[←] [→] 大事な宝石笹川も沢田も上手く守っていると言うのに、どうして僕は君を守ってやれなかったんだろうか。 並盛に居させるのは危険だと考えて田舎へ引っ越させたり、数ヵ月も一度も連絡も会いもしなかったり、極力赤の他人を演じさせていたのに。風紀の人間に見張らせたり監視カメラを付けたり、注意もしていたのに。 もっと側に置いて自ら守れば良かったのだろうか身内だとばれて確実に狙われると分かった上で守れば良かったのだろうか風紀ではなくボンゴレの人間に見張らせれば良かったのだろうか僕が、守って、いれば、 「…」 『あの、…ヒバリさん』 「用事があるなら早くしてよ。僕は忙しいんだ」 『はっ、はいっ! すみません!』 電話の向こうから気弱な声がする。彼女の声は、どれくらい前から聞けていなかったんだっけ。姿は、今目の前にある。冷たい手。触れても、触れても、僕の体温を奪うだけで、温かくもならないし、動きもしない。ああ、嗚呼、僕は、取り返しのつかない、ミスを、していた。 「…」 『だから、えっと』 「何を咬み殺せって言ったっけ」 『え? そんなこと言ってませんよ。ただ、しばらく休んだ方が良いって…』 「ああ…そう。でも休める状況じゃなくてね」 彼女の姿をせめて網膜に脳裏に焼き付けていつでもどこでも何をしていても思い出せるようにするのに忙しいんだ。もうすぐ彼女は、姿すら無くなってしまうから。 どんなに寂しい思いをさせていただろう。どんなに辛い思いをさせていただろう。それなのに結果、彼女は冷たくなって。どんなに怒りを感じただろう。僕の、腑甲斐なさに。 僕は怖かった。壊すのは得意でも守るのは不得意だったから、自分の手で守るのを躊躇った。いざ守る時が来て、彼女を守れなかったらと思うと怖かった。だから遠ざけて、しまった、のだ。近くに置いていれば、あるいは、守れたかもしれなかったのに。 「恭さん、」 「哲か」 「…準備が、整いました」 「そう。すぐ行く」 『ヒバリさん?』 「悪いけど僕は忙しいから、切るよ」 『ちょっ、ヒバ』 携帯電話を畳んで上着のポケットへ入れる。複雑な面持ちでこちらを見る哲の横を通って部屋を出る。彼女の姿は、ちゃんとすぐに思い出せる。これで、 「……今度は、ずっと傍に居るから」 彼女は、大きな宝石になった。 原理は簡単だ。人にも炭素が含まれているから、それを人工的に高圧縮し、強制的に結合させて、ダイヤモンドにしたのだ。 「…綺麗だよ、なまえ」 未だ歪な形のそれを、そっと撫で、囁く。削り出し、整形してさらに美しくする。指輪に付ければ、それこそ四六時中彼女と共に在れる。瞼を閉じれば、眠る彼女の姿。 「ヒバリ! いくらCランクやDランクっつってもリングをガンガン消費すんじゃねえ!」 「僕の戦い方を君にどうこう言われる筋合いは無い」 「なっ! テんメー…表ぇ出ろ!」 「まーまー獄寺、そうカッカすんなって」 守護者は集合、と沢田に呼ばれたから、仕方なく集まりに参加した。スイスに匣の事らしき情報があるようだったから行くつもりだったのに、交通手段をことごとく押えられていた。この貸しはいつか返してもらう。もちろん倍にして。 「つーかヒバリ、なんで左手にまで指輪してんだ? 左手じゃやりにくいんじゃね?」 「そもそも今は戦闘中でもなんでもないだろーが」 「…それこそ君たちには関係ないね」 「けっ! でけーダイヤなんか付けて女みてーだな」 「…」 「あ? なんだ、やんのかコラ」 「やらないよ、くだらない」 「ぁあん!? んっだとコラァ!」 「お、落ち着けって獄寺、もうすぐツナも来るしな」 山本に押えられて暴れる獄寺の、耳障りな声を聞かないために部屋を出る。止める声もしたけど、僕を苛立たせたのはそっちだろう。 静かな廊下で待っていると、赤ん坊にどやされながら急いで向かってくる情けない姿が見えた。沢田か、呼び付けておいてよくもあんな群れの中で待たせてくれたものだ。 「ちゃおっス、ヒバリ」 「ヒィッ、ヒバリさん!」 「何してんの。君の犬が吠えかかってウザいんだけど」 「(ごっ、獄寺くんまた喧嘩売ってたの!?)すっ、すみません! リボーンの奴に無茶なことさせられて、遅れてしまって…」 「バカ言ってんじゃねーぞ。お前の頭がワリーから、あの程度の仕事がいつまでも終わらねーんだ」 「うわっ、銃向けるなよ!」 赤ん坊はすぐに銃を下ろした。何もされずに済んでほっと胸を撫で下ろす沢田を置いて、赤ん坊は部屋へ入って行った。群れの居る部屋に行くのは不本意だけど、仕方なく後へ続こうとすると、沢田に呼び止められる。 「なに」 「あの、…その指輪って、なまえさんから作ったダイヤ…ですよね」 「…」 左手の薬指にはめた指輪を見て、言った。何故沢田が知っているのか、と思ったが、すぐに跳ね馬が浮かび、その部下が浮かび、部下と親しくする哲が浮かんだ。…あとで咬み殺す。 「悪いけど、その話は」 「あの!」 「、」 踵を返そうとしたが、大声で言われて思わず足を止める。 「…辛くないですか、そんな…肌身離さずにいたら、逆に…」 俯いて、言い辛そうに言葉を切りながら。自分のことのように胸を痛めて、バカじゃないか、この男は。いくら大空の特性が調和だからといって、そんなことまで調和するな。 「傍に置かずに後悔したんだ、だからずっと傍に置く」 「…ヒバリさん…」 「それにね、『彼女』、雲の炎をよく灯すんだよ」 「えっ!?」 「ランクで言えば、BかB+くらいかな」 まさか人から精製したダイヤがリングとして使えるなんて、これは大発見だよ。どうやって属性が決まるのか、何が高ランクの条件なのか、調べることは沢山ある。 「ヒバリさん、彼女をリングの材料に…?」 「まさか。偶然だよ。それに『彼女』を戦闘に使う気も無い」 「そ、そっか、そうですよね…」 安堵したように息を吐いて、寄せていた眉間を緩める。まだそこまで堕ちてないよ。 「…『彼女』はね、僕の助けになろうとしてるんだよ」 「え…」 「…死なせてしまったのは、僕のせいなのにね」 「…」 左手をそっと持ち上げて、透明に輝く宝石にぽっと、紫の炎を灯す。優しく揺らめく炎は、まるで僕を許すように、優しく、優しく微笑む。独りぼっちで、連絡も無く、待つばかりで、いつ襲われるかも分からない。そんな状況にしたのは僕で、結局、守れなくて。それなのに。 「…だから僕は『彼女』が愛おしくてね……割るような真似はできないよ。到底ね」 炎を灯す宝石を、そっと唇に触れさせる。瞼を閉じれば、いつだったかの、微笑む彼女の姿。 「…! んなっ」 「なに」 「い、いいいや、なんでもないです…」 「…なんか不愉快だな。咬み殺そうか」 「ヒッ、や、やめてください!」 するとドアが開いて、中から何かが飛んできた。飛んできた何かは沢田の頭に当たり、床にカラカラと転がる。銃だ。 「いっ…てー……な、なに?」 「いつまでくっちゃべってんだ。さっさとしろ、ダメツナめ」 「リ、リボーン!」 赤ん坊が投げたらしい。睨まれて、沢田が慌てて部屋に入る。それを見て銃を拾いながら、赤ん坊がこちらを見上げた。 「ったく、いつまで経ってもお子ちゃまだなツナの奴。キスぐらいで真っ赤になりやがって」 「やあ赤ん坊。聞いてたのかい?」 「ああ、つーか見てたぞ」 「そう。君も大概趣味が悪いよね、覗き見なんて」 「気付いてたくせに何言ってんだ」 フッとニヒルな笑みを浮かべて赤ん坊は踵を返す。別に見られて困るようなことはしていないけど、わざわざ隠れて見られると気分は良くない。 二人増えてさらに群れている部屋に入るのは憚られたが、ため息を落として仕方なく足を進めた。ミルフィオーレの攻撃が本格化するのは、これからだ。 遠征先のスイス。先に行かせた哲に風紀財団の支部を作らせておいたから不自由は無い。その寝室に、なまえも連れて来ている。 「…よく眠れたかい?」 安らかに眠る女性の像。なまえの遺灰から作ったダイヤモンドの欠片を散りばめている。腕のある職人に削らせた、芸術そのもの。モチーフはもちろんなまえだ。 指の背でするりと頬を撫でる。無表情で眠っているはずなのに、どこか嬉しそうに微笑んで見える。 ねえなまえ、君は君を死に追いやった僕を許すって言うの? それとも、僕の勝手な妄想で、そんな風に見えるだけなのかな。 死なせてしまった罪悪感を解消するための、幻覚。 どちらにしても、ああ、君への気持ちは高まる一方だ。 「…僕のせいでもう居ないって言うのに、どうすれば良いのかな」 過去に戻ってやり直したい。 これほど強く思ったことは無いよ。 今更違う女を愛することなんてできやしない。そもそも僕が誰かを好いていること自体が奇跡に近いんだ。次なんて、有り得ない。 「……僕にはまだやらなきゃいけないことがある。だから、…もう少し待っててよ」 ミルフィオーレを、…白蘭を咬み殺す。 僕の大事なモノを奪ったこと、後悔させてあげる。 そして全てが終わったら、 君の元へ行くよ (20100713) 設定詰め込みすぎてぐだぐだ。リベンジしたい。 [←] [→] 戻る [感想はこちら] |