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黒い猫 後編


「おいしーね!」
「…ん」


昨日と同じように、レンジでチンする魚料理を食べる。大人なら朝からそんな脂っこい料理は遠慮する所だが、まだ若いので胃が元気なのだ。黒猫は床でカツカツ食べ、なまえは机で行儀良く食べる。
すると玄関の方から物音がして、次いで「ただいま〜」という少々間の抜けた声がした。なまえはその声に耳をピクンと動かし、玄関から食卓に入るドアへ目を向ける。兄のカカシが帰ってきたのだ。黒猫は取り敢えず食事を全て食べてしまおうと少し急いでいる。


「あー、ただいま。疲れたー」
「カカ兄おかえり!」


耳をピンと立てて尾を振りながら、なまえは嬉しそうにカカシに言った。するとカカシはなまえに目をやって「ただいま」と改めて言おうとして、固まる。


「……なんで、猫がここに居るんだ!?」
「あ、カカ兄、あのね……」

「俺の妹に何をするつもりだ!? この汚らわしい猫族が!」

「え、……」


色々助けてあげて仲良くなったんだよ、と良い報告をしようと思ったのに、急に激怒し始めたカカシになまえは驚く。あの、いつもは優しい兄が、小さな黒猫を見付けた瞬間沸騰した。なまえは訳が分からず、一瞬ぽかんと口を開けた。


「なまえ、お前もどうして猫なんか家に連れ込んだ! 食事まで与えて、何をされるか分からないんだぞ!!」
「そ、そんな、猫さんは悪いことなんて何も……」
「そんなこと分からないぞ! 隠れて金品を盗んだかも知れない! 放っておけば仲間とまた戻ってくるぞ!!」


カカシは猫を上から睨み付けながら捲し立てる。その猫の方は、取り敢えず全て平らげ、今は顔を洗っている。その様子が余計に腹立たしいのか、カカシは怒りを隠さない。なまえはただたじろぎながら、必死に弁明しようとする。


「ちが、ちがうもん! 猫さんはそんなことしないもん!!」
「なまえ! 早くこんな奴追い出すんだ!」
「カカ兄、なんで怒るの!? なんにも、してないのに……!」


涙目になりながら、カカシに反論する。恐怖と悔しさから感情が高ぶり始めている。猫はそれを見上げ、次いでカカシを睨むようにジトリと見る。しかしカカシはなまえを見ていてその猫の様子には気付かない。


「猫なんかに心を許すな! 付け込まれるぞ!」
「ちがうもん、ちがうもん!」
「ほら、早くしなさい!!」
「ぅっ、…バカ! カカ兄のバガーッ!!」
「あっ、…」


なまえはついに泣き出し、食べ掛けの食事を放って走って行った。猫はカカシをギッと睨むと、なまえの後をタタッと追う。


「なまえ……」


カカシはすぐさま後悔した。
我を忘れて怒鳴り散らし、なまえを泣かせてしまった。

全てはあの猫の所為だ。
あの猫がなまえを惑わせたから、いけないんだ。

カカシはそう責任転嫁し、問題をすり替えた。


「……猫め…」


食事だけが残された食卓で、カカシは小さく呟いた。
怒りを込めて。








「ぅくっ、ひっく、」


なまえは自室に篭り、ベッドに俯せに寝て一人で泣いていた。どうして兄があんなに憤怒したのか分からず、混乱していた。

するとドアの下の方からカリカリと爪で戸を掻く音がした。ベッドから降り、ドアに2、3歩寄って手を伸ばす。開けると隙間からするりと黒猫が入ってきた。


「ぅっ、猫さん…っ、」
「……大丈夫か?」


気遣うように見上げて、黒い瞳で真っ直ぐなまえを見る。なまえの耳と尾が、いつもと違って元気がなさそうに垂れている。ドアを閉めながらしゃがみ、なまえは小さく頷いた。


「猫さんこそっ、あんな酷いこと、っ言われて、平気なの?」
「……慣れてる」


そう答えながら、猫は少し俯いた。尻尾はピクピクと動いていて、不機嫌と気遣いが混じった微妙な気分を表している。(尤もなまえには伝わらないが)


「うっく、ごめんね、猫さん、お兄ちゃんが、あんな、こと、…ごめんねっ」
「お前の所為じゃない。泣くなよ」
「ひっぅ、ごめ、んね……ありがと、…」
「……ゥ」


なまえが泣きながらそう言うと、猫はなまえの膝を踏み台にして、顔にぐいっと近付いた。なまえは目を閉じていたので気付かなかったが、生温かい感触に驚いて目を開ける。


「ん、なに…? う、ひゃっ、」


猫は涙の跡を消すようにそこを舐める。くすぐったいようなザラザラで少し痛いような感じ。驚いて少し勢いの緩んだ涙を、次々舐め取っていく。なまえはその行動を止めさせようとはせず、むしろ委ねるようにじっとしていた。


「……泣くな」
「…うんっ」


優しい猫に、なまえはにこっと笑ってみせる。黒猫は間近でそれを見て、動悸が速まる。なまえは近寄った猫をそのままそっと抱き締めて、ちょっとだけ擦り寄るように顔を埋めた。


「……私は猫さん、大好きだよ」
「ゥ、……ん」


なまえはぎゅっと抱き締めて、零れるように呟いた。
猫はそれを聞いて少々動揺しつつ、大人しく腕の中に収まっている。


「…俺も、お前のことは嫌いじゃない」
「ありがと…」


猫は小さく喉を鳴らし始め、なまえの肩あたりに顎を置いた。耳に近い位置だったので喉を鳴らしているのには気付いたが、なまえはその意味を知らない。

涙が治まり、なまえは顔に残った水を拭き取る。その間に黒猫は腕の中から抜け出し、少し乱れた毛並みを舐めて整えた。それが済むと窓に向かって歩き、縁に飛び乗った。


「…どうしたの、猫さん?」
「…やっぱりここに居ると迷惑らしいからな、……帰る」
「え、そんな、…カカ兄のことなら、私がなんとかするよっ!」


だからまだ居て。一緒に過ごそう。

その言葉に背を向けて、猫は器用に窓の鍵をひっくり返した。


「……アイツだけじゃない。……お前以外は、みんなあんな感じだ。俺がここに居るのが間違ってるんだ」
「……猫さん……」


急に訪れた別れの時に、なまえはまた目を潤ませる。「泣くなよ」と猫が言えば、なまえはその目をぐしぐし擦って、「うん」と頷いた。


「もう会えないかな」
「………さあな」


窓に前足を掛けて、カラカラと横に滑らせて開ける。


「けど、……また会えると良いな、いつか」
「! …うんっ」


なまえがまた涙を零しそうなのを我慢している。それを見て猫は、目を細めた。

また会いたいと思ってくれている。


「……じゃあな」
「あっ、待って猫さんっ」
「何だ?」
「なまえ、まだ知らないよ…」


今度会った時には、その名前を呼んで振り向いて欲しい。なまえはそう思った。
猫は少し立ち止まって、考えた後口を開く。


「……次に会った時に、教えてやるよ」


それだけ言うと、黒猫はひらりと飛び下りてしまった。なまえが「あっ」と言って窓に駆け寄ると、黒猫の後ろ姿が森の中に消えていく所だった。振り返ることもなく真っ直ぐ走って行ってしまい、寂しい感じもした。


「……猫さん……」


短い時間だったけど、本当に楽しかった。
また、会いたい。


なまえはこの後、犬が猫を嫌いなのは「普通」なのだということを知る。
それ以来猫の話は一言もしなくなったが、ずっと、黒い猫に再び会い見える日を待ち焦がれているのだった。



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