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人類みな変質者


「昨日の夜、変な奴見た」


ずこーっと紙パックの牛乳を飲みながら沙耶は顔をしかめてそう言った。箸で摘まんだ里芋がぽろりと落ちる。左隣に座る沙耶は、口を開けた私の間抜け面を見て笑った。


「佳澄、間抜け面」
「もとからじゃい。…いや、というか私も昨日変な奴見たよ」
「マジで?制服着たおっさん?」
「ぶっ!!」
「ちょ、仙田汚い!牛乳吹くなっての!」
「げほっ…だ、だって、制服着たおっさんって…」
「私が見たのは眼鏡に半袖半ズボンの変質者だったけど」
「っ、ははは!まじ…げほっ、お前らな、ないわそれ…!げほげほっ!」
「仙ちゃんむせすぎ」


同じ班の沙耶、仙田、友井、私の四人分の机をくっつけ、配膳された給食をつつくお昼時。なぜか沙耶と私が見た変質者がツボに入ったらしい仙田はひいひい言いながら笑っている。彼の笑い上戸は今に始まったことではないので無視。話せる状態にない仙田に代わり、私の隣の席に当たる友井が詳しい特徴は?と先を促した。

沙耶が見たおっさんは三十後半くらいの長身の男。どうやら立海の制服を着ていたらしいが、高等部か中等部かまでは分からなかったとのこと。いったい何年留年してるんだそのおっさんは。

物騒な世の中だと適当に相槌を打っていると、今度は私が見たのはどんな奴だったのかと聞かれた。あまり思い出したくはないが、仕方なく見たままを話す。眼鏡に半袖半ズボン、もう冬も近いのに汗をかいていて妙に丁寧な口調で声をかけられた、と。そろそろ仙田の呼吸が怪しくなってきた。


「声かけられたとか大丈夫だったの?」
「ハンとジン連れて逃げたから」
「え、男?」
「違うよ。犬」
「佳澄んちはシベリアン・ハスキー二匹飼ってんの」
「へー!なんかかっけーな!」


なんかかっけーな。友井のその言葉に口がにへっとだらしなく緩む。そうなんだ!ハンとジンはかっこいい!そして愛らしくて何より美しい!去年雪が降った時の写メなんだけど、もうやっぱり表情が違うというかこの子たちほど雪の似合う子はいないよね!白と黒のコントラスト、モノトーンの中に光るこの青い瞳!しなやかな筋肉に疲れ知らずな体力!雪が降ると二匹そろって玄関で待っててそれがもう可愛いのなんの以下略。


「あははは!や、やばい!飛川熱い!なに言ってるかわか、わかんね!っはははは!」
「よっしゃ仙田歯ぁ食いしばれ」


とりあえず仙田にはハンとジンのベストショットを携帯の容量がいっぱいになるまで送りつけてやった。変質者の件は友井の「事実は小説より奇なり」と仙田の「37点」というコメントでうやむやになってしまったが、まあ実害はなかったし別にいいかと思うことにした。



人類みな変質者

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