卒業論文が
終わらない




ピッツァ


任務で少しばかり遠方へ行く用事が出来、2日ほど泊まりで出ることになった。そうなるとさすがにガキのことも気にせざるを得ない。以前コネシマの元へ泊まりに出した時は一睡もしなかったと聞くし、俺の部屋へ置いていった時はトントンの部屋の前で丸くなっていたと聞く。となれば、置いていく選択肢は無くなるわけだ。

「おい」
「はい!」
「うっさいねん、静かに返事しぃ」
「はい」
「よし」

某国の城壁を前にして車を停めた。ここから先は徒歩になるが、そうなるとガキは連れて行けない。宿泊した宿に置いてきても良かったが、ガキが部屋を出ない保証は無いし外で何を喋るか分かったものでは無かった。だからこそこうして連れてきて、外から鍵が掛けられてドアが重たい車に置いていく。

「ええか、車ん中におれよ」
「うん?」
「……外、出るな」
「わかる」
「わかった、やろ」
「わかった」

ガキが退屈しないようにと大先生とチーノがパズルや絵本を後部座席に積み込んでいた。菓子の類もそれなりに積んであるし、飽きたり腹が減って無理やり表に出ることも無いだろう。偵察任務なんかさっさと終わらせて、早く帰って馴染んだベッドで眠りたい。

「…………行ってくる」
「いって、ら、る?」
「行ってらっしゃい」
「いってらっしゃ!」
「静かにしろ」
「はい」

こんな調子で本当に囮や兵士として使えるのか、最近不安になってきた。素直で扱いやすいのは良いにしても、どこからどう見たってこのガキが荒事に向いているようには見えない。そもそも何でこれを拾ったんだか。




偵察任務の予定が何をどうしてか暗殺任務になっていた。たまたま他所と同盟締結して戦争推進してた議員がいたからついでに、って流れだったが、パーカーに思い切り返り血が飛んだ。車で離れたら街に入る前に着替えないといけない。

「戻ったで」
「おかえ、……り」

多少言葉……というかおそらく「り」と「る」で迷いつつも、大人しく絵本を見ていたガキに出迎えられた。助手席に座り直させてシートベルトを付けてやれば、返り血に気がついたのか呆然と俺のことを見ている。生憎今は無傷であることを説明してやる時間はないため、さっさとエンジンを掛けて走り出した。

「ぞむ、いたい?」
「何も痛くないわ」
「………………いたい、ない?」
「ないで」

それでもなお不安そうに見つめてくるのはこいつが治安の悪い地域の育ちだからだろうか。転んで血が出れば痛い、殴られれば血を流して倒れる、血を吐いている死体がある、そういう場所だ。血は、赤という色は、それだけで警戒する理由になる。
俺にも覚えのある話だが、初めてトントンと顔を合わせた時はアイツの真っ赤なマフラーを見てぴーぴーとうるさく泣いたものだ。それから数週間トントンのマフラーやオスマンのトルコ帽、シャオロンとコネシマのTシャツから赤色が消え失せたのは正直少し面白かった。

「…………しつこい、何もないって」
「うん……」

街の外れで車を停めて、荷物の中から替えのパーカーを取り出して着替えようとする。……が、ガキの視線がどうしても俺から外れない。本当に無事かどうか疑わしいといった視線だ。

「お前、俺がおらん間何食った」
「……くっきー、と、ちょこ」
「食べれんものはここに入れとき」

このガキはまだ歳の割に小柄だ。栄養管理をペ神に厳命された上で遠出をしているから、何をいくつ食べたとかを記録しなければならない。ともすれば任務の報告書類よりも催促される。ガキが捨てたゴミの数でおおよその量を見て、手帳に書き込んだ。

「……ほんまめんどくさいわ」
「んぐ」

助手席に大人しく座っていたガキのシートベルトを外して、外へ降ろす。親兄弟じゃあるまいし手を繋いでやる義理もないし、拾ったから飼い始めたのであって責任を撮るかどうかは別問題だ。
道に沿って適当に歩き出すと、車には戻れないガキが必死に後ろを着いてくる。拾った直後に部屋から食堂まで後ろを歩かせたと思ったら、部屋の前で力尽きていたこともあった。頻繁に後ろを確認してやれば何とか小走りで着いてきている。

「ぞむ、ぞ、ぶっ」

べちゃり、と痛そうな音がした。咄嗟に振り返れば案の定見事にすっ転んでいて、あの様子では膝も手も擦りむいているだろう。後でトントンに文句言われるのも面倒だし、一応手を貸してやるか。

「……ぞ、む、ぞむ」

擦りむいて血が出ているのを確認した後、ガキはゆっくり自力で立ち上がった。流石に泣いているようだが、以前のようにぴーぴー喚くようなものではなく必死にこらえるような泣き方。
とはいえ痛いものは痛いのか先程よりもゆっくりよたよたと歩いている。これでは車に戻るのに何時間かかるか分かったものでは無い。

「……しゃーないな」

少し道を外れて森に入ると綺麗な池があり、そこにガキを降ろす。流石に砂利道で転んだ傷は早く洗わなければならないからだ。

「う、う」

洗わないと膿んでもっと痛いし、ずっと傷口がごろごろする。そうは分かっていてもなかなか傷口を水に付けるのは怖いものだ。ましてや染みるタイプの擦り傷だし、躊躇しながら水に手を付けては引っ込めている。

「……さっさと終わったら、好きなもん食わしてやる」
「すき?」
「何でもええからはよ言え」
「……ぴざ、そとがわ」

ピザの耳とはまたニッチな好物である。子どもらしくチーズとか言えばまだ可愛げがあったかもしれないものを。ただ好物で釣る作戦は覿面だったらしく、静かにぴーぴー泣きながら手と膝を洗っていた。

「ぴざ」
「俺の食い残しくらいならやるわ」

ガキを抱えて車まで戻り、応急セットから大判の絆創膏で傷口を塞いでやった。まだ痛みはするものの、傷口が見えなくなったことで視覚的には楽になったらしい。国境の宿場町までの数時間のあいだに泣き疲れたのかガキは眠っていた。





「…………で、ピザ1枚分丸ごと耳あげたんか。甘やかしとるなぁ」
「うっさいねん」

食事の記録をつけなきゃいけない時期にこんな面倒なことはしない、と誓った。何が面倒ってペ神を筆頭に手帳を確認するグルッペンとトントンの生ぬるい視線が鬱陶しいからだ。現に暗殺について報告を終えたグルッペンからそんな話を振られて、しかもガキのものである軽い足音が近付いてくる。

「ぞむ!」
「なんや」
「だいせんせ、あめ、あげる!」
「もらった、やろが」
「もらった、あげる!」
「………………おん、さっさと部屋に戻っとき」

城の廊下をうろつき始めたガキは、それでも俺を見掛けると一目散に駆けてくる。大先生から貰ったであろう飴を1つ俺に渡すと、ガキは俺の自室兼アイツの部屋に向かって歩いていった。

「……ゾム」
「やめろ」
「心配ならついて行くといい。話は終わっている」
「うっさいねん!」

断じて絆されていない。仮に絆されていたとして、それは飴粒1つ分くらいのものだ。だというのにガキを追って部屋を出る俺の後ろ姿に、生ぬるい視線が刺さり続けていた。

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