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涙の跡さえ


 彼と喧嘩をしてしまった。

 と言うより、私が一方的に無視をしているだけかもしれない。彼の反応が薄いのは昨日今日にはじまった話ではない。十分にわかっていたのだ。

 あの時の私は恋愛小説を読んでいた。これだけ忍術に関わる本や空想物の本が並んでいた中でたまたま目に留まった、恋愛小説。純粋な物語の中の二人を読み進めるうちに、素敵だなって思った。お互いを一心に愛し、意思疎通や信頼、それらを信じてやまない関係に尊敬すらしていた。自分もそうなりたいなと。

 そしていい所で終わった本の続きを探したが見当たらなかった為、気持ち半分で彼に次の本の在り処を尋ねたのだが、返事は返ってこず。その上、こちらを見るだけ見てそっぽを向いてしまった。

「(……え?む、し……した?)」

 後から考えれば、それは彼なりの返信だったのだ。簡単に言えば知らないというサインなのに。あの時の自分は憧れの恋人同士を思い描くあまり、そのサインを受け取れなかった。

「(何で、無視するの…?)」

 そして、その疑問は怒りになってしまった。
 それから彼を避け続けた。その日は確かに怒っていたのだ。だが人間は単純なもので、睡眠を挟むと忘れてしまう。翌朝起きた頃にはそんな怒りも無くなってしまった。だがそれとは別に、気まずさが生まれてしまった。あんなに、半日以上もの間散々無視をしていたのに次の日にコロッと忘れて平然とした顔で会いに行けというのか。無論、無理だった。どうしようかと悩むうちに、あっという間に1日は過ぎてしまった。


「はぁ、で?仲直りの方法を聞きに来たの?」

「はい……私じゃ、どうしたらいいか」

 甘味処であんみつを食べながらサクラとイノに一連の流れを話した。

「そんなの、この間はごめんねーでいいじゃない」
「なまえはイノみたいに神経図太くないのよ」
「誰が神経図太いですって!?」

 偶然居合わせたイノとサクラに話を聞いてもらっているのだ。他に聞けそうな人もいなかったし。

「ていうかサスケ君って明後日から任務よね?」
「あ…はい。10日間くらいだし、少々危険と言ってたので…それまでには謝りたいんですけど…」

 サクラは親身に聞いてくれるが、イノには理解できないといった風に飲み物片手に背もたれに全体重を預けている。

「……あ、じゃあさ、弁当でも作ったら?」

 そのイノが名案と言わんばかりの顔で言う。サクラもいいじゃない、と言い出した。

「え……いや、私、料理はそこまで…」
「何よ教えてあげるわよ」
「サクラあんた……教える側の人間じゃないでしょうが……」
「なっ! 私だって多少出来るわよ!」

 こうしていつも通りサクラとイノの喧嘩も程々に出発の日に合わせてお弁当を作る事になった。

 その次の日に猛特訓して、当日朝早くからお弁当を作って、それを渡して、ごめんねって謝るつもりだった。



 当日、出発より少し早い時間に里の門へ向かうと、そこには彼とシカマルが居た。私の存在に気付いてシカマルは軽く手を上げこっちと呼んでくれたが、彼は。

「……どうした、見送りは要らんぞ」

 開口一番、否定をされてしまった。少々イラついた様子が怖くて、怯んでしまう。それもその筈だ、ここ数日避けていたのは私なのだから怒っても仕方ない。仕方ないのだが。

「まぁ、少し待てよ」

「……なんだ何かあるのか」

 なかなか言い出せない私を見兼ねて任務に向かおうとする彼を、シカマルが止めてチラリとこちらを見て、言えと訴えてくるのに、それすらも彼を苛立たせてしまったのか、ため息と共に手を差し出してきた。

「(え……サスケ君、私の事……)」

 この行動が、私のしたい事を理解してもらえた、感じ取ってもらえたという期待を抱いてしまった。物語のように言葉を交わさずとも、通じ合えているんだと。

「なんだ、弁当か。機嫌はなおったのか」

 だがこの一言で。私はまたへそを曲げてしまったのだ。なにか、何かが引っかかった。ため息混じりだったからだろうか。とにかく、何かが不快に感じたのだ。

「……任務、頑張ってください。」

 早く行けと言わんばかりに、言い放ってしまった。
 彼はどう思っただろうか。面倒な女と思われただろうか。この後、どんな顔で、どんな風に帰路についたか、覚えてはいない。そして、ここから10日間、片時も安心することはなかった。後悔しては泣き、後悔しては泣き……3日も経つ頃には私の両目はパンパンに腫れていた。

 私が悪い、全て。彼が帰ったら謝ろうと、後悔と決意を繰り返しながら10日間を過ごした。



 10日後、夜も深くなった頃に彼は自宅へ帰ってきた。私はその頃、本を読んだままソファーで寝てしまっていた。

「(寝ているのか……ベッドへ運んでやるか)」

 ふわりと浮いた感覚に目を覚ますと、すっかり寝る支度を整えた彼に抱きかかえられて、ベッドへ下ろされる所だった。

「え、あ……おかえりなさい」

「あぁ、ただいま。寝ていろ、明日もすぐ立つ」

 どうやら明日もすぐ任務にでてしまう、そうすれはまた伝えるタイミングが伸びてしまうと考えたら、今話すしかない、そう思った。

「あ、あの……任務の前の日、避けていて、ごめんなさい。ずっと、謝ろうと思ってて、その」

 突然そんな事言うものだから当然彼は何のことやらと疑問を浮かべるが、なおゴニョゴニョと話す私に簡潔に聞いてきた。

「謝りたいのはわかった。だが何故避けていたのか聞いていないな」

「あ……えっ……と……その、私小説を読んでいると、」

「心理状態が動かされるのは知ってる。その先の話だ。」

「あ……えっと……物語に出てくるカップルが、その……意思疎通できてて……いいなぁって思って……私、あの時サスケ君に無視されたと思っちゃって……」

 なんでそうなったのか、を聞かれたので途切れ途切れに答えた。バツが悪い、自分の思っていた事はこんなにも恥ずかしい事だったのかと思うと次第に涙ぐんで来たのが自分でもわかった。泣くような事ではないのに、ここ数日で泣く癖でもついてしまったのか。

「……顔をあげろ」

「えっ……」

 この顔を見せる訳にはいかない、そう思った時には遅く、既に近くに迫っていたサスケ君に驚く形でつい顔を上げてしまった。

「何故こんなになるまで泣いた」

「あっ……いや、その……色々、考えちゃって」

 この10日間で泣きに泣きまくった顔はどれほど醜いだろうか。今は夜なので暗いが、サスケ君にはきっと見えているだろう。どんな顔をするだろうか。蔑むだろうか、馬鹿にするだろうか。そんなネガティブな考えばかり頭の中をぐるぐると回る。

「酷い顔だな」

「ごめ、」

 やはりそうであろう、と顔を下げようとしたがそれは許されなかった。私の頬に添えられた手は優しく、声色は蔑みではなく愛に溢れてる気がしたからだ。

「サスケ、くん」

 何も言わない、なにも言葉は発していないが、私は何か暖かいものを感じた気がした。
 そう、あの小説のような心が温まる、そんな表現が似合う何かを。

「(これ程跡が付くまで泣くなんて忍としては失格だが、何故こんなに嬉々としているんだろうな、俺は)」











 次の日。
 またすぐに任務に出なければならない彼は、よく眠る彼女の顔を見てから、任務に向かった。静かに眠る彼女の頬に残る跡さえも愛しい気持ちで。

「(お前は、どんな顔で見送ったんだろうな)」

 今度はその跡残す表情をしっかり脳裏に焼き付け、任務へ静かに向かった。



【三度目の笑顔】へ続く
(170723)
『確かに恋だった』様より
君が、愛しい 5題「涙の跡さえ、(愛しい)」
著:蓮梨れおさん


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