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どこか似ている二人



「シベリアン・ハスキーと佳澄で写真撮りたい撮りたい撮らせろ!!」


と、明日香ちゃんが地団駄を踏みまくったことにより、夏が明けてからハンとジンも交えて撮影することになった。やはりギャップうんぬんは譲れないらしい。私が首を縦に振るなり善は急げと動き出した彼女の顔は、照りつける太陽のように輝いていた。

しかし、そうなると夏の間の撮影はできないことになる。なにせ北国の犬種、シベリアン・ハスキーだ。炎天下で長時間の撮影だなんて自殺行為に等しいだろう。明日香ちゃんもさすがに鬼ではないので夏の撮影はお休みにして、その間に構図を考えたり撮影の許可を取りに行くことにしたようだ。当たり前のように学校で撮るつもりでいる彼女に胃が痛くならないこともない。

…違うことを考えよう。文化祭に出展する写真に力を入れている私たちだが、それより先に大きなイベントがある。そう、体育祭だ。我が校では九月に体育祭が行われるので、その準備は夏休み前から始まる。私と沙耶は50メートル走やシャトルランの結果からリレーの選手にも選ばれた。やるからにはきっちりやる。それが私のモットーである。


「それで練習中に転んだと」
「普通に痛かった」
「だろうね。絆創膏じゃなくてガーゼだし」


そう言って呆れたようにため息をついたのは雅樹だ。かねてからの宣言通り、(お兄ちゃんが部活で忙しくて寂しい)雅樹はテニススクールのない日には私の家へ来るようになった。奴も言ったように、私の膝には血の滲んだガーゼが貼りつけられている。リレーの練習中、バトンの受け渡しの際に隣にいた子の足が絡まって派手に転んだ結果だ。自分の意思で転んだわけではなかったから、手をついて庇う暇もなく膝を擦ったため酷いありさまになっている。保健室の先生曰く「痕になっちゃうかもねえ」とのこと。

幸い、私はここでお嫁に行けないと泣くような柄ではないので大して気にしていない。それより足の絡んだ子が半べそで謝ってくれたことの方が気になったというか申し訳なかった。私が鈍臭いばっかりに…。


「いやでも練習で転んでおけば本番では転ばないはず」
「二度あることは三度あるって言わない?」
「え、それ二回目も転ぶ前提?」
「うん。しかも同じ所」
「お、おいおい…言っていいことと悪いことがあるだろ…」


思わず庇うように膝を抱えた。雅樹はすぐに冗談だと笑ったが、当事者である私としては笑えないので勘弁してほしい。ただでさえエグいことになっている膝がモザイクものになったらどうしてくれるんだ。いよいよ私が鈍臭いってことか。…やっぱり笑えない。

誰に似たのか知りたくもないが段々と雅樹の可愛げがなくなってきた気がする。そう嘆きつつちらりと横目に見ると「佳澄姉ちゃんのふてぶてしいのが移った」と返されてしまった。なんてことだ。てっきり仁王先輩に似たのだとばかり思っていたのにこの返しは予想外すぎる。

ハンとジンが血の臭いが気になるのか消毒液の臭いが気になるのか、私のそばに来るとしきりに膝の臭いを嗅いでいた。雑菌の多いこの季節は油断ならない。隙あらば膝を叩こうとしてくる雅樹も油断ならない。あんまりしつこいのでハンを抱えさせて大人しく座らせておいた。


「あ、そういえば兄ちゃんから大会の日程聞いた?」
「赤也からなら聞いたけど」
「赤也って…切原さんだっけ?仲いいの?」
「仲いいよ。幼稚園と小学校一緒のご近所さんだし」
「ふーん」
「で、大会が何さ」
「んー…」


どういうわけか、雅樹はハンのモフモフに顔を埋めて生返事を返し始めた。いつまで経っても顔を上げようとしないのでジンをけしかけて雅樹にじゃれつかせると、「よく分かんない」と言いながら顔を上げた。うん。私もよく分からない。とりあえずハンもジンも取られているのは癪なのでジンを抱き上げてソファへと移動する。


「佳澄姉ちゃんは見に行くの?」
「え、なんで」
「なんでって…なんで?」
「私に聞くな」
「あー…じゃあ俺は兄ちゃんの試合見に行くけど、佳澄姉ちゃんも一緒に行かない?」


こてん、と首を傾げた雅樹を見つめて瞬きを数回。テニスの楽しさは先日、裕太くんとジローさんに教わる形で少しだけ知った。二人の試合を見てわくわくしたのもまた事実。きらきらと表情を輝かせる二人を見て、もう少しテニスに触れてみたいと思ったのもまた事実。しかし、じゃあ行こうかなと返事をしようとした口は直前で閉じられた。深雪と赤也のいるテニス部も気になるがそれを言ったら我が校の女子バスケ部、沙耶の試合の方がもっと気になるのだ。


「ごめん、行きたいけど行けるか分かんないや」
「何か予定あった?」
「同じ学校の友達がね、バスケ部で関東大会出るんだよ。だからそっち優先したいかな」
「んー、それじゃあ仕方ないか。もし行けそうだったら教えて」
「おいーっす」


たぶん決勝戦くらいじゃないと見応えないし、だなんていつぞやの赤也のように生意気な台詞ではないだろうか。立海が決勝まで行くと信じて疑っていない、むしろ優勝は立海で決まりとまで思っていそうだ。聞くところによると立海は関東大会十五連覇中らしいし、この自信もあながち身内びいきというわけではないということか。…赤也が足を引っ張ったりしなければいいのだが。

そんなふうに夕飯前までだらだらしたのち、雅樹はハンとジンとついでに膝にガーゼを貼った間抜けな私の写メを撮って帰って行った。絶対仁王先輩に見せる気だ。絶対馬鹿にされる。それに気づいたのはお風呂に入ろうとガーゼを外したときだったので、すでに手遅れ。やはり雅樹は私ではなく仁王先輩に似てきていると、一人湯船の中で項垂れた。




どこか似ている二人

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