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主役の花はあなた



五人で集まる約束をしたのは金曜日の夜に近い時間。閉店間際の花屋の前で、私たち五人は顔を合わせるなりにやにやと笑いながら挨拶代わりのどつき合いをした。特に幸弘の顔は酷かった。どのくらい酷いかと言うと私並に酷かったのだから相当酷かった。


「聞いた?沙耶と幸村先輩のこと!」
「聞いたってのー!なんでそんな面白そうなこと教えてくんなかったんだよ!おい!」
「幸弘の奴、話聞いてからずっとこのテンションでうぜーったらねーの」
「んだとこのワカメ!お前もなんですぐ俺たちに教えなかったんだよ!」
「幸村部長に口止めされてたって何回も言っただろが!」


とまあ店先でするには少々やかましいやり取りに、深雪とたっちゃんが笑顔で牽制を入れてきた。うん。今すべきは計画の遂行であって騒ぐことではない。騒ぐのは帰り道にしようと思う。二人とも怖いし。

さて、花屋の前で待ち合わせをしていたのだから当然、私たちの目的は花を買うことにある。何の花を買うかはあらかじめ立海組四人が図書室で調べて目星をつけてくれている。私は深雪から候補を書き出したメモを受け取り、その内容を確認。いくつもの花の名前と言葉が並ぶ中、丸印が二つほどつけられていた。


「この二つがいいと思うんだけど、どうかしら」
「うん。もうこれっきゃないと思う」
「だろ!完璧だよな!」
「でも女の子からこれをもらうのはちょっと恥ずかしいかもなー」
「その前に俺、お前らにバラしたから幸村部長に締められそうでこえーんだけど…」
「私が話したことにすればいいでしょ」
「あ、なるほど!佳澄は口止めされてねえもんな!」
「そういうこと」


妙に怯える赤也に向かってブイサインをすると、奴は私を指さして嬉しそうに笑った。こら、人を指さすんじゃない。

買う花もさっくりと決まり、私たちは一人につき二種類の花を一本ずつ購入。内ひとつは少々変わった注文をつけたこともあり、店員さんが不思議そうに「何かあるんですか?」と尋ねてきた。何かあると言うか何かさせると言いますか。いろいろと言い回しを考えはしたが、私が答えるより先に幸弘が「すげー面白いことっす!」と答えていたので面倒になってその言葉にただ頷いた。店員さんは首を傾げていた。無理もない。

やいのやいのと散々騒ぎ、ありがとうございましたの声を背中に受けながら店を出る。それぞれが買った花は一度、深雪へと託された。明日にはこれが沙耶の背中を押すための花束となる予定だ。しかし、こうして見ると少ない気がしないでもない。今ならまだ買い足せるけど、と深雪に提案すると「主役は沙耶だからこれでいいの」と菩薩のごとき微笑みを返された。こういう返しがさらっと出てくる辺りが深雪の恐ろしいところである。

帰り道には軽く、お互いの近況報告を。サッカー部の幸弘は二回戦敗退。バスケ部のたっちゃんは三回戦進出。テニス部は可愛げのない成績で三回戦進出。私は沙耶が試合に出て次へと勝ち進んだことを教え、試合の感想も伝えた。ほとんどかっこいいしか言わなかったが。他にも間近に迫った夏休みのことや今後の計画について話している内、私たちは最初の分かれ道へと着いた。


「沙耶の奴、明日大丈夫かな?」
「ぜってー大丈夫だって」
「俺見てねえから知らねえもん」
「もんとか言うな」
「もん!」
「うっぜ!」
「きっと大丈夫よ」
「だなー」
「そうそう、大丈夫大丈夫」


私たちは笑いながら大丈夫という言葉を繰り返した。あの日、電車の中で沙耶に向かって繰り返したのと同じ言葉だ。家の近くで順にまた明日と言って別れ、この日は少しの高揚感と共に眠りについた。

そして決戦当日。明日の大会にそなえて通常より早く部活を終えた沙耶を待ち伏せし、有無を言わさず駅まで引っ張って歩いた。最初はただされるがままになっていた沙耶も、駅の近くへ来た辺りで何かを察したらしい。突然、必死の抵抗をし始めたのである。甘い、甘いよ沙耶。シベリアン・ハスキー二匹のお散歩を続けている私に踏ん張る力で勝てると思うべからず、だ。


「頼む!明日大会だから今日だけは勘弁して…!本当に!」
「明日大会だからこそスッキリさせた方がいいと思う!…あとこのまま会わないってのもなし」
「ぐ、う、」


どうやら図星だったようだ。思いっ切り顔をしかめて黙ってしまった。私は逃げないよう沙耶のエナメルバッグの紐を掴んだまま、切符を買って改札を通るところまでしっかりと連行。沙耶は電車に乗り込むとひとつだけ空いていた席に私を座らせた。そしてその膝の上にエナメルバッグをどん、と置く。これはささやかな仕返しだと思われる。


「なんか隠してんだろ」
「な、なにも!」
「嘘こけ。顔に書いてあんだよ」
「いででで…」


片目をすがめた沙耶は左手で吊り革を掴み、右手で私の頬をつまんできた。相変わらず痛い。容赦ない。しかし私とて口を割るわけにはいかず、どうにか話を逸らそうと視界に入った沙耶の右膝について尋ねた。前からつけていることはあったのだが、割りとがっちりしたサポーターを巻いているのだ。曰く、今は痛みはないが“怪しい”らしい。その“怪しい”が現実にならないことを祈る。

目的の駅に着き、電車を降りて数歩。沙耶は少しだけ長く目を閉じた。瞬きといっても差し支えないほど短い時間だったと思う。それでも、再び目を開いたときには覚悟したように凛々しい表情へと変わっていた。私も釣られて口をきつく結ぶ。

改札を抜けて、信号を渡って、病院の看板を過ぎて、駐車場を横切って、病院の入口近くの花壇の側。沙耶の足はそこで止まった。私はその隙にエナメルバッグを奪い取る。驚きに目を見開く視線の先には深雪、赤也、幸弘、たっちゃんの姿があった。


「なんで、みんないるの…」
「私が深雪に相談してね、みんなで沙耶の背中押してやろうじゃないかってなったんだ」
「あたしの、背中…?」
「そうよ。沙耶の背中」
「いちおー俺も感謝してんだかんな。幸村部長が立ち直れたのも、たぶん沙耶のおかげだし」
「俺も見たかったなー。沙耶のかっこいいところ」
「俺だって見たかったっつの。ほら、これでビシっとかっこよく決めてこいよ!」


深雪が後ろ手に隠していたものを沙耶に手渡す。赤と白の小さな花束。見た目は小さいが、想いだけはこれでもかというほど詰まっている。大丈夫。私たちみんなで沙耶の背中を押す。


「バラのつぼみ、花言葉は“愛の告白”よ」
「赤いバラは“愛情”。まあ、これは有名だよなー」
「マーガレットは“心に秘めた愛”と」
「“誠実”だっけか?」
「うん。それに“真実の友情”ね」


赤いバラのつぼみを包むように、白いマーガレットが五つ寄り添っている。私たち五人分の気持ちを込めた花。女の子がこんな花束を渡すなんて、と思われるかもしれないが、そこは沙耶だから許される。それに相手はあの幸村先輩。性別逆転コンビ。十分あり…なはずだ。

病院の入口に近い場所にいるため、出入りする人はお見舞いとは違った雰囲気の花束を不思議そうに横目に見て行く。沙耶はぐっと唇を噛み締め、感極まったように私たち五人をまとめて抱き締めてきた。


「お前ら…ホント好きだ…」
「言う相手が違うよ」
「ふふ、でもありがとう。私たちも沙耶が好きよ」
「でなきゃこんなことしねーって」
「ほら、まだ泣くには早いぞ!」
「行っておいで。俺たちはここにいるから」


目を赤らめた沙耶は上を向き、何度か深呼吸をすると不敵な笑みを浮かべてみせた。そして入口へと向かいかけた背中に向かって、最後の言葉を伝える。


「言い忘れてたけど、バラの葉にも言葉があるんだ!」
「葉っぱ?」
「そう、葉っぱ!」


五人で顔を見合わせ、頷き合う。これは沙耶と幸村先輩、二人へ向けた言葉。


“希望あり、がんばれ”


その言葉を受けた沙耶は、今まで見た中で一番きれいに笑っていた。




主役の花はあなた

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