top : main : IceBlue : 102/140


好奇心の共同戦線



晴れて恋人同士となった沙耶と幸村先輩。赤也曰く、立海にとって幸村先輩に彼女ができたというのはまたとないトップニュースらしい。しかし、幸か不幸か今は夏休み中なのでそのニュースが校内を駆け巡ることはなかった。…のだが、代わりに立海テニス部内では十二分に駆け巡ったようだ。


『で、盛り上がったはいいけど藍田側の事情知ってる奴がいねえって話になったわけだ』
「はあ」
『まあタダでとは言わねえよ。来たらパフェおごってやるぜい?ジャッカルが!』
『俺かよ!』
「…今ジャッカル先輩のツッコミが聞こえた気が」
『気のせい気のせい!んじゃ、一時に立海な!』
「おいーっす」


とまあパフェを餌に呼び出された私。パフェはいいが一時って。これからくそがつくほど暑くなる時間に外に出るというのは苦痛以外のなにものでもない。

母に昼ご飯は外で食べる旨を伝え、玄関まで見送りに来てくれたハンとジンの頭を存分に撫でて自転車を出す。扉を開いた途端に響く蝉の鳴き声がうるさい。アスファルトから立ち上る熱気で向こう側の景色が揺らいでいる。こんな中練習に明け暮れる学生諸君はすごいと素直に思った。私なんて家を出て五分ですでに後悔し始めているというのに。

途中でコンビニ休憩を挟みながら自転車を漕ぎ、立海までの道のりを進む。日陰を選んで走ろうにも陽が真上に来ている今は影が短く、背の低い私ですらそこに収まることはできそうにない。…やめやめ!自分で考えてて悲しくなってきた!


「パフェ!パフェのことだけ考えよう!パフェ!…やばい、胃もたれしてきた」


もう泣きたい。汗だくな上に半泣きになりつつ、ようやく着いた立海のテニスコート。顔を覗かせるなりブラシがけをしていた赤也に「ブサイク」と笑われてしまった。黙れワカメ。お前に私の悲しみとやるせなさは分かるまい。


「そんな顔してると真田副部長に“たるんどる!”って言われるぜ?」
「なんでわざわざ来てやったのにそんなこと言われなきゃならないんだ…」
「呼んだの丸井先輩だし」
「丸井先輩のお腹の方がたるんどる」
「なーんーかー言ったかー?」
「げっ!いつからいたんですか!」
「今さっき。赤也が遅えから見に来てやったんだよ。おら、さっさ終わらせろい」
「へーい」


だるそうな返事をしながら赤也はブラシがけの仕事へと戻って行った。立海ではレギュラーうんぬんに係らず、ブラシがけは一、二年生の当番制になっているらしい。他にはコートの外へ飛び出したボールを探しているグループ、ボールが全てあるか球数を確認しているグループなどがある。とりあえず私は悪目立ちしているので、邪魔にならないよう駐輪場近くの校門前で待てとのお達し。あと逃げるなよとも釘を刺された。

それから立海生の奇異の目に晒され、いたたまれない気持ちになりながら待つこと十五分。ぞろぞろとやって来た賑やかな面子とファミレスへ向かい、人数分のドリンクバーを頼んだところで柳先輩がおもむろにノートを取り出して数秒。やっぱり私は来るべきではなかっただろうなと虫の知らせのようなものを感じていた。


「早速だが、藍田と幸村が互いに好意を抱き始めた時期は分かるか?」
「早速すぎます。もう少し導入部分的なものを…」
「じゃあ幸村くんたちが最初に会ったのっていつ?」
「えーっと…春休み入ってすぐくらいです。沙耶が幸村先輩に誕生日プレゼントをせがまれて」
「それ以前に接触は」
「メール以外は全く。顔も知らないみたいでしたし」
「なるほど」


私の目の前を陣取る柳先輩と丸井先輩。完全なる尋問体勢だ。赤也は仁王先輩とドリンクバーで遊んでいるし、深雪とジャッカル先輩はそのお守りだし、柳生先輩と真田先輩は二人で何か話しているし、どこにも助けは求められそうにない。いや、そもそも私しか事情を知らないからと呼ばれた時点でそんな望みはないのだが。

柳先輩の手はよどみなく動き続けている。あの閻魔帳にいったいどんなことが書き込まれているのやら…。後がいろいろと恐ろしいので考えたくもない。丸井先輩はグラスに入れたコーラを飲み干し、氷を噛み砕きながら頭を捻っている。ばりぼりとものすごい音がしているが当の本人はしれっとした顔をしているのでとても丈夫な顎をお持ちなのだろうと思うことにした。


「藍田は見舞いの際にはいつも花を持って行っていたのか?」
「たぶん。沙耶が適当に花瓶に突っ込んでたら“またそうやって”みたいなこと言われてたんで」
「ほう…」
「じゃあ俺らが行ったときにあった花ってあいつの?」
「そういうことになるな」
「なるほどねー。“内緒”ってのはそういう意味か」


にまにまと笑う丸井先輩、にやりと笑う柳先輩。非常に厄介なタッグである。いつの間にかドリンクバーから戻ってきていた他の連中も触らぬ神になんとやら、とでも言わんばかりに距離を置いて座っているではないか。くそ…特にあの白髪野郎の顔が腹立たしくて仕方ない。後で倍返しにしてやる。

それからもあれやこれやと根掘り葉掘り聞き出され、すっかり情報を搾り取られた頃になってようやくメニューを開くことができた。こんな不平等取引が許されていいのだろうか。いや、許されない。お預けを食らって暴れだした腹の虫たちを押さえつけ、季節限定の冷麺セット+マンゴーパフェを注文する。もちろん丸井先輩におごっていただくつもりだ。ジャッカルがとは言わせない。

そして料理とデザートを完食し、一口と称してパフェの五分の一ほどを取られた苦情を丸井先輩につけていると、柳先輩がおもむろに真田先輩の名前を呼んだ。相変わらずのしかめっ面を少しだけ持ち上げ、射抜くような目が柳先輩へと向けられる。


「弦一郎は幸村と藍田のことをどう思う?」


その場にいた誰もがぎょっとした顔で柳先輩を見た。今は大事な大会中。相手はあの堅物、真田先輩。それこそたるんどると一蹴されても仕方ないのではと冷や汗をかいた。

しばらくの沈黙。柳先輩は柔らかく微笑んだまま、その表情を崩すことはない。重々しい空気の中、真田先輩はその口を開いた。


「藍田になら、幸村を任せられると思った」


思わずどこの父親だと突っ込んだ私を誰か褒めてくれ。真田先輩はご丁寧にも理由うんぬんを説明してくれたがそういう問題ではない。いや、この際もうどうでもいい。父親公認の交際になったと思えばいいではないか。実際の父親ではないが。…もう考えるのも面倒臭い。

私が真田先輩に突っ込んだことで仁王先輩にからかわれているとき、丸井先輩と柳先輩の間で妙なアイコンタクトがされていたことには誰も気づかなかった。




好奇心の共同戦線

←backnext→


top : main : IceBlue : 102/140