卒業論文が
終わらない





旦那様は分かりやすい


夫であるグルッペンさんから初めてデートのお誘いを受けてから数週間、すっかり秋が深まって気温が下がってきた。こうなってくると冷え性の私は指先足先が地獄のように冷えていく。どれくらいかと言うと、寝る時にグルッペンさんに当たらないように必死になるくらいには冷たい。

「寒くないか」
「……大丈夫です」

ここ数日はパジャマ越しに彼の胸に手を当てることさえはばかられて、自分の胸にがっちり抱えたまま寝ていたり背中を向けて寝ている。一緒に寝ている彼はどこか不満げで、特にお酒が入っている時は強い力で抱きしめられるものだから必死で手足を遠ざけた。

「……あの」
「冷たい」

ひた、と背後から、彼の長い足が伸びて私の爪先を捉える。その冷たさに驚いたのか一瞬背後のグルッペンさんが震えたのが分かって申し訳ない気持ちになった。

「すいません、冷え性で」
「いつもか」
「……冬になるとダメですね……」

何せ布団に引きこもってもいくら擦っても冷えた手足は温まらない。グルッペンさんと一緒に寝ているから掛布団を増やして欲しいなんて子どもみたいにワガママは言えないし、湯たんぽだってグルッペンさんがくっついて寝たがる以上使えたものではない。冬が終わるまで我慢すれば良いことだし、同棲する前だってそれなりに我慢してきた。

「……寝ていろ」

先程までうつらうつらとしていたはずのグルッペンさんが起き上がり、私に布団をかけ直すと部屋を出てしまった。暖房の温度を上げたのはまず間違いなく私のためで、その優しさにじんわりと胸が温かくなる。……物理的には温まっていないのだが。夜の暗さの中で、寝室の扉の下から薄く明かりが漏れる。グルッペンさんは何をしに行ったのか、水の音が響いていた。

「……さむ」

1人の布団はこんなにも肌寒いものだったか。背中に当たる体温が無いだけで泣いてしまいそうなほど心細く、毛布の縁をきゅっと握りしめた。早く帰ってきてくれないだろうか、今のうちに擦って少しでも手を温めてからくっついたら怒るかな。

「起きているか」
「グルッペン、さん?」

常夜灯のついた部屋でグルッペンさんが何かを抱えているのが見える。あまり大きなものではないけれど、腕を使って持っているということはそれなりに重いものだろう。

「……足」
「は、え?」

布団の足元を捲られて、彼が持っていたものが滑り込む。恐る恐る足を当てて見れば、じんわりと温かくほっとした。これ、もしや湯たんぽでは。

「身体を起こせ」
「はい?」

湯たんぽを手放したのに、彼の手にはもうひとつ軽そうなものが抱えられている。というより腕に掛けられていた。謎の物体を頭から雑に被せられ、視界が一気に閉ざされる。もこもこした謎の物体からはグルッペンさんの匂いがして、ちょっとだけ安心した。やがて視界が開けた時にグルッペンさんの顔が随分近くにあったものだから、2人して照れてしまう。そういえば愛されているのは分かるけれど、世間一般的な愛情表現はほとんど無い家庭だ。

「袖」

もこもこした謎の物体の正体はグルッペンさんのセーターだったようだ。男性用であるためか生地が分厚くて温かい。グルッペンさんが中身の入っていない袖を持ち上げ、そこに私が腕を通す。当然ぶかぶかで袖は余ってしまったが、手袋の如く密閉出来るのでこの方が指先は暖かいだろう。

「……布団、買い足すか」
「グルッペンさんは暑くないですか」
「…………」

再び隣に寝転んで肩まで布団を被ったグルッペンさんに引き寄せられて、向かい合う形になる。寒くなり始めてからは背中を向けていたから、こうして寝るのは久しぶりだ。私の額がグルッペンさんの頬にぶつかるくらいの至近距離に、彼も照れているらしく熱くなっている。この照れ屋な旦那様は私を甘やかしたくて仕方が無いらしい。

「…………い、いつも、背中をむけ、られる、のは……その、い、嫌だ」
「……………………は、い」

布団を増やして欲しいとワガママを言えない私と、自分の方を向いて欲しいとワガママを言えなかったグルッペンさん。果たしてどちらの方が子どもじみているのか。暗くてろくに見えやしないと分かってはいるけれど、それでもいたたまれなくて彼の胸元に擦り寄った。

「……湯たんぽもセーターも、あったかいです。ありがとうございます」
「……そうか」

セーター越しに久しぶりに彼のパジャマの胸元をそっと握れば、満足したのか腰に回された腕に力が込められる。少しずつ上がり始めた室温とグルッペンさんの体温に、だんだん意識が溶けていくのが分かった。

「おやすみ、なさい」
「おやすみ」

翌日、2人そろって微妙に寝相が悪いせいで蹴り落としてしまった湯たんぽの音に驚いて飛び起き、早急に掛け布団と敷布団カバーを購入した。


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