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負け戦と知っている



幸村先輩のお見舞いに行った翌日、私は沙耶のお母さんの車に乗って我が校の女子バスケ部の応援に行った。ギャラリーから提げられた横断幕、絶え間なく響く応援歌、切るように鳴るバッシュの音。熱気を詰め込めるだけ詰め込んだような体育館の中、目まぐるしく動く選手を必死に目で追い続けた。

ルールをほとんど把握していない私のために、沙耶のお母さんが今の笛はどういう意味だったとか、沙耶のポジションの役割だとか、相手校の特徴などを逐一教えてくれた。この前教えてもらったテニスはあらかじめ決められたポイントまで試合が終わらないが、バスケはどういう得点差になろうと時間が来るまで終わらない。汗だくになった沙耶は最後の最後まで、ギラギラと闘争心を滾らせた瞳を曇らせることはなかった。

結果は67対56で我が校の勝利。試合後、応援席にいた私を見つけて沙耶が男前スマイルをかましてくれたのには正直かなりきた。何せ試合で散々カッコイイところを魅せつけられた後だったのだ。やむを得ない。


「はあ…あの子、男の子だったら良かったんだけどねえ…どうしておっぱいついてるのかしら」
「いやお母さまそれは…」
「下つけたいって言われても困るんだけどね?」
「ツッコミづらい」


そんな際どい冗談を飛ばす沙耶のお母さんも、さっきまでは一緒になって声を張り上げ応援していた。たぶん勝てたから肩の力が抜けたんだ。断じて本気で言っているわけではない…と信じたい。

午前の試合でいい流れを掴めたらしい我が校の女子バスケ部。続く二戦目も白熱した戦いの末に勝利を収め、トーナメントを二つ上がることができた。帰り際、バスに乗り込む前に生徒たちに少しの自由時間が与えられた。観客席まで顔を出しに来てくれた沙耶は私たちを見つけるとすぐにこちらへ駆け寄ってきた。


「佳澄、応援ありがと。ちゃんと下まで聞こえたよ」
「おめでとう沙耶!…なんか私、頑張れしか言ってなかった気がするんだけどね…」
「はは、まあ応援歌分かんないだろうし仕方ないっしょ」
「沙耶、あんたちゃんとアイシングしたの?そういうの手抜くと後で泣く羽目になるのは…」
「はいはいはいしたした」
「ったくこの子はー」


なんて親子のやり取りもあったりして。しばらくはそんなふうに三人でいろいろと話していたのだが、沙耶ママが他のママさんたちと話しに行ったところを見計らい、私は沙耶の耳元に口を寄せた。


「幸村先輩には報告した?」
「なっ、んでそこであの人の名前が出るんだよ…」
「なんとなく」
「…したよ。さっきメールで。返事はまだ来てないけど」
「ほー」
「その顔うぜえ」


ぐにぃっと引っ張られたほっぺに悲鳴をあげる。沙耶さんってば容赦ない。

メールといえば、深雪と赤也からも結果報告が来ていた。一回戦はまさかの相手校棄権による不戦勝。関東大会という大きな大会でそんなアクシデントがあるものなのかと驚いた。二回戦は二回戦で全てストレート勝ちという圧倒的実力差。団体戦だから先に三勝したおかげで柳先輩と真田先輩まで試合が回らなかったというし…ここまで可愛げがない結果も珍しい。とりあえず深雪にはおめでとうと沙耶の試合結果報告を、赤也にはあんたらおかしいとだけ返しておいた。

さて、やられっぱなしが性に合わないのは何も私に限った話ではない。沙耶もまた同じく負けず嫌い。深雪たちからのメールを確認した沙耶は、にんまりと笑いながらのしかかるように肩を組んできた。


「で、仁王先輩におめでとうメールは送らないの?」
「なんで…!誰があんな白髪野郎に!」
「なんとなく?」
「ぐ、う…」
「ふふ、じゃああたしらそろそろ集合だから行くね。今日はありがとさん」
「え、あ、うん。お疲れさま!」
「おーう」


後ろ手にひらりと手を振る沙耶を見送り、私らもそろそろ帰ろうかと荷物を抱えた沙耶ママの後に続く。帰りの車の中、散々迷った挙句仁王先輩にはおめでとうメールを送らなかった。なんか癪だし。向こうから直接報告を受けたわけでもないのに仁王先輩だけにメールを送るというのもおかしな話だし。なんか癪だし。

しかし、こういうときに限って仁王先輩の方からメールが来たりするのだから、あの人も本当にひねくれていると思う。内容としては、今日は大会があって練習も流す程度だったからハンとジンに会いに行く、というもの。普通大会の後には疲労困憊になっていそうなものだが、それはさきの赤也のメールからも理由は読み取れるので触れないことにする。

そして沙耶ママに家まで送ってもらい、母と今日見た試合のことを話しながらの夕食を終えた頃、仁王先輩は我が家へとやって来た。沙耶のついでで赤也の結果も報告してあったので、母は仁王先輩を出迎えるなりおめでとうと一緒に冷えたスポーツドリンクを渡していた。いちおうお祝いのつもりらしい。しょぼい。


「ハンとジンも久しぶりじゃな。寂しかったか?」
「んなわきゃないでしょ」
「…そういや、赤也が拗ねとったぜよ。古怒田と扱いが違うとかなんとか」
「ああ、たぶんメールのことですね。今に始まったことじゃないのに」


ハンとジンを撫でくり回していて玄関先から動こうとしない仁王先輩。仕方なくその隣に座り込んで膝の上で頬杖をつく私。赤也は昔からかまってちゃんの甘えた坊主だ。どうにも年上に甘やかされるのが得意なので、私たち五人は奴を甘やかさないと決めている。…と、まあそれは置いておいて。


「いつまでじゃれてるんですか!さっさと行きますよ!」
「んー、もうちょい」
「キーッ!ちょっと可哀想だったかなと思って甘く見てやったらつけあがりやがって!」
「…おまん、最近ちょくちょく敬語が外れとらんか」
「だってむかつくから!」
「ガキ」
「うっさい白髪!」


イラッときたのでつい目に入った仁王先輩の尻尾毛を引っ張ってしまった。ら、ほっぺたを摘まれて無表情のまま「たてたて、よこよこ、丸書いてちょん」をやられた。これ…すっごく痛いんだ…特にちょんがすっごく痛いんだ…。沙耶に引っ張られた分も効いているのか必要以上に痛い。両頬を押さえたまま仁王先輩を睨んでみたが、涙目になっていると鼻で笑われて終わった。

神様、一度でいいのでこの白髪野郎にギャフンと言わせるチャンスをくれませんか。散歩をしながら夜空で輝く星々にそんなことを願ってみたが、まったくもって叶う気がしないのはなぜだろう。ちょっと悲しくなった。




負け戦と知っている

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