かい目で二人を見送るだけ。そして二人が人混みに紛れて見えなくなったところで柳先輩が口を開いた。


「幸村は何も言わなかったが、お互いの想いが通じ合ってからもリハビリと大会でろくに会えていなかったようだからな。今日は大目に見てやってくれ」
「まあ私たちは家が近いからいつでも会えますし」
「……」
「真田副部長、顔が怖いんすけど」
「…む、そうか」
「変わってないっすよ」
「むう…」


まるでお父さん。これはたっちゃんが耳打ちで教えてくれたのだが、真田先輩は風紀委員だから止めるべきだったか迷っているのだろうとのこと。うっかり思い切られるとあの二人が可哀想だ。しかし顔が怖い。

怯える私たちをよそに深雪と柳先輩は何やらアイコンタクトらしきものを交わすと、真田先輩の腕を引いて拝殿とは逆方向へと歩き出した。付き合いが長い分、扱いにも慣れているのだろうか。あの真田先輩が押され気味というのも珍しいなあと感心しつつ、私たち四人も遅れて歩き出した。

なるべく人の流れに乗るようにして、絶賛フードファイト中の田仁志さんを目印に足を動かす。視線を横にそらしたのはたまたまだ。別に何かが見えたわけでもなかった。はず。


「おう、おまんも来とったんか」


久しぶりに見た、仁王先輩。他の人たちの比じゃない。白髪頭はこの人混みの中でも一瞬で見つけられるほど目立っていた。だが、私の前を歩いていた赤也たちは仁王先輩に気づかなかったのか、そのまま先へと進んでしまっている。


「来てましたよ。すごい大所帯になってますけど」
「比嘉の連中じゃろ。丸井があいつらに声かけたとき、そばにおったからな。知っとる」
「じゃあ私が田仁志さんと知り合いだったのは?」
「…食い物つながりか」


質問の答えになっていないのに中途半端に当たっていることが腹立たしい。あとその蔑むような目も腹立たしかったので思いっ切り足を踏んでやった、つもりが避けられて踏み返された。前は避けられなかったのに!


「俺がそう何度もやられるか。阿呆」
「うるせー白髪野郎!膝カックンしますよ!!」
「できんくせに」
「うぜえ!!」


そう。悲しくも憎たらしく、そして腹立たしいことに私と仁王先輩では足の長さが違いすぎて膝カックンができない。これは以前立証済みだ。もうあのときのような心の傷は負いたくないのでここは大人しく引き下がるとする。

仁王先輩はすぐに田仁志さんと丸井先輩と愉快な仲間たちの姿を見つけたようで、さっさと歩けと言うなり人の流れに乗って進みだした。慌てて追いかけた背中は広い。尻尾のように垂れた後ろ毛が小さく揺れる。あまり深くは考えず、気がつけば私はほぼ無意識に声をかけていた。


「大会、お疲れさまでした」


振り返った顔は初めて見る表情だ。何か文句を言われる前にと慌てて奴を追い越せば、


「今回はおまんの勝ちにしとくかのう」


という、笑いを含んだような声が背中に届いた。




まれの勝ち

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