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今度はお前がこげ、でなければゲームの相手はしてやらないという理不尽な取引により、駅までの道のりをえっちらおっちら進んでいた。


「あーつーいー」
「うーるーせー」
「はーげーろー」
「だーまーれー」
「くーたーばー…あ、私お腹空いた」
「奇遇だな、俺も同じこと考えてたっつーかくたばれって言おうとしただろ。成敗!」
「いでっ」


優雅に…いや、ふてぶてしくも荷台でくつろいでいたであろうかず兄から後頭部への手刀をいただいた。この野郎。仕返しにわざと段差に乗り上げると、かず兄は尻が痛えと喚きながら謝罪してきたので許してやらんこともない。

時刻は十二時二十分、ちょうどお昼時。自転車を駅前の駐輪場に停めた私たちは、空腹を訴える腹を鎮めるために近くのファミレスへ入った。私はさっぱりと冷やし中華を食べ、かず兄はがっつりとハンバーグを食べ、話題の中心は自然とジローさんのことに。


「で、ジローさんって誰よ。お前、氷帝と接点ないだろ?」
「んー、最初はなんだったかなあ…。どこで会ったか忘れたけど今は甘いもの同盟組んでる」
「甘いもの、だと…」
「そうそう、裕太くんとジローさんの三人で食べに行ったりしたよ」
「なんで俺も誘ってくんなかったんだよ!」
「今日会って自分で頼めよ」
「冷たいな!」


ジローさんが甘いもの好きと聞いてかず兄のテンションが上がってしまった。鬱陶しいことこのうえない。しかも仲良しの裕太くんまで一緒だったとあってあーだこーだと文句を言っている。かと思えば裕太くんにジローさんのことをメールで聞き始めたりと忙しい。私は無表情でオレンジジュースをすすりながら「かず兄はこうやって交友関係を広げているのか」とぼんやり考えた。この人はためらうということを知らない。

青春台駅から氷帝の最寄り駅までは三十分ほどかかるらしい。かず兄も、氷帝は有名校だから最寄り駅くらいは分かるが学校の詳細な位置までは分からないとのこと。となるとそこからはナビに頼らざるを得ないわけだ。迷う可能性を考えても早めに向かった方がいいだろう。

最後にジュースを一杯ずつ飲み干し、私たちは涼しいファミレスを出て生温い風の吹き抜ける駅のホームへ向かった。電車の中はエアコンが効いていて涼しかったが、今度は汗が冷えて逆に寒くなった。夏と冬の空調はさじ加減が難しいから仕方ない。

そうして電車に揺られ、乗り換え、駅から歩くこと五分。やって来ました氷帝学園。


「…でかい」
「ああ、でかいな」
「なに?テニス強いところってどこもこんなアホみたいにでかいの?」
「俺んとこそんなでかくねえぞ」


かず兄はそう言うが私の学校からすれば青学も十分でかい。まあそれは置いておいて。これだけでかいとどこへ向かえばいいのか分からない。そもそも校舎から漂う金持ちオーラが侵入者を寄せつけないというか入ったら警備員のおっちゃんに捕まるのではオーラが出ているというか。とりあえず入れない。

ジローさんとの約束では、校門に着いた時点で電話をするように言われていた、はず。正直ハイテンションジローさんはおらワクワクすっぞ状態で何を言っているのかちんぷんかんぷんだったものだから自信がない。ワンコール、ツーコール。諦め半分でかけた電話は私の予想を裏切って繋がってしまった。なんということだ、雨が降ったら困るぞ。


『もしもC〜』
「まさか出ると思いませんでした」
『ん?どういう意味?』
「あー…とりあえず校門に着いたんですけど、どこに向かえばいいですか?」
『俺がそっちに行くよ〜。そーだ、あとべーもハスキーちゃんに話したいことあるって』
「跡部さんが?」
『うん。じゃあまた後で〜』


通話の切れた携帯を見て首を傾げる。跡部さんが私なんぞに何用だ。もしジローさんの世話係神奈川支部に任命されるのならば困る。面倒だ。連絡係程度に留めてもらわねば困る。いやしかし他に何か理由があるのかもしれないし、会ってみるまでは分からない。

テニスコートから校門まではそれなりに遠いのか、ジローさんが私たちの前に現れたのは少し経ってからだった。手を振りながら駆け寄ってくるジローさん。その後ろには優雅に歩く跡部さんの姿もある。


「おーい!ハスキーちゃーん!」
「こんにちは、ジローさん。返すの遅くなってすみませんでした」
「わざわざ洗ってくれたの?俺んちクリーニング屋だから良かったのに、ありがとー!」
「ジローさんちってクリーニング屋さんだったんですか」
「なあなあ、ハスキーちゃんってお前のこと?」
「…そうだよ。なに、その顔、ウザイ」
「おめー誰だCー」
「俺はこいつの従兄弟。付き添いで来たんだよ」
「へー、そうだったんだ」


ティーシャツとハーフパンツの入った紙袋を受け取ったジローさんは、興味津々といった様子でかず兄を見ている。かず兄はかず兄で、なるほど甘いものが好きそうな顔だとかなんだとか言いながら笑っている。このマイペース具合、似ていないこともない気がする。すぐに甘いものがどうのといった話題を出したかず兄にジローさんは食いつき、暗号のようにお店の名前(らしきもの)を言い合っている。

そんな二人を呆れたような目で眺めていた跡部さんは、私に視線を合わせて不敵な笑みを浮かべてみせた。何度か連絡を取ったことはあるし、遠目に見たこともあるがきちんと会うのはこれが初めて。画面で見るよりも破壊力のある美貌に思わず一歩と言わず三歩ほど後ずさった。


「なんで逃げてんだよ」
「いや、まあなんとなく…。いちおうはじめまして、ですよね?」
「まあそうなるな。てめえの家の犬たちは元気か?」
「家の中にいる分には。あ、でもこの前涼しかった日は朝から外に遊びに行きました」


こちらもこちらで、愛犬の話になれば会話はすんなりと繋がった。どうやら跡部さんの話というのは以前言っていた家へ来いとの話らしい。空調設備の整った屋内のドッグランも敷地内にあるだとか意味不明なことを言い始めたので、私はそこで盛り上がっていた二人に助け舟を求めた。

かず兄は跡部さんを二度見するだけで役に立たなかった。まあ気持ちは分からなくもない。逆にジローさんは「跡部んちマジマジすっげーの!」といつものジローさんを発揮してくれた。ジローさん曰く、マジマジすっげーでっけーらしい。なにそれこわい。


「アトベッキンガム宮殿だCー!」
「跡部さんって何者…」
「跡部景吾。それが俺様だ」
「す、すげえ…お前どこでこんな人と知り合ったんだよ」
「もうそれに関しては聞くな」


私自身、妙な繋がりが多いことに頭を抱えたい気分だ。交友関係が広いだのどうのとかず兄のことを他人事のように言える立場ではなかった。私もそう狭くはない。

ふと、最初に電話をしたときジローさんがハイテンションになっていた理由が気になり、そのことを尋ねてみた。するとジローさんはぴょこぴょこ跳ねながら嬉々として話し始め、跡部さんは不敵な笑みに鋭さを加え、結果としてジローさんの通訳をしながら話してくれた。


「俺ら青学に負けてマジくやCーって思ってたんだけどさ!次こそ絶対かーつ!」
「氷帝は関東大会の初戦で負けた。だが、今日開催地の推薦校枠として全国大会に出場することが決まった。借りは必ず返す」
「あ、じゃあ俺ジローの応援できねえわ」
「なんで!?」
「だって俺青学だし。サッカー部だけど」
「マジで!?ハスキーちゃんは俺らの応援してくれるよね!?」
「微妙」
「A〜!」


ケチだなんだと唇を尖らせるジローさんを(おざなりに)あやし、帰りが遅くなるからと早めにお暇することに。いつなら都合が合うんだと威圧的に尋ねてくる跡部さんには分かり次第連絡することを約束した。

帰りは「ジローが世話をかけた礼だ」と言って車を出してくれたおかげで電車代が浮いた。しかもリムジン。乗り心地は良かったが生きた心地がしなかったので、今度迎えに来てもらうときは普通の車がいいなあと思った。




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