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人は見かけによらない



さて、仁王先輩の上の上を行くふてぶてしさの田仁志さん。体がでかけりゃ態度もでかいとはこれいかに。しかし、相手がそんな調子だと「別にいいか」と釣られて不遜になってしまうのが私なのでそのあたりは問題ない。現に今も気をつかうことなく会話のキャッチボール(らしきもの)をしている。


「田仁志さん、大会で来たって言ってましたよね」
「だぁがどうしたー?」
「私の友達もテニスの全国大会に出るんです。中学生ですけど」
「わんも中学生さー」
「へえ、そうなん…はあ!?」


中学生。その言葉を頭の中で反芻させながら田仁志さんを二度見した。訝しげな顔をする田仁志さんを頭のてっぺんから爪先まで眺め、ガラスに映った私との身長差を眺め、もう一度田仁志さんを眺める。うん。おかしい。中学生の身長、体型ではない。


「どう見ても中学生じゃないです」
「よく言わりゆん」
「田仁志さんが中学生だったら私はどうなるんですか…小学生ですか…」
「幼稚園児やんに?」
「ぶっ飛ばしますよ!」


また身長差を強調するように頭に手を置かれ、目の前にあったクッション性抜群に見えるお腹に拳を叩き込む。しかし、予想に反してお腹はクッション性がよろしくない。そんなバナナ。理解の範疇を超えた物体Xもとい田仁志さんから一歩二歩と後ずさり、驚愕の目を向ける。見上げるほどの長身、お相撲さんと見紛う巨体、しかし柔らかくないお腹…。なんなんだこの生き物は。

すっかりビビってしまっている私を田仁志さんは鼻で笑った。そして、高らかにこう告げたのである。


「わんの体脂肪率は18%やっさー」
「UMAだ!!」
「…だからやーは失礼ってからいっちょーさ!」
「だってそのお腹で18%って…!UMAじゃないですか!何が入ってるんですかそれ!」
「筋肉」
「やっぱりUMAだ!!」


あまりにも私がしつこいので最終的にはチョップで黙らされた。そしていいからさっさと案内しろと催促された。おかしい。私が親切心で案内して“あげている”立場なはずなのにいつの間にか田仁志さんが案内されて“やっている”立場になっている。おかしい。どこで間違えたんだと頭を抱えるも、そもそも最初からそんな感じだったという結論に行き着くだけだった。

痛む頭をさすりつつ、本来の目的を全うするべく止めていた足を再び動かす。律儀な私を褒めてくれる人はどこにもいない。それどころか田仁志さんの威圧感、存在感もろもろのせいで人が避けていく。携帯電話をいじりながら歩いている人も顔を上げて下げて上げてと二度見して避けていく。まあ気持ちは分からないでもない。

さて、田仁志さんにこうして急かされているのだが、実はひとつだけ問題があったりする。私は最短距離でテニスコートへ行くルートを知らないのだ。なぜなら以前ジローさんたちと行ったとき、私たちはまずジェラート屋さんへ寄ってから向かった。つまりジェラート屋さんからのルートしか知らない。だから今現在も正確にはテニスコートではなく、ジェラート屋さんを目指して歩いている最中だ。田仁志さんの急ぎようからして、先に言っておかないとまたどつかれそうな気がする。


「あのー、すみません。先に謝っておきたいんですが」
「ぬー?」
「私、ここから真っ直ぐテニスコートへ行く道は知らないんです。なんでちょっと寄り道することになるんですけど」
「やぁみ?」
「あ、暑いしちょうどいいかなーって場所なんで、ね?味も保証しますし…ね?」


暗に多少時間がかかることは大目に見ろと言外に込め、わざとらしく手のひらで首筋を扇いだ。ついでにいつチョップがきても避けられるよう身構えていたのだが、田仁志さんが攻撃してくる気配はない。それどころか目をらんらんと…いや、ぎらぎらと光らせているではないか。私は瞬時に理解した。田仁志さんは見るからに食いしん坊さんだったっけ。


「味!?食い物!?へーく言え!!」
「ジ、ジェラートですけど…」
「そーそー案内しれー!!」
「え、あ、ちょっと!そっちじゃないですって!そこ左です!」
「はいでぇー!」
「ちょ、田仁志さん待ってください!」


ジェラートと聞くや否や走り出した田仁志さんを慌てて追いかける。どうやら体脂肪率18%はあながち嘘でもないらしい。驚くほど軽やかなフットワークだった。さっきまでだらだら歩いていたのが嘘のようだ。

私の制止を無視して走り続ける田仁志さんを追いかけ、交差点に差しかかる度にどっちだと大声で聞かれ、信号で撒かれそうになりつつもどうにかついて行けたのは日頃のジョギングの成果と言えよう。

行列を見つけるなり素早くその巨体を滑りこませた田仁志さんを見届け、私は少し温くなったスポーツドリンクを勢い良くあおった。死ぬ。こんな炎天下を走らされたら死ぬ。なんで田仁志さんは平気なんだ。UMAだからとしか思えない。


「これくらいで情けねー」
「UMAと一緒にしないでください。ただでさえ暑いの苦手なんですから…」
「うちなーに比べたら屁でもねーらん」
「いいんです。私寒さには強いんで」
「…寒いんぬは勘弁さー」


この暑さの中、身震いをしてみせる田仁志さんの器用さはこれいかに。…じゃなくて。やはり沖縄の人は寒さが苦手ということかと一人納得しつつ、半分以上減ったペットボトルのキャップを締めて田仁志さんの隣に並ぶ。田仁志さんが嬉々として何味があるのかを聞いてきたので、チョコチップとバニラとピーナッツ、定番ものに季節限定のフルーツものがあることを伝えた。正式な名前を微塵も覚えていなかったのは内緒だ。

今日は月曜日とあって以前来たときよりも列は短め。順番はすぐに回ってきたので、ジェラートにありつくまえに茹で上がらずに済んだ。


「やーは?」
「えーっと、前にこれ食べたんで今回は…リモーネにします」
「くりか」
「栗?レモンですよ」
「…やーはあまんかいはーれー」
「しっしってしないでくださいよ。あっちに行けばいいんでしょあっちに行けば」


言葉の意味は分からなかったが追い払うようなジェスチャーがついていたので言いたいことはなんとなく分かった。大人しく日陰を選んで座り込み、残りのジュースを一気に飲み干す。空になったペットボトルをゴミ箱に捨てていると、ほどなくして二人で食べるにはおかしい量のジェラートを抱えた田仁志さんがやって来た。

普通なら一人でそれを食べる気かと問いたくなる量だが、田仁志さんのお腹を見ればなるほど一人で食べるのかと納得してしまうのは不可抗力。その中のひとつ、私が頼んだレモン味のジェラートを受け取る。


「お金、いくらでした?」
「しむん」
「しむ…ん?」
「わんのおごりさー」
「え、そんな、悪いからいいですって!」
「しむん」
「は、え?しむんってなんですか!」
「そーそーかめー。溶けるやっしー」
「ぬお、本当だ…!」


手に垂れそうになったジェラートを慌てて舐めて、ごきげんな田仁志さんの隣に座る。食べることに集中しすぎていて会話のキャッチボールが上手くいかなかったが、どうやらこれはテニスコートへ案内するお礼らしい。今まで見せられてきたのが横暴な態度だっただけに、これには少し驚いた。


「田仁志さんって意外といい人だったんですね」
「意外とは余計さー」


まあ、悪い人でないことは分かっていたけども。

心の中でだけそう呟いて、私は意外と固い田仁志さんのお腹を肘で突いたのであった。




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