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浮かれる祭りばやし



「あっついホント溶ける。もう嫌。溶ける。重い。暑い」
「うおー!西瓜来た!でけえ!」
「あっぶね!赤也ジュースこぼれるって!」
「お疲れさま、佳澄。あとは俺がやっとくよー」
「たっちゃんありがと…」
「外は暑いから大変だったでしょう?」
「だろうな。ほら、麦茶飲め」
「あざーっす…」


沙耶に渡された麦茶を一気に飲み干し、涼しいエアコンの風に当たったところでようやく体が落ち着いた。

今日は前日にした約束通り、みんなで祭りに行くことになっている。私は昼過ぎにお土産を持って家を出ようとしたのだが、そこで母に捕まった。無表情のまま差し出されたビニール袋。美しい曲線はそんな安っぽい袋なぞに屈することはなく、さらには縞模様まで透けて見えるほど主張している。一言にまとめると“ぱつぱつ”だった。まあとりあえずでかい西瓜を持って行けと渡されて、蝉しぐれに撃ち殺されそうになりながらたっちゃんの家へとやって来た次第だ。西瓜を落とそうと思った回数は両手両足の指を使っても足りることはない。


「あー、生き返る。エアコン最高」
「佳澄邪魔。そこで大の字になんな」
「いでっ」


エアコンの風が一番当たる場所で寝転がっていたら沙耶に脇腹を蹴られた。よくよく見れば持ってきたお土産を赤也と幸弘が勝手に開けているではないか。あの野郎共相変わらず遠慮と礼儀というものが全くない。主に私に対して。

長野土産のお菓子をみんなで食べながら、この中で一番ゲームの苦手な深雪にあえて1Pのコントローラーを持たせる。選択したのはアクションゲーム。次々と現れる敵に四苦八苦する様が面白可愛いく、沙耶と一緒になってからかっていたら怒られてしまった。

そうしてしばらくゲームで遊んだところで、たっちゃんがそろそろ花火を買いに行こうかと腰を上げた。他のみんなも同意の声と共に腰を上げていく中、私だけが最後まで床を這いずりながら渋ったのだが無駄な抵抗に終わった。こうなったらさっさと行ってさっさと帰って来るしかない。という理想。現実は歩いても止まっても汗が滴る暑さなので亀の歩みで進むのがやっとだった。

何を考えていようと口から漏れる“暑い”という言葉。それが途絶えたのは、口をへの字に曲げた幸弘が別の話を切り出したとき。


「そういやさあ、俺ら部活で見に行けなかったけど、」
「あー…いいって、その話は」
「赤也。俺にもちゃんと言わせて欲しいな」
「…んだよ、たっちゃんまで」


幸弘とたっちゃんが触れようとしているものを察した赤也は、下を向いて歩く速度を上げた。たっちゃんは逆に、足を止めることで赤也の気持ちを引き止める。前を歩いていた沙耶は私たちの横に並び、赤也の隣で足を止めた深雪へと向き直る。

“全国大会、お疲れさま”

祝いの言葉も励ましの言葉も、私たちの間にはない。それが欲しい言葉でもあげたい言葉でもないからだ。一瞬だけ泣きそうな顔をした赤也は、『本当にな』と言ってすぐに苦笑いへと変えた。深雪も少しだけ赤らんだ目を伏せて、だけど次の瞬間には『これから大変になるわ』と微笑んだ。強いな、二人とも。

長いこと一緒にいると、こういう真面目な空気はどうにも気恥ずかしくていけない。すぐにいつものふざけ空気に塗り替えて、暑くてたまらないのにみんなでどつき合いながら店へ向かった。

花火は手持ち花火に打ち上げ花火、ロケット花火と、たっちゃんの熱い要望によりねずみ花火とへび花火も購入。帰りはアイスを食べながら歩いて、戻った先で用意されていた西瓜をみんなで食べた。たっちゃんママは女神か。


「ねえ沙耶、幸村せんぱ、」
「待ち合わせはしてない」
「えー…。なんで」
「そこんとこは別に問題ないぜ。向こう着いたら俺と深雪で幸村部長たちと連絡取ることになってるし!」
「はあ!?」


素っ頓狂な声を上げ、顔を真っ赤にした沙耶は赤也の首を絞めにかかった。最終的に行きたくないと駄々をこねだしたので、私と深雪で引きずるようにして神社へ向かった。人の色恋沙汰をからかうのはどうしてこんなに楽しいんだろうか。ずっとにやにやしていたら観念して自分の足で歩きはじめた沙耶に頭を叩かれた。いやあ、春ですね。夏だけど。

神社が近くなるにつれ、道には浴衣を着たお姉さんの姿が増えていく。少しずつ大きくなる祭りばやし。学校の知り合いも途中で何人か見かけた。やはりみんな考えることというか行く所は同じらしい。


「幸村先輩たち、もう出店を回り始めているみたい」
「いいってそういう情報…」
「お、またメール来た。鳥居くぐってすぐのたこ焼き屋にいるってさ!」
「だからいいってそういう情報…」


ひたすらぐずる沙耶が面白くて仕方ない。私たちとしてはすぐにでも沙耶を連れて走り出したいのに、肝心の沙耶がバスケの試合並のポジショニングを披露してくれるおかげでなかなか前に進まない。どういう踏ん張り方をしたらこうなるんだ。

沙耶がそうくるならこちらは数で押せばいいと言わんばかりにその背を押し、どうにかこうにか言われた鳥居のすぐ前までたどり着くことに成功。目印のたこ焼き屋もすぐに分かった。そうして幸村先輩たちの姿を探せば、目立つ赤髪と並ぶ巨体が嫌でも目に入…いや待て、巨体、あの巨体は、そんな、まさか、


「田仁志さん!?」
「ぬ?」


私の声に振り返った巨体、もとい田仁志さんと、赤毛の丸井先輩は、鼻の頭にソースをつけたまま首を傾げた。声を上げたのが私であることに気づいた二人は、同時に私の名前を呼んだ。そしてお互いに顔を見合わせてまた首を傾げる。

よくよく見れば他の立海の先輩方もそばにおり、田仁志さんのそばにも…なんだかすごく柄の悪い方々がいる。すごい。コロネにギャル男、モサリーヌに部分白髪…。すごい。坊主の人とおかっぱ?の人が普通に見える。ついでに言うと立海の面々まで普通に見えてくるくらいだからよっぽどだ。


「あー、あぬときのチビ」
「恩を仇で返すとはいい度胸ですね!」
「ちょっと待てちょっと待て!なんで飛川が田仁志のこと知ってんだよ!」
「いや、私からすればどうして田仁志さんと丸井先輩たちが一緒にいるのか聞きたいんですが…」


鼻の頭のソースをジャッカル先輩に拭ってもらった丸井先輩がこちらへ詰め寄ってきた。と思ったら田仁志さんに向かってT字のジェスチャーをとり、タイムと叫んだ。何がしたいんだこの人は。


「まずお前から俺の質問に答えろい」
「えー…。まい…じゃなかった、東京に行ったときにたまたま会って、テニスコートのある場所まで案内したんです」
「慧くん!わったーそんな話聞いてねーらん!!」
「なんで黙ってたんさー!!」


なぜかモサリーヌとギャル男が田仁志さんに飛びかかった。男二人に飛びかかられてもびくともしない田仁志さんは圧巻の巨漢。…語呂がいいな。まあとにかく、向こうは向こうで揉め始めたようなのでこちらはこちらで話を進めようと思う。


「で、丸井先輩はどうして田仁志さんといたんですか?」
「リベンジだよリベンジ。大食いの」


曰く、去年の修学旅行で行った沖縄で田仁志さんとソーキそば大食い対決をして負けてしまったらしい。私はてっきりテニス関係で顔を合わせたことがあったのかと思ったのだが、実際はしょうもない理由で力が抜けた。まあそんなこんなで二人は今回の全国大会で運命的再会を果たし、今に至るというわけか。


「なんだよ運命的再会って。キショイな」
「十二分に運命的だと思いますよ?」


何が不服なのか、丸井先輩はたこ焼きを持っていない方の手で腕をさすっている。そして最後のひとつを食べ終えると田仁志さんに向かって『たこ焼きは俺の勝ちだな』と言ってほくそ笑んだ。自分でタイムを出しておいてそれはないだろう。当然のように田仁志さんも怒っている。が、あちらの事情聴取はまだ終わっていないのかコロネさんに首根っこを掴まれて引き戻されていた。

まさかお前が田仁志と知り合いだったとはなあ、と呟く面々。その中に仁王先輩の姿はない。ちなみに幸村先輩は早々に沙耶の隣を陣取ってどうして浴衣じゃないのかと笑顔で問い詰めていた。見なかったことにした。


「仁王なら遅れて来るから安心しろ」
「…別にそんなこと聞いてませんけど」
「今のは俺のひとり言だ」
「さいですか」


悔しいが、柳先輩の“ひとり言”を聞いて安心してしまった私がいる。一発殴ってやりたい。

とにもかくにも、祭りはまだ始まったばかりなのだ。これは疲れただなんて言っていられないだろう。




浮かれる祭りばやし

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