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迷った先に


「あ、あれ…? また同じとこだ、…ここ、どこ…?」


―迷った先に―


いつものように森の散歩をしていたら、いつの間にか迷ってしまっていた。薄い藍色の毛色の、中くらいの大きさの犬。木々からは怪しい鳥の鳴き声が聞こえ、日の差し込まないその場所にへたり込んでしまった。


「うぅ…怖い…痛いよぅ…」


耳は垂れ下がり、尾は下へ潜り込み、恐怖を体現している。左後ろ足を怪我していて、歩き疲れてしまった。その傷をペロペロと舐め、血を拭う。丸まって、恐怖で少し冷えた体を温める。ザワザワと鳴く森が、あまり歓迎されていない事を教えているようだ。


「…猫の区まで来ちゃったのかなぁ…」


怖くて怖くて、小さく纏まっていると、どこからか鳥の断末魔が聞こえた。それに驚いて頭を上げ、耳をぴくぴくと動かして音を探る。すると肉を噛み千切るような音が聞こえたので、聞くのを止めた。


怖い、怖い、一体何が、居るの?


小さくなってふるふる震えていると、のしのしという足音が近付いてくるように感じた。真っ直ぐ、迷うことなく、こちらへ。何でこっちに、と思って気付く、そうだ怪我をしているから血のにおいを嗅ぎ付けられたんだ。じわじわと滲み出ている血をもう一度舐め取って、それが済むと慌てて立ち上がり、足音とは逆方向に駆け出す。しかし怪我が痛んで、どうしても上手く走れない。そうこうしている間に、追って来る足音がかなり近付いてきた。焦ってしまい、足がもつれる。転んで起き上がると、木の陰から足音の正体が見えた。


「ぁ、ぅわ、…大き…!」
「……」


高さは長身の人と同じくらい、立ち上がれば二階建ての家の屋根くらいは優に超える。おそらく猫族の者だ。上から見下ろされ、足が竦んで動けない。真っ黒な体毛に、額と肩からは紅い炎が燃え上がっている。(他のものに燃え移ったりはしない不思議な炎だ) 口からは大きな牙が覗いている。太く逞しいあの尾ではたかれれば、きっとそれだけで吹き飛ばされてしまう。鋭い紅い眼に睨まれると、腰が抜けた。

ダメだ、一口で食べられて死ぬ。

ガタガタと震えながら、耳と尾を下げて闘う意思が無い事を示す。


「…何だ、お前は。どうして犬族がここに居る」


恐ろしく低い声に、ビクリと怯えて更に小さくなる。でも問いに答えなければ殺されてしまうかもしれないと本能的に思い、途切れ途切れながらも必死に喋る。


「ぅあ、の、…散歩、してたら、迷って、いつの間にか…」
「スパイなんかではないのか」
「ち、違いマすっ」
「……」


怖くて声が裏返った。するとずいっと鼻面を近付けてきて、足の傷のにおいを嗅いだ。食べられるのか、と怯えて、ずりずりと足を遠退ける。


「…これはお前の血か」
「ぅ、はい、そうです…。迷って、歩き回ってる、ときに、飛び出てた木の枝、で…」
「…ふん…」


そう答えると、その傷をペロリと舐められた。味見をされているのか、いよいよ死期が来たのだと軽い貧血を起こす。次の瞬間大きな口をがっぱりと開けて、胴に噛み付かれた。ああ、食べられる。


「…!?」


しかし肉にその大きな牙が突き刺さることはなく、咥えたまま持ち上げられた。訳も分からず、でも暴れると本気で食べられてしまいそうなので、大人しく咥えて運ばれていく。そうか、持って帰って遊び倒した後、弱った所を食べるつもりなんだ。猫族はそういうことをすることがあると聞いたことがある。
それにしてもこんなに大きい猫が居るなんて知らなかった。本で読んだりテレビで見た限りでは、もっと、自分より小さい者ばかりだったと思うのに。昔実際に見た実物だってそうだった。

のしのしと巨大な猫族の誰かに運ばれていきながら、殺されるんだろうな、と半ば諦め始めていた。








森の中を移動すること数分、あまり大きくはない、質素な家が見えた。入り口のドアの横に私を一度降ろすと、猫族の誰かは伸びをするようにして体に力を入れた。するとその姿は著しく変化し、青年の形に変わった。地面についていた両手を離し、立ち上がる。頭からは豹のような少し小さい黒耳が生え、尻からは豹の凛々しい黒尻尾が長く垂れている。適当な黒いシャツと淡い色の長ズボンを穿いていて、髪も真っ黒、瞳も真っ黒だ。


「立てるか」
「ぇ、あ、はい…」


ドアをガチャリと開けると、開けっ放しにして中に入っていった。

何も、しないんだろうか。それならそれで良いんだけど、どうしてだろう。
一度抜けてしまった腰をなんとか持ち上げて、恐る恐るドアの中に入った。


家の中は殺風景で、必要な物が最低限あるだけ。そこに先程の青年が背中を向けて立っていて、木箱の中を探っている。どうやらその箱は、救急箱のようだ。


「ぁ、あの…?」
「その辺に寝てろ」
「え、」


消毒液と包帯を持って、青年がこちらへ来た。それに慌ててその場に座り、伏せた。


「沁みるが我慢しろ」
「あの、何でこんなこと……っっ…」
「……犬には少しばかり恩がある」


本当に物凄く沁みて、キューと小さく悲鳴を零す。少し涙目になって、耳を垂れながらそれを耐える。


「もし本当にスパイだったとしても、俺には関係ないからな」
「ぇ、それってどういう…」
「この国のことなんか、知ったことじゃない」


ぐるぐると包帯を巻いて、最後にテープで留める。器用なんだな、と思いながらその作業を見ていた。残った包帯と消毒液を持って立ち上がり、再び木箱に入れて、棚の上にそれを載せた。


「…ありがとう」
「……フン」


青年は尾をゆらりと揺らして、無表情に鼻から息を吐き出した。丁寧に手当てされた包帯の辺りを少し嗅ぐと、立ち上がる。少し体に力を入れて、姿を変える。変え終わると立ち上がって軽く首を振り、鎖骨の辺りまで伸びた薄い藍色の髪をぱらりと広げた。同じ色の犬耳と、先端だけが白くてふわふわしている尾も生えている。少し驚いたようにこちらを見る青年に、小さく会釈する。


「私、なまえって言います。助けてくれて本当にありがとうございます」
「……」
「あの、良かったら名前を……教えて、くれませんか?」


その頼みごとに、青年はやや考えた後口を開いた。


「…サスケだ」
「サスケさん、ですね。この恩は忘れません」


義理堅い犬族の風習では、受けた恩は返すのが当たり前だ。きっといつか近い内に絶対に、この施しの礼は果たす。そう心に決めたとき、青年……サスケさんが声を発した。


「…また来い」
「は、はい! お礼しに来ますっ!」


するとまたサスケさんは体に力を入れて姿を変え始めた。こんな家の中であの姿に変身なんてしたら、と危惧していると、今度は体が小さくなったようだ。見ると、普通サイズの真っ黒な猫になっていた。


「少し待ってろ」
「え、あ、はい」

サスケさんはそう言うと、奥の壁の方へ歩いていく。何があるのだろうかと訝しげに見ていると、サスケさんが体で押した壁の一部が奥に押されて開いた。隠し部屋、もとい、倉庫だ。猫くらいの大きさでないと通れそうにない。言われたとおり少し待っていると、口に何か咥えてサスケさんが戻って来た。


「地図とコンパスだ。迷って猫の生活区に行かれちゃ困るからな」
「わ、あ、ありがとうございます…! わざわざこんな…」


地図とコンパスを受け取り、ひたすらに感謝。広げてみれば、この辺り一帯はずっと森で、印のあるこの家は犬の区と猫の区の丁度真ん中辺りだった。さっき逃げていた時走っていた方角は、真っ直ぐ猫の区の真ん中に向かっていた。あと少しで、あの荒んだ猫の区に突っ込んでしまう所だったのだ。


「で、ではこれで、失礼します」
「…ああ」


無愛想にそれだけ言って、椅子の上で丸くなった。そのサスケさんに向かってもう一度会釈すると、開けっ放しだったドアを抜けて外へ出た。


はっと気付くと自分の尾が左右に振れている。懐いてしまっていた。ずっと仏頂面のままだけど、とってもいい人だったなあ。


地図とコンパスを見比べながら、自分の生活区へ真っ直ぐ歩く。
また会うのが楽しみだ。どんなお礼をしよう。色々考えながら、尾を振って帰った。



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