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堂々巡り



たまに私の分も盗りつつ(おごってもらった手前文句は言えない)、倍速で大量のジェラートを食べ終えた田仁志さん。自称筋肉の詰まったお腹をさするその表情は満足気だ。味も納得のいくものだったらしく、お店の看板を撮ったりメニューをメモしたりと忙しい。実はそれがちょっと嬉しかったりもする。


「おいしかったですか?」
「まーさたん!」
「…おいしかった?」
「そういっちょーさ」


相変わらず沖縄の言葉は難しい。

さてそろそろテニスコートへ向かおうかと腰をあげたとき、私ははっとして時間を確認した。言葉が通じなかったり寄り道したりなんだりで、時刻はすでに昼に近くなっていたのだ。慌てて時間は大丈夫かと田仁志さんに聞けば、彼はなぜか途端に怒りだした。そんなに急いでいたのかと狼狽えるも、なんだか様子がおかしい。


「あにひゃー!わんだけ置いて原宿さ行きよった!!たーん待ってねーらん!!」
「あ?…ああ、置いてけぼり食らったんですか」
「わんも行きたかったやっさー…」
「…それは残念ですね」


田仁志さんが原宿に行ってもまず一歩も竹下通りには入れないだろうとは言わなかった。さすがに私の良心が痛む。しかしお友だちもそれを危惧したのではと思わなくもない。とりあえず時間の心配をする必要はないことが分かっただけで十分なので、このことは忘れることにした。

どすどすと地団駄を踏んだのち、とぼとぼとあさっての方向に歩き出した田仁志さん。そっちじゃないですと広い背中を押して誘導すればあっという間に汗だくになる。取り込んだばかりのジェラートが流れ出ていく虚しさといったらない。見た目に反してメンタルが弱すぎるぞ田仁志さん。

そんな田仁志さんを適当になだめながら、どうにかこうにか目的のテニスコートもといテニススクールへとたどり着いた私たち。ちなみに裕太くんの姿はない。ちょっとがっかりしないこともないが、まあお昼時だしそんなもんだろうと自分に言い聞かせる。


「ここ、私の友達が通ってるテニススクールです。なんか部活で通ってるみたいなんで、時間が合えば試合の相手もしてもらえると思いますよ」
「わかったー。にふぇーでーびる」
「おお、どういたしまして」
「ん?ぬーんち驚いたばー?」
「驚い…えーっと、まさかお礼言われると思わなかったので」
「それくらいあびる」
「あ、あび…?」
「言う」
「お、おお」


相変わらず沖縄の言葉は以下略。それでもちょっとくらいは分かるようになったつもりだ。まあ恐らく田仁志さんが訛りを緩めてくれているのもあるが。少なくとも馬鹿にしているときのニュアンスと呆れているときのニュアンスはほぼ100%理解したというか田仁志さんの言葉のほとんどがそんな感じだったので理解せざるを得ない。なのに憎めないのは彼の人柄なのだろうか。謎だ。

田仁志さんが受付でコートの予約をしている間、私はロビーのソファでそんなことを考えていた。受付のお姉さんがあら、と私を見て首を傾げたので軽く会釈だけを返しておく。ものすごく不思議そうな顔で私と田仁志さんを見比べているが、この人が迷子になっていたのでと正直に説明すると田仁志さんに何か言われる気がする。主に文句。なので、かしこい私は知らんぷりを決め込んだ。

しばらくして、予約を終えたらしい田仁志さんと一緒に受付を出る。一歩後ろ、ガラス一枚向こう側のクーラーが恋しい。


「明日は台風がちゅーさから、へーく閉めるんだってよ」
「台風って夜からでしたっけ。大会も延期になるんじゃないですか?」
「あびてぃーねーらんみ?大会は十七日からさー」
「十七日!?…え!?テニスの全国大会ですよね!?マジですか…!」
「しんけん、しんけん」


なんということだ。十七日と言ったら私は長野にいる。その次の日もそのまた次の日も次の次の日もその先も…。確実に、試合は見に行けない。テレビで中継されることもないだろうし、いまさら長野のおじいちゃんのところへ行く日にちをずらせるわけもない。つまりだ、その…奴の試合を見ることは叶わないということか。

雅樹も奴も赤也も深雪も誰も日にちのことは言っていなかったから、てっきりまだ先なんだとばかり思っていた。全然先じゃなかった。しかも絶対に行けない。不意打ちのショックに項垂れる私を、田仁志さんはおざなりになぐさめてくれた。…おざなりに。

それから一緒にファミレスでお昼を食べて、田仁志さんの見るだけで胃もたれしそうな量にげんなりしつつ、全国大会の細かい日程や開催地などを聞いた。そして最後に、分からないことがあったら聞きたいという田仁志さんと携帯の番号などを交換して駅で別れた。どうやらテニスコートを見つけたことを連絡したら原宿へ来いと返事が来たらしい。良かった良かった。…が、しかし。


「はあ…。しばらく会ってないうえにこれか…」


一人になった途端、いろいろな寂しさが込み上げてきた。かず兄然り、田仁志さん然り、認めたくないが仁王先輩も然り。もう次会ったときにどんな顔をすればいいか分からないという域は越してしまっている。仁王先輩ってどんな顔だったっけ。小憎たらしいだったことくらいしか…あ、そういえば口元にホクロがあった。実は最初に見たとき、チョコでもくっつけているのかと思った。言ったらきっとまたいつものように頭を叩かれるんだろう。あの人はすぐ手が出るうえに加減がないから。

東京から神奈川へ戻る電車の中、仁王先輩の声を思い出していた。いつもトーンが変わらなくて、人をからかうような色を滲ませた声。聞きたいなあとは思うが電話をする勇気はない。理由を聞かれでもしたら上手く誤魔化す自信がないからだ。それに何より癪に障るというか私の意地かプライドが許さない。


(沙耶なら会いに行くのかなあ)


手持ち無沙汰も手伝って電話帳から沙耶のアドレスを開いたが、部活中かもしれないことを思い出してすぐに閉じた。続けて深雪、赤也、幸弘、たっちゃんのアドレスも開いてみるも、全員部活中な気がしたのでやっぱり閉じた。虚しい。

それならばとかず兄に今度はこっちに泊まりにおいでとメールを送り、母にはこれから帰るとメールを送る。かず兄からは楽しみにしているとの返事が返ってきたのでいいが、母からのメールで更にダメージを受けることとなった。


『今仁王くんちのお母さんとランチしてるから。帰ったら洗濯物取り込んどいて』


ガッデム。私は携帯片手に深く項垂れた。




堂々巡り

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