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迷子、再び


「……ま…また迷った、かも…」


―迷子、再び―


予定通り歩いているならそろそろサスケの家が見えても良い頃なのに、なまえは未だに森の中を彷徨っていた。もう一度地図を見直して、恐らく自分が居るだろう所を指で押さえる。犬の区は西、猫の区は東に隣り合っている。境目のあたりに居ると思うのだが、実はここまで歩いたつもりで、もっと手前の方に居るのかもしれない。そう思い直して、指を少し左へずらした。


「…よっし、あとちょっと」


少し意気込んで、歩く速さを少し上げた。まだ昼なのに、相変わらずこの森は薄暗い。これ以上少しでも気が落ち込めば、その場に座り込んでしまいそうだ。ドキドキと速まる心臓を自覚すると、余計に怖いような気がした。


「ギャッギャッギャッ」
「! と、鳥ぃ〜…驚かさないでよぉ…」


木の上方を、気持ちの悪い鳴き声を発しながら鳥が飛んだ。そんなものにさえ一々ビビってしまう。手に持ったお礼の品を持ち直して、地図とコンパスを見比べる。

そういえばこのコンパス、ちゃんと北を向いているのだろうか。不安になって、説明書を紙袋の中から取り出した。


「えっと、…『お買い上げいただいた後、磁石などを用いて北に合わせてからご使用下さい。方位がずれている場合がございます。』……」


さぁっと血の気が引いた。
まさかこれ、ずれてる?

上を見上げて太陽を探し、見つける。木の葉に隠れてはいるが、光源はそこにあるのだろう。昼過ぎだから、真上よりはやや西に傾いている筈。それをよくよく見極めると、自分の少し左後ろが西なようだ。そちらを向いていると、尾が東なのだから、そっちに進みたいのだ。西を向いたその状態でコンパスを見た。本来なら真っ直ぐ右を針が指さなければならないのだが。


「……ずれてる」


がっくりとうなだれた。
もしかするとずれた状態で猫の区に入ってしまっているかもしれない。そうであれば危険だ、今向いている方向に真っ直ぐ行けば、西だから犬の区に戻れる筈、行こう。

そう思って一歩踏み出した時、後ろから土を踏む音が聞こえた。まさか、と思って耳を後ろへピクリと動かす。足も体も動かない。冷や汗が背中を流れ、体が冷えた。


「イヌ…犬族が居る」


獣の声。

グルルルと唸る声に交じって、その言葉が聞こえた。油の切れた機械のようにガチガチになった首を、ギチギチと動かす。目が捕らえたのは、黄色と黒の縞。虎だ。
恐怖で失ってしまいそうな意識を、必死で引き止める。今にも飛び掛かってきそうな獣の目に怯えて、呼吸が不規則に荒くなる。背中を向けているのは怖いから、無理に体を前に向けた。


「美味そうな匂いがするな、何を持っている?」
「あ、こ、これはダメ!」


虎が一歩近付き、ひくひくと鼻を動かした。それはなまえが持っている紙袋から漂う、ハムの薫りだ。両腕で抱えるように持って、一歩後退り。サスケのためにここまで持ってきたのだ、渡す訳にはいかない。


「…生意気なやつだ。渡せば何もしないぞ」
「ダメ、これは、…大事な物だから…っ」
「ほぅ…じゃあ襲われても良いんだな?」
「ぅ、…ヤダ、それも…」
「我儘なやつだ」


のそりと、近付いてくる。攻撃的なその目に捉えられて、金縛りにあったかのように動けなくなる。鋭い牙の覗く口を、喉を唸らせながら見せた。


今度こそダメだ。逃げられない。
カカ兄ごめん、怒ったの無理ないね。
恐怖に溢れていた涙が、遂に零れた。



「グァアオ!!」


「! な、」
「え?」


右の方から、大きな黒豹が飛び出してきた。
そしてそれは私にではなく、目の前に居た虎に向かって行った。

呆然とする間に黒豹と虎は格闘を始め、どうしてこんなことになったのか、どうすれば良いのかと狼狽える。双方共に傷だらけになっていくのを、涙目で恐怖を感じながら見る。


「ガゥ、グァウガルル」
「ギャウ、ギャワ、」


少しすれば虎の方が劣勢なのが見て取れるようになり、次に睨み合う時には虎は尾を隠していた。
この黒豹、強い。

凄まじい闘いを間近に見て、膝から力が抜けた。へたりこんで、虎が逃げ帰るのを見る。犬の区は平和だから、こんな風に猛獣の姿の者同士が争うことは滅多にない。

格闘を終えた黒豹は、その場に座って傷を舐め始めた。爪や牙で傷ついた体から、分かりにくいが血が流れている。薄暗いこの森では、黒い体毛が所々闇に溶けてしまっている。


「…だ、大丈夫…?」
「……」


助けて、くれたのだろうか。
闘いに勝利しておいて、横取りした獲物を食らおうとはしない。
黒豹はこちらにつと目をやり、ピクンと耳を動かした。尻尾の先端は不機嫌そうに跳ねている。


「……もしかして、……サスケさん、ですか?」
「……ああ」


さっきまでの恐怖は吹き飛び、動くようになった足で急いで駆け寄った。太い首に手を回して、温かいそこに顔を埋める。紙袋は座っていた場所に放ったままだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい、私が道に迷ったから、」
「……」
「怪我、させちゃった…!」


ぽすん、ぽすんと地面を叩くサスケの尾の音は止まず、なまえは泣きながら謝る。ぎゅうっと首に縋るなまえの腕は微かに震えていて、サスケはそれに目を細めた。


「…また来いなんて言うべきじゃなかったな」


サスケは長い尾をなまえに巻き付けるようにしながらそう言った。膝をついて座った状態のなまえは、サスケに顔を埋めたまま首を横に振る。


「言われなくても、きっと来てた」
「……」


サスケがもぞりと動いたのでなまえは少しだけ体を離す。そのなまえの顔を、サスケはぺろりと舐める。


「! ゎ、ひゃっ、くすぐったい」


涙を舐めとるようにして、目の下あたりを舐める。なまえがくすぐったがって顔を背けるのにも構わずに。なまえの涙が止まっているのを確認すると、今度は頭を擦り付けるようにする。


「わ、サスケさん…?」
「……」


なまえに巻き付けた尻尾はまたぴくぴくと動いている。今度は嬉しそうに。なまえは驚きを隠せない様子で、擦り寄ってくるサスケを不思議そうに見る。一通りし終わるとサスケは立ち上がり、なまえの荷物の方へ向いた。


「…傷の手当てを手伝ってくれ」
「あ、はいっ、分かりましたっ」


少し血が付いてしまった、と思いながらサスケのための荷物等を取りに行く。それを待っていたサスケの元へ行き、サスケが先導するとおりに付いて行った。







家へ帰ると玄関前に少しの荷物を残し、なまえが居なくなっていた。食料だけ腐ってしまわないように大雑把に冷蔵庫に入れ、犬の姿になるとなまえ>のにおいを辿って追った。なまえのにおいは森に続いていて、恐らくサスケとやらの家に向かったことが窺われた。
カカシは慌てて、なるべく早くなまえの元へ行くべく、走った。






ヒトの姿になったサスケの怪我の手当てをするなまえ。サスケは椅子に座り、上着を脱いでなまえに背中を向けている。


「っっ…」
「い、痛いですか?」
「いや、大丈夫だ…」


殺菌のための消毒薬がやはり染みたらしく、耳がピクピクと動く。ガーゼに染み込ませてとんとんと優しく叩くようにしながら塗っていく。その引っ掻き傷を終えると次は、腕の噛み傷。こちらは軽めだ。


「…ごめんなさい」
「……」


罪悪感が再び湧き起こり、思わず口から出た。すると腿のあたりに何かがぺしりと当たった。何かと思って下を見ると、サスケの尻尾がまた不機嫌そうに動いている。それが時折、なまえを叱るようにぺしんと叩くのだ。


「……聞き飽きた」
「え、」
「もう良い。謝るな。飽きたから」
「……」


少し意味が分からずきょとんとしていたが、そうか、もう謝らなくて良いのか。
サスケは謝るのを止めさせたかったのだ。それが分かると尾が独りでに動き出し、嬉しい気持ちを外に表した。


「…サスケさん、ありがとうございます」
「……」
「そうだ、昨日のお礼に美味しい燻製ハムを持ってきたんです! 後で食べて精をつけて下さいね」
「……ああ」


包帯を手に取り、背中の引っ掻き傷を隠していく。一巻きする度に一瞬抱き付く様になるが、サスケは嫌な顔一つせずにされるがまま。なまえもさっき抱き付いたからか平気な顔だ。


すると突然、サスケは耳をピクつかせると出入口のドアの方に顔を向けた。不思議に思いながらも、まだ巻き終わっていないのでなまえは包帯を操り続ける。


「…入って来い」
「え?」


誰に対してかサスケが発した言葉になまえが驚く間に、ドアが遠慮がちに開いた。そこから入ってきたのは、銀の毛色の犬。


「カカ兄!」
「なまえ……良かった、無事か」
「……」


危険な相手ではないと判断すれば、サスケはふいと顔を背けた。
カカシはなまえの元に駆け寄ると、ヒトの姿になり、ぎゅうと抱き締めた。まさか抱き締められると思っていなかったなまえは、驚いて作業が止まってしまう。あとは留めるだけなのだが、カカシが抱き締めるから上手く動けない。するとサスケが振り返ってなまえの手から包帯を取り、自分で作業の続きをした。


「あ、ごめんなさいっ」
「…良い」
「無事で良かったぁあ! ホントに心配したんだからなあ!」
「カ、カカ兄…」


痛いくらい抱き締められて、少し苦しい。喧嘩して飛び出してきたのに、こんなに心配させてしまったのか。反省して、耳と尾を垂らして呟くように謝った。


「…ごめんなさい」
「ホントだよ! もう、なまえにもし何かあったら父さんたちになんて言えば良いの」
「……うん」


なまえはカカシの背中に腕を回して、抱き締め返した。その二人の様子にサスケは小さく溜息を吐き、椅子から立ち上がった。そのまま奥の部屋へ行き、戸を閉めた。


「あれ、……サスケって人は?」
「……居ないね」
「何もされてない?」
「大丈夫だよぉ。……また助けてもらっちゃった」
「…そう」


カカシはなまえを放し、頭を撫でた。なまえは嬉しそうに笑いながら尾を振る。カカシはサスケが入っていったであろう戸を見詰めて、何か考えるようにしていた。


「カカ兄?」
「ん、じゃあ帰ろうか」
「うん……。またお礼しに来ても良い?」
「……」


なまえの言葉に眉間に皺を寄せ、再び考える。またこんな危険な場所に行かせるのは気が引ける。でも途中で見た戦闘痕と言いあの怪我と言い、体を張ってなまえを助けてくれたのは確かなようだ。でもまだ完全に信用しきった訳ではない。少し悩む。


「…うーん、オレと一緒に行くならネ」
「ホントに!? カカ兄ありがとう!」


満面の笑みで、カカシに抱き付く。やれやれと溜息を吐き、つくづく甘いなと自分に呆れる。
もう一度なまえの頭を撫で、帰るよと言った。


「サスケさん、またお礼しに来ますね!」


ドアを出る直前に言う。奥の部屋から返事は無かったけど、きっと聞こえていただろう。

しっかりと扉を閉め、カカシの後に付いて行く。
今度は迷わないようにカカシに地図を見てもらって帰った。



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