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めんそーれ東京



帰宅後、一日中外を歩き回って汗だくの私たちは夕飯の前にお風呂に入った。そして仕事から帰ったおじさんに「和哉、お前自転車どうした?」と言われたことでかず兄は駅前の駐輪場に置きっぱなしになっていることを思い出したのだが、これはおじさんが駅まで車で送ってくれたことで事なきを得た。

お風呂を済ませ、夕飯を済ませ、自転車の回収を済ませた後は夜中までゲーム三昧。時にはコンビネーションプレイを披露して、おばさんに「二人とも息ぴったりねえ」と感心されもしたが基本的には「おにぎりうまし」「ばっかてめえ俺のライフ真っ赤だぞ!?」などと醜いアイテムの争奪戦を繰り広げていたのでまあなんというか、平常運行だ。成仏しろよ、左近。

仲良く(非)協力プレイを繰り広げたのち、さらに仲良く戦闘中に居眠りを始めてしまった私たち。様子を見に来たおばさんに笑われ、のたのたと布団に潜り込んだのが十二時頃だっただろうか。朝になり、なんとなく早く目が覚めた私は朝食を作るおばさんの手伝いをし、朝食を済ませた後は夏期講習へ向かうかず兄と一緒に家を出た。


「佳澄が来ると一気にうるさくなるよなあ」
「うるさいのはかず兄でしょ」
「食べ物の恨みだから仕方ない」
「おにぎりの恨みか」
「そゆこと」


駅まで自転車で送ってもらい、またねと手を振って見送った背中が遠のいていく。それが少しだけ寂しかったのはここだけの話。

気を取り直して。私はのんびりと電車に揺られながら目的地を目指した。今日はぶらぶら散歩しながらこの間のジェラートを食べに行くつもりでいる。ジェラート屋さんの位置はだいたい覚えている…はず。まあ時間に余裕はあるのだから迷子にならない程度に探せばいい。

一度だけ電車を乗り換え、着いた先でおぼろげな記憶を辿る。右を見て、左を見て、見覚えるのある景色を探せば三人で入ったファミレスが視界に入った。そうだ、あそこでジローさんが「名前はアトベで!」とか言い出したんだった。跡部さん、ファミレスなんて入ったことないだろうな。

どうにかジェラート屋さんに辿り着けそうな目処がついたので、私は強くなってきた日差しから逃げるようにコンビニへ駆け込んだ。これでもかと言わんばかりに効かせたクーラーが否応なしに体温を奪っていく。まあ十分くらい涼んだら出るとしよう。雑誌コーナーで適当な少年誌を手に取り、居座る体勢を整える。

と、ちょうどその時、視界を横切るものがあった。何か日常から外れたもののように思えて視線を上げれば巨漢のお兄さんが右に左に首を動かしているのが見える。とりあえずでかい。縦もそうだが何より横にでかい。


(これは漫画より面白そうなような…)


手に持った漫画の位置を少し上げ、読んでいる振りをしながらお兄さんを観察する。時折、スマホを見たりしているようだがすぐに首を傾げながら歩き出し、行ってしまったかと思えばまた戻ってくる。通りがかりの人に何かを話しかければ相手は逃げるように頭を下げて行ってしまった。そして巨漢のお兄さんはがっくりと肩を落とした。

私は漫画を見て、時計を見て、お兄さんを見て、迷った末にスポーツドリンクだけを買ってコンビニを出た。そろそろ道路の表面の景色が揺らぎ始めている。お兄さんはビルの入口の段差の端っこに腰かけている。ここで私が気づいたのもきっと何かの縁だ。女は度胸、よしいくぞう。


「あの、何かお困りです、か…?」
「ぬーんちわかっのみぐさぁ〜み?」


外 国 人 力 士 の 方 だ っ た !

完全に予想外だった。日本語じゃない。しかも英語でもない。聞いたことのない言語だ。出鼻を挫かれた私は完全にパニック状態である。声をかけられた人が逃げるように頭を下げていた理由がようやく分かった。私も逃げたい。

しかもこの外国人力士さん、近くで見ると思った以上にでかい。立ち上がられるとまさに熊さん。こ、この威圧感、真田先輩に匹敵するともしないとも…。いや今はそんなことを考えている場合ではなかった。まずはやっぱり無理ですすみませんと伝えなければ。


「あいきゃんとすぴーくいんぐりっしゅ!そーりー!」
「あらんあらん、わんやうちなーんちゅさー」
「あらん?うちなんちゅ…あ、沖縄!」
「あんそーるくとぅ」
「…Oh…生沖縄弁とても異国語…」


外国人力士さん改め、うちなんちゅさん。日本人ということが分かって良かったが相変わらずコミュニケーションの難易度は変わらない。方言全開で喋られるとちんぷんかんぷんなので、分かる単語だけ拾ったりうちなんちゅさんに言い直してもらったりを繰り返してどうにかこうにか会話が成り立つようになった。分からなかったらもう両国へ案内するしかないと思っていたので助かった。

話を聞くに、うちなんちゅさんはどうやらテニスコートを探していたらしい。昨日、大会のために本土入りしたはいいが練習場所がまだ確保できていないんだとか。それでチームメイトでじゃんけんをして負けたうちなんちゅさんが探していたと。概ねの流れはこんなところだろうか。


「うちなんちゅさんも大変ですねえ。その大会っていつからなんですか?」
「うちなんちゅ〜?わんの名前は田仁志さー」
「…タニシ?」
「あらん!田!仁!志!かーらんかいうーねーらん!」
「わ、分からん…!」
「かーら…あー…川、にはうらん」
「川にはうらん…おらん?川のタニシじゃないってことですか」
「やーとあびゅんぬやにりぃ」
「あ!その顔馬鹿にしてるでしょう!それくらいは分かりますからね!」


小馬鹿にしたように鼻で笑うタニシ…田仁志さん。どうせ私がテニスコートのある場所など知っているわけがないだろうと思ったのだろうがどっこい、私は知っている。道順もだいたい覚えているし、最悪迷った場合は裕太くんにナビを頼めばいい。…ふ、勝った。

馬鹿にされながらも不適な笑みを浮かべる私を不審に思ったのか、田仁志さんはの顔は怪訝なものに。ふふん、と鼻を鳴らすと今度は心底ウザいとでも言いたげな顔をされた。そこまで酷い顔をしなくてもいいのにと思った。


「やーの顔、うざい」
「なにも直接言うことないじゃないですか…」
「知ってるぬか知らねーらんぬか、はっきりしれー」
「知ってます」
「じゅんにみ!?」
「あい?」
「やーも使えるあんに。そーそー案内しれー」
「…なんか、お願いされてる感じじゃないのは分かりました」


じと目で田仁志さんを見れば、彼はまた小馬鹿にしたように笑って私の頭を乱暴に撫でた。万が一、背が縮んだら一生呪うことを密かに誓う私なのであった。




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