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いたずらっ子の笑み



「死にたい」
「うん」
「殺してくれ」
「うん」
「穴があったら埋まりたい」
「うん…へへっ」
「っ、笑うな!!」


男前キス事件から一夜明け、学校で会った沙耶は後悔の嵐に見舞われていた。そりゃそうだ。私を含めあれだけの人数の前でぶちかましてくれたのだから。

にやにやと気持ち悪い笑みを浮かべる私、そしてその胸倉を掴む沙耶。一度は真剣な顔を作るもすぐまた緩んだ表情になってしまってしこたま怒られた。…言えない、昨日の帰りはお祭り騒ぎだったなんてとてもじゃないが言えない。


「幸村先輩、何か言ってた…?」
「何も!」
「…本当に?」
「うん!私らもすぐ帰っちゃったから!」
「そっか…」


暗いオーラを背負って自分の席へと戻る沙耶を見送り、机に突っ伏して盛大ににやけた。

昨日の帰り道、誰もが終始無言のままだった。しかしその沈黙に耐え切れなくなったのかただ面白くて仕方なかったのかは分からないが、突然丸井先輩が「黙れっつってんだろい」と沙耶の物真似をし始めたのだ。ジャッカル先輩の胸倉を掴んで。恐らく話したくて仕方ないのはみな同じだったのだろう。丸井先輩の一言をきっかけに、あれやこれやと一気にヒートアップした。


「沙耶は“だろい”なんて言いません。それにもっとカッコ良かったわ」
「うん。深雪の言う通り」
「え、なに、俺女子に負けてんの?」


ジャッカル先輩の胸倉を掴んだまま、きょとんとした顔をする丸井先輩。そもそも丸井先輩よりジャッカル先輩の方が背が高いせいで全くと言っていいほど再現できていない。するとそこへ「顔の角度はもう三度ほど右だ」という柳先輩のアドバイスが飛び、ほうほうと頷きながら実践する丸井先輩を止めようと柳生先輩が「や、やめたまえ!」と顔を赤らめつつ声をあげる。恥ずかしがってるよこの人。

更に追い討ちをかけるように仁王先輩が幸村先輩そっくりの声で「今は一人にしてくれないか…」なんて言い出すわ、赤也が「姉貴のキスシーン見ちゃった気分っす…」とへこんでいるわで思わずみんなで笑ってしまった。最終的に収拾をつけたのは真田先輩の「いい加減にせんか!」の一言。しかしやはりその顔は赤かった。

今でこそ笑っていられるが、沙耶が行動に出る前の幸村先輩は非常に不安定な状態だった。テニスを諦めてしまっていたし、下手をすれば月末に控えた手術すら断りそうなほどだった。それをやり方はどうであれ、持ち直させた沙耶はもう少し自分に自信を持っていいと思う。…とは言ったものの、またすぐ会いに行けというのは酷な話。ここは裏工作に走るしかないだろう。


「というわけで、ここは私たちの出番だと思うんだよね」
『ふふ、そうね。ここは私たちの出番ね』


昼休みも沙耶は練習があると言うので、私はこれ幸いとばかりに携帯を取り出した。電話の相手は立海の深雪。まあなんと言っても付き合いが長い。それに昨日のことはなんだかんだ喜んでいたようだし、深雪なら絶対に乗ってくれると思ったのだ。

しかし、こうなってくると一番の問題はやはりどうやって二人を会わせるかだろう。


『そうね、幸村先輩のあの取り乱し具合を考えても今日明日すぐにというわけにはいかないと思うわ』
「ですよね…。あ、幸村先輩とは連絡取った?」
『ええ。今朝方、昨日あの場にいた部員全員に必ず戻るというメールが来たの』


電話越しにも深雪の声が微かに弾んでいることが分かった。きっと向こう側では柔らかく微笑んでいることだろう。私も嬉しくなって思わずにやけた。ちなみに、そのメールには昨日のことは他言無用という旨も書かれていたらしい。釘でも刺しておかないと赤也や丸井先輩辺りが何を言うか分からないし、懸命な判断だと思う。効果があるかは別として。

…さて、いろいろ前置いてはみたが私たちも所詮は一女子である。つまるところ、ものすごくガールズトークがしたかったのだ。


「沙耶ってやっぱり幸村先輩のこと好きだったんだね!ずっとメールしてるしお見舞いも行ってたみたいだし妙に仲がいいからそうじゃないかとは思ってたんだけどさ!」
『幸村先輩もね、私たちが行くと知らない花があることが多くて、誰か来たんですかって聞くとすごく嬉しそうな顔で“内緒”なんて言ってたの!』
「うわあああなにそれ!やっぱり幸村先輩もかな!?昨日も顔真っ赤だったし!」
『絶対そうだと思うわ!そうでなければ幸村先輩の性格からいって平手のひとつでも飛んでそうだもの!』
「ひ、平手っすか…」
『ええ!』


いつもはお淑やかな深雪の声も弾む弾む。バレンタインにお泊りをしたときは私たち三人の誰も恋に興味がなく、他人事のようにクッキーをこねくり回していたというのに身内から恋の話が出た途端これだ。そういうものだ。だって私たちも女の子。全く憧れがなかったわけではない。

付き合うだなんだかんだは未だによく分からないが、好きな人が自分のことも好きになってくれたのなら、それはとても素敵なことだと思う。例え私たちが恋を知らなくとも、沙耶のいいところなら沢山知っている。この恋はなんとしてでも成就させたい。


『でも、このままじゃきっと沙耶が幸村先輩に会いに行くのはずっと先になるわ』
「私もそう思う。良くて手術が終わってからとかじゃないかな」
『ええ。そんな悠長に構えるのは嫌よ。そのまま本音を隠しかねないもの』
「となれば、上手いこと言いくるめて病院に連れて行くしかないね」
『ふふ、その役目は任せてもいいかしら?』
「バッチコイ!意地でも連れて行く!」


私は拳を握って鼻息荒く言い切った。こうして二人で悪巧みならぬ打ち合わせをしていると、小さい頃にみんなでいたずらをしたことを思い出す。小学校の登校班で誰が一番くっつき虫をバレずにつけられるかを競ったり、フェンスを登って冬のプールに忍び込んだり、こっそり上履きを入れ替えて大きさが合わないと首を傾げてみたり…。なんとなく、あの頃の雰囲気に似ている。そして、そんな懐かしさを感じていたのはどうやら深雪も同じだったらしい。


『ねえ佳澄。赤也や幸弘、たっちゃんにも声をかけていいかしら?』
「うん。私も今同じこと考えてた」


通う学校こそ違うけれど、私たちはいつだってお互いを家族のように想っている。会わなくたって、話さなくたって、それはきっとこれからも変わらない。

だから、今回はみんなで沙耶の背中を押そうと思う。




いたずらっ子の笑み

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