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そのまま、このまま



土曜日、幸村先輩のお見舞いに行く日になっても膝のガーゼは取れなかった。かさぶたにはなっているが、なんというか隠すのがマナーだろうというレベルの見た目だったのだ。隙あらば傷口を叩こうとする母の魔の手から守る意味もある。奴には自分の娘が可愛くないのかと問い質したい。

…話を戻して。沙耶も立海組も今日は午後まで練習があると言っていた。だからお見舞いに行くのは夕方になってから。忙しいみんなの代わりに花を買いに行き、私が待ち合わせ場所の駅に着いたのは四時半を少し過ぎた頃のことである。お見舞いに行く面子がそろったのは、そこから更に十分ほど経ってからだった。


「よーっす、久しぶり!佳澄は相変わらず夏バテ?」
「よーっす。してるにはしてるけどいつもよりはマシ」
「それなら良かったわ。暑い中待たせちゃってごめんなさい」
「いいっていいって。あたしらもさっき来たとこだし」


夏だろうと変わらず毛髪共々元気な赤也、長い髪をひとつにくくって柔らかく微笑む深雪をはじめ、他の先輩方も相変わらず元気そうだった。特にジャッカル先輩はブラジル出身と聞いているせいか、普段よりも活き活きしている気すらする。とりあえず私とは大違いである。…で、癪ではあるが仁王先輩の状態が一番私と似ていた。


「仁王先輩も久しぶりですね」
「…おう。そういやしばらく会っとらんかったの」


水滴のついたペットボトルを首筋に当て、柳生先輩の隣に座り込む仁王先輩。すっかり疲れきっていて声にも覇気がない。これは柳生先輩が解説してくれたのだが、今日は特に暑さと真田先輩が厳しくて参ってしまっているらしい。だからこんなにしおらしいのか。と思わせてそうでもなかった。

視線の高さにガーゼの貼られた膝があったせいか、これはなんじゃとからかうような口調でペットボトルを押しつけられたのだ。反射的にその白髪頭を叩き返すと項垂れたっきり動かなくなってしまって少しだけ焦ったが…いやしかしここで心配したらきっと逆にからかい返されるだろうし、でも暑さで弱っててなんか元気ないし、だからと言って…。


「何やってんだよ佳澄ー。ぼさっとしてると置いてくぜー?」
「へ」
「仁王もふざけとらんでさっさと立たんか」
「ピヨッ」


いつの間にか改札を抜けていた赤也たちに呼ばれ、マイペースにちんたら歩く仁王先輩の背中を押して慌てて後を追った。

男七人全員があの大きなラケットバッグを背負っているため、電車内だと必要以上にむさ苦しい。思わず花を抱えた女子二人のもとへ逃げた私は賢い。そして電車内のクーラーで幾分か復活していた仁王先輩だが、目的の駅で降りた瞬間もとのぐったり仁王先輩に戻ってしまっていた。いつもの減らず口すらないので調子が狂う。…いや待て、なんで私の調子が白髪野郎に左右されなければならないんだ。無視だ無視。

ぞろぞろと歩くむさい集団プラスアルファ。病院内ではすでに見慣れた光景なのだろう。すれ違う看護婦さんや患者さんに「今日も来たのねえ」だとか「あら、今日は女の子が多いわね」と度々声をかけられていた。こんなに元気の有り余った奴ら(一人除く)と病院はミスマッチな光景のはずなのに、妙に馴染んでいるのだからおかしな話だ。


「…あれ、病室ってここだっけ?」
「ついこの間移ったんだよ。なんか手術が近いんだって」
「手術…」
「そ。たしか今月末くらい」


以前来たときとは違う階の違う病室で立ち止まった一行。しかしプレートにはたしかに幸村先輩の名前が書かれている。不思議に思って沙耶の袖を引くと、予想していたより重い単語が飛び出した。そのことについて詳しく聞く暇もなく、スライド式のドアが真田先輩の手によって開かれていた。


「やあ、待ってたよ。仕上がりはどう?」
「上々だ。明日からの大会も問題はない」
「約一名バテてるみたいだけど?」
「あー…試合には問題なか」
「ならいいんだけどね」
「幸村、今回の分の部誌を持ってきた」
「ありがとう。助かるよ」


ベッドで本を読んでいた幸村先輩。ぞろぞろと入ってきたテニス部面子と一言ずつ交わし、一気に賑やかになった病室内で嬉しそうに笑っている。私は入院したことがないので分からないが、やはりお見舞いが来てくれるのは嬉しいものなのだろう。でも沙耶が適当に花を生けようとしたのに釘を刺す辺りは相変わらずだ。沙耶も相変わらずだけど。

そして幸村先輩が部誌のチェックをする横で、この日は何があった、どんな練習をした、すっげーしんどかったっすと逐一説明を入れる赤也。幸村先輩もそうだが赤也もずいぶん楽しそうにしている。そこに丸井先輩が茶々を入れて、仁王先輩が便乗して、柳先輩が仲裁に入って…と、なんだかんだ楽しそうなのはみんな一緒だった。

その中で最初は同じく楽しそうに笑っていた沙耶。しかし、不意にふてくされたような顔でため息をついた。ちょっと可愛いと思ったのは内緒だ。


「はあ…。先輩ら、明日が関東大会だってのにリラックスしてるんすね。あたしなんか今から緊張してるっていうのに」
「そっか、藍田さんも明日から関東大会なんだっけ。初戦敗退しないように頑張ってね」
「…なんすかその応援、嫌味っすか」
「ふふ、どうだろうね?」
「あー…憎ったらしい…」


と、言う割に表情が柔らかくなっているよ沙耶さん。あと心なしかみんなの顔が生温かくてうざい。

帰り際、「あたしの方が励まされてどうすんだよな」なんて沙耶は笑っていたが、十分幸村先輩のことも元気づけられているように見えたので、きっと二人はそのままでいいんだろうと思った。…今の私の顔も生温かくてうざいのはご愛嬌ということで大目に見ていただきたい。




そのまま、このまま

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