卒業論文が
終わらない




隠蔽と見ないふり


11月22日、語呂合わせでいい夫婦の日なんて銘打たれたその日はどこを見てもそれにかこつけた商戦でいっぱいだった。
かく言う俺もわざわざ妻のTwitterアカウントを弄ってドンキに行くなんてカモフラージュを重ねた上で、ショッピングモールに繰り出している。平日とはいえ学校終わりの学生や仕事終わりのサラリーマンでごった返していて、プレミアムフライデーは定着せずとも華の金曜日は失われていないようだ。

「……で、何でいるんすか」
「ショッピくんこそドンキはどうしたの」

わざわざ帰宅してつぐみが家にいることを確かめてから出てきたはずなのに、どうして今目の前につぐみがいるのか。ぷぅ、とむくれる姿は俺好みのロリそのもので抱きしめたくなったが、人目があるためぐっとこらえた。これでは計画も何もあったものではない。

「ちょっと気が変わったんですよね」
「……隠し事?」

いつもぽやぽやで俺の嘘なんか全然見抜けないのに、どうしてこういう時ばかり鋭いのか。彼女を振り切ったところでいい夫婦の日に軋轢を生むのは目に見えているし、不安そうなつぐみなんて見ていられるわけがない。惚れた弱みって辛いな……。

「……今日、何の日か知ってます?」
「わんわんにゃんにゃんの日!」
「……ッ、あ゙〜〜!」

かわ、かわいい〜!何だこの生き物、本当にこんなに可愛い人が俺の奥さんなのか。数年前出会い頭にもらった鳩尾への一撃はこの幸せに繋がっているんだぞ……信じられるかよ……。顔を抑えて膝から崩れ落ちた俺に周囲の視線が刺さるが、つぐみの可愛さの前にはなんてことない。

「……犬とか猫、飼いたいんですか」
「いやー飼いはしないかな……うち共働きだから日中可哀想だし」

何となく足をペットショップの方に向けてショッピングモールを歩けば、つぐみの小さな身体はすぐ人波に拐われそうになる。その度に頑張って寄ってきてくれるのも可愛らしく愛おしいが、迷子になられては適わない。掴みやすいよう腕を出せばしがみついてきた。

「……わ、ちっちゃい……」
「おー、実家の猫にもこんな時代あったわ」

ガラスの向こうでよちよちと歩き回る猫に、ふにゃりと蕩けるような笑みを浮かべるつぐみ。指でガラスをなぞればそれを追って走り回るものだから、ついつい値段を確認してしまった。問題は値段ではなく世話だから、どうあれうちに迎えてやることは出来ない。……いや、子どもが出来て落ち着いてつぐみが専業主婦になったらどうだろうか……?

「ショッピくん、満足した」

そう言って俺の腕を引っ張る彼女に連れられてペットショップを出て、向かったのは男性向けの衣服を取り扱う店だった。つぐみの体格では当然メンズ物なんて着れないから、彼女がここに用があるとすれば父親か俺かどちらかだ。

「んん〜……」

つぐみが足を止めたのはマフラーのコーナーだった。女性ほどではないにしろ色とりどりの布地が並べられている。それに手を置いては顔を顰めつつ首を傾げている。

「つぐみ……?」
「ショッピくん、首貸して」

腰を折って顔を近づけると手触りが気に入ったのか何なのか、とにかくお気に召したらしいマフラーを首に当てられる。ふわふわしつつもくすぐったくなく、それでいてじんわり暖かい。

「……これにするね」

そう言ったつぐみの後を追ってレジに向かい、財布を出そうとしたら睨まれてしまった。どうやら自分で買いたいらしい。いつも思うがこの身長差で睨まれても可愛いばかりで、何ら怖くないな。

「ん、私の用事終わり!」

もう彼女がここに来た理由など分かっている。犬猫の日だなんて茶化しておいて、何も言わなければバレないと思っているのだろうか。いや、バレていても何も言わず気づかないフリをお互いするのだろう。

「俺あっちのバイク用品見たいんやけど」
「お、行こう!」

再び人波を掻き分けてバイクショップに入れば、流石に需要が少ないのか店内の人はまばらでゆっくり見てまわれそうだ。見慣れないバイク用品に目移りするつぐみを連れてヘルメットコーナーに向かい、適当なヘルメットを彼女に被せる。流石に一般規格だと大きすぎるか……。

「ちょっとクソ猫!いきなり何を……」

女性用の少し小さめなヘルメットを被せればちょうど良さそうだった。揺らしてもずり落ちる気配は無いし顎のベルトの調整も問題ない。薄紫色のヘルメットを被せて同じ確認をし、それを持ってレジへ向かう。

「ショッピくん!?何なの本当……」

会計を終えれば当然のように晩御飯何食べようか、なんて会話が交わされる。たまには外食でもしようと決まり、チェーンの回転寿司店でつぐみが子ども扱いされたのに大いに笑った。
お互いが買った荷物はそれぞれ持ったまま手を繋いで家路を辿り、道中何となくコンビニでスイーツを漁る。煙草買い忘れた、なんて薄っぺらい嘘をついてコンビニに戻り、明日の朝御飯になりそうなおにぎりなどを買い込んだ。

「寒いね」
「せやな。そろそろこたつ出しましょ」
「ショッピくんがコタツムリになる〜!」

何でもない帰り道にお互いへのプレゼントを持って手を繋ぐ、俺たちにとってはそんな日。






「ところでクソ猫」
「はい」
「Twitterアカウントを戻して」
「はい」

いい夫婦の日の翌朝。よく晴れた朝を寝過ごして昼に差し掛かる頃である。昨日買い込んだおにぎりにかぶりつきながら、ベッドから起き上がれないつぐみの分のお茶を差し出す。昨夜は猫を出汁にして散々可愛がったから、Twitterのことなんて忘れていると思ったのだが。

「ショッピくん結構記念日とか好きだよね」
「それにかこつけてつぐみを抱きたいだけなんすけど」
「うぐ……」

温かい布団に意識を溶かされたのかうとうとし始めるつぐみに、少しだけ後悔した。昨夜我慢して、今日はもらったマフラーとあげたヘルメットを着けて出掛けるのも良かったかもしれない。

「……しょっぴ、くん、も、……寝る?」
「ん、俺ももう一眠りします」

掛布団を上げて俺を招くつぐみを抱きしめるように寝転がれば、彼女の体温が残る布団がじんわりと温かい。つぐみの子ども体温も相まってぽかぽかと眠気を誘われ、背中を撫でられるままに眠りに落ちた。

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