卒業論文が
終わらない
トマト
翌朝俺の腕が重いのが不服だったのかベッドから抜け出そうとしたガキを引き寄せて二度寝を貪り、何故か一緒に顔を洗って朝食に顔を出した。今まで手伝ってやっていた服のボタンは全て自分で止めることに成功していたし、手を繋いで歩くのも特別嫌ではなかったから許している。いつになく自分の機嫌がいいのを感じた。
「……ゾムさん、何や分からないことあったら相談乗りますからね」
「ロリコンやないから一緒にすな」
「おはようしょっひ!」
「ショッピです、おはようございます」
「しょっぴ」
「そうそう、可愛いですね」
幹部として子どもを慈しむ顔から一瞬にしてロリコンの顔にすり変わったショッピからガキを遠ざける。ショッピはすこぶる不満そうだったが、ガキが腹の虫を鳴かせているのを聞くと手を振って見送ってくれた。1人で出歩いてる時にあいつに捕まったらと思うとゾッとするな。
「いただきます」
「ん、いただきます」
きちんと手を合わせて食前の挨拶をするガキを確認してから朝食に手を付ける。以前はマナーもクソもなく適当に食っていたが、女であるガキの教育に悪いからとトントンとコネシマに散々言われて矯正された。……もしかして今のガキとここへ来たばかりの俺やガキを拾ったばかりの俺の扱いって大差ないのでは?
「…………とまと」
「何や、はよ食え」
「………………うー」
ガキの栄養管理が始まってからというもの、俺らの食事もそれに合わせてバランスのいい物に変更された。コネシマや俺みたく偏食していたヤツらは当初半泣きで野菜を食んでいたし、でもガキの前で泣くわけにもいかず平気な顔を必死で装ったのだ。
最近は余程でなければさして躊躇せず食べられるようになった。仕事で遠出する時に食事に困らないというのは非常に良い。
「…………ほれ」
皿に残ったトマトのうちひとつをフォークで刺して己の口に運び、自分の皿のハムを1枚ガキの皿に置く。まっずい。以前は目にするのも避けていた天敵であるトマトだが、こうするとガキは嫌いなトマトもどうにか食べるのだ。
「…………ごちそ、さま、でした」
「ごちそうさまでした」
トマトを口の中に押し込みよく噛んだ後水で流し込んでいた。トントンの「ご飯は20回噛むこと!」という教育をバカ真面目に守っている様子は若干微笑ましく見えなくもない。なおトマトを進んで食べる俺を目にしたシャオロンは幽霊でも見たような顔をしていた。アイツ後で殺す。
「転ぶなよ」
「はーい!」
ペ神のいる医務室までの間、ガキは先へ行っては後ろに駆けていきまた先を行き……と俺の周りを走り回る。ちょろちょろとウザったくはあるが、邪魔をされているわけでもないのでほったらかしておけば良い。角の手前で必ず引き返してくるので誰かと衝突することもないし、好きにさせておく。
「ペ神、連れてきたで」
「よーしゾム、今日の朝ごはんでトマトを代わりに食べたのは聞いてるからね!」
「げ」
「ちゃんと食わしたってや。……でも2つ食べたんは偉いな」
「ん、とまと、やだ」
「頑張ろうなぁ」
医務室に連れてくると何でもないことを無限に褒め讃えて頭を撫でるペ神が鬱陶しい。何が1番面倒って、終わった後「ゾムはしてくれないの?」って顔で見つめられるのがウザったいのだ。
「うんうん、だいぶ肉も付いてきたしそろそろ健康かな。痛いのはどう?」
「よる、ちょっと」
「うん、我慢しないで言うんだよ。とっても痛かったらお薬飲もうね」
ペ神の言葉に頷くガキ、そういえばコイツ歳はいくつなんだろうか。正確な歳が分からないのは当然として、10に届くかどうか……?女には月に1度出血する日があると風俗の女に聞いたことはあるが、今のところその兆候は見られない。大人にあって子どもにないなら、いつ始まるものなのかわからないな。頼れる女……メイド?いやメイドにそんなことを聞いたと知れ渡ったら社会的に死ぬ気がする。
「もう戻ってええよ。でももう暫く訓練とかはダメやから」
「……分かっとる」
走り回るのに疲れたのか手を繋いで歩くガキに合わせて、少しだけ歩幅を縮めた。こんな小さくてほっそい指や腕ではろくにナイフなんて握れるわけが無い。銃なんか撃った日には粉々になってしまうかもしれない。メイドみたいな力仕事だって出来ないかもしれないし、街に降りて誰か適当な男と幸せに暮らすのが……。
「ぞむ!」
「何や」
「ねこ!」
「……はいはい猫な。ゆっくり近付くんやぞ」
庭に入り込んだ猫を見つけたガキが走り出す。そうだ、軍に入らずメイドでもないならいつまでもここに置いておくわけにはいかない。いつか、そう遠くない未来に、こいつはどこかへ送り出さなければならないのだ。
「……?ぞむ、ねこ……」
「……あ、すまん」
握ったままだった手を離せば、ガキは猫ににじり寄り始めた。さては路地裏でネズミを食ったことがあるだろう、と推測できるくらいには獲物を狙う姿勢である。流石にそれでは猫もビビって近寄れはしないだろう。
「おい」
「……ねこ……」
「とにかくその姿勢やめろ」
ガキの肩をちょっと押せば、ぽてりと尻もちをついた。その隣に俺も座り込み、伝家の宝刀保存食をポケットから取り出す。人間用であるこれが猫の体に良いはずもないが、少しやるくらいなら平気だろう。まして野良猫だ。
「低いとこで手出しとけ。動くなよ」
素直に手を出したガキの手に欠片を載せて残りをそのまま口に突っ込むと、俺達には嗅ぎ取れない匂いを感じたのか猫がじりじりとこちらに近寄ってきた。やがてガキの手から欠片を食べた猫は少し懐いたのかガキを舐め腐っているのか、その手に擦り寄る。
「撫でろってよ」
「え、なで……」
「ペ神にされてるだろ」
猫の毛にそっと手を伸ばし、毛並みに指が沈んだ時のガキの喜びようはなかなかに愉快だった。やけに人懐っこいと思ったら餌をやりに来たショッピと遭遇し、並んで座って1匹の猫を撫で回す俺たちを見て「仲良いっすね」なんて吐かした。
……正直否定出来ないと思った。
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