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ボツ版赤ずきん


※8000字くらいで急に終わります!


 あるところに、赤ずきんと呼ばれる少女が住んでいました。


「今日もたくさんリンゴが採れるといいな」

 森の近くに住んでいたので、よく木の実を集めてはお菓子を作って町で売り歩いている。リンゴのパイは町の人にも人気があるので、それなりに家計の支えになっていた。

「なまえ、ちょっと待って」
「どうしたの、お母さん」

 出掛けようと準備をしていたところを母親に呼び止められる。話を聞くと、森を抜けた向こうに住んでいるおばあちゃんが病気で寝込んでいるらしいので、お見舞いに行ってほしいとのこと。

「果物を集めながら帰れば一石二鳥だね」
「あ、それと昨日、猟師さんが“うそつき狼が出るから注意して”と言ってたわ」
「うそつき狼? わざわざ“うそつき”なんて付けなくても、狼は嘘つきなものじゃない」

 何も知らなかった幼い頃に、銃に撃たれた子狼を助けてやったこともあるけれど、今はそれが良くないことだと知っている。私が助けた狼は元気になった後に、自分を撃った猟師に復讐をしたのだ。どんなに、痛い、助けて、と懇願されても、狼を信じてはいけないのだ。

「とにかく、気を付けてね」
「分かってる。じゃあ、行ってきます」

 お見舞いのパンとジュースを入れたカゴを提げ、お気に入りの赤いずきんを身に付けて、元気に家を出た。


 森に入るのは帰りにするので、森をぐるりと回り込む街道を歩く。森の中を直進するよりもこちらのほうが安全で歩きやすくて、結果的に早くなるのだ。
 しばらく進んでいくと、森の木陰から一匹の狼が姿を現した。噂の“うそつき狼”だ、とすぐに思い至って、無視をするように歩き続ける。

「お前、どこへ向かってる?」
「アナタなんかには教えないわ」

 ツンと顔を背けて、そっけなく答えながら通りすぎる。すると狼は私の後を追うように歩きながら、続けて言った。

「この森の向こうのばあさんの家に行くのなら、やめておけ」
「嫌よ、どうして狼なんかの言うことを聞かなきゃならないの」
「今あの家に居るのは、お前のばあさんじゃない。悪い魔女がなりすましているんだ」
「! なんですって!?」

 狼の言葉に、思わず振り向いてしまう。背の大きなスラリとした狼は、真剣な眼差しでこちらを見ている。
 いや、しかし彼は狼だ。これも全て嘘に決まっている。

「……ふんだ、騙されないんだから」
「な、俺は嘘なんて言っちゃいない!」
「知ってるのよ、うそつき狼が出るって噂になってるんだから」

 私が再び歩き出せば、狼は慌てた様子で前に回り込んだ。嘘を言い当てられて焦ったのだろう。

「俺がそんな嘘をついてどうなるっていうんだ」
「私を家に帰らせて、その間におばあちゃんを食べるつもりなんでしょ」
「そんなこと、わざわざ今するわけないだろう。やるのならとっくの昔に襲ってる」
「あ……確かに。う、ううん、信じないったら!」

 通らせまいと行く道を塞ぐ狼を睨み上げる。

「いいからどいて! おばあちゃんの家に行くんだから!」
「ダメだ、帰るんだ。それから二度とあの家に行くな」
「……んもう!」

 狼は本当に通す気が無いようで、ちっとも退いてくれる様子がなくて埒が明かない。
 しばらく睨みあった後、そうだと思い付く。あちらがうそつき狼なら、こちらも嘘で相手を騙してやればいいのだ。

「……分かった。じゃあ、果物を採って帰るわね」

 言いながら狼に背を向けて、森へ足を向ける。狼から見えなくなったところで、おばあちゃんの家に向かえばいい。
 が、しかし。

「……付いてこないでよ」
「そうはいかん」

 どんなに進んでも、後ろから狼の足音が付いてくる。どうやら私が帰るのを見届けるまで、見張るつもりのようだ。
 大きな実を成らせてしな垂れた枝へ手を伸ばして、リンゴをもぎ取る。狼も同じようにして木の実を取り、大きな口でそれを一かじりした。

「アナタの言っていることが本当だとして、どうして私を助けようとするの」
「……覚えていないか、昔お前に助けられたんだ」
「! あの時の……!」

 リンゴを握った手が、わなわなと震える。助けた恩を報いる前に、仇で返したあの狼。私が狼を大嫌いになったあの時の狼。

「…………そう、なの」
「ああ、だからお前を危険にさらすわけには、」
「だったらなおさら信じない! アンタみたいな裏切り者なんか!」
「!」

 この狼を撃った猟師は私のお父さん。この狼に復讐されたのは、私のお父さんだ。
 狼の爪と牙で無惨に殺され、食べもせずに捨てられていた。そんな残酷なことをする狼のことをどうして信じられるというのか。

「あの時のことは……」
「喋らないで! アンタの声なんか聞きたくない!」
「、…………」

 赤いずきんを深く被って、狼の発する音が耳に入らないようにする。持っていたリンゴをカゴに入れ、さっと身を翻しておばあちゃんの家の方向へ歩き始める。一足遅れて、狼の足音も後ろを付いてくる。

「付いてこないで!」
「…………」
「来ないでったら!」
「…………」

 できるだけ早足で、森の中を真っ直ぐ歩く。何度言っても黙って後を追ってくる狼が、憎らしくて、同時に不気味で、振り切りたいけれど、体格の大きな狼は簡単に付いてきてしまった。

 やがて木々の間から、おばあちゃんの家が見えてきた。はっとして狼が前へ出ようとするのを、させないように走り出す。狼が何か企んでいるのなら、急いでおばあちゃんの元へ行かなくちゃ。
 そうしておばあちゃんの家にたどり着き、走る勢いのまま扉を開く。少し開いたその隙間からさっと中へ入り、急いで鍵を閉めた。外から扉を叩かれるのを、息を整えながら背にする。

「おやおや、なんだい騒々しい」
「ごめんなさい、狼に追われて……!」
「なんとまあ、危ないところだったねぇ」

 椅子に掛けて暖炉の火に当たるおばあちゃんは、いつもと変わらない優しい微笑みを浮かべている。
 やっぱり魔女に乗っ取られたなんて狼の嘘だ。今も喧しく扉を引っ掻く狼へ、大きく息を吸い込んで叫ぶ。

「もう帰って! アンタなんか信じない!!」
「ダメだ赤ずきん、そいつは……!」
「黙れうそつき狼! すぐに猟師さんを呼ぶから!」
「っ、」

 そうすれば爪の音は止み、狼はすごすごと帰ったようだ。
 ふう、とため息を吐いて、ずきんを脱ぎながらおばあちゃんへ振り向く。それからもう一度、うるさくしたことを謝りながら、傍へ近寄る。

「ごめんなさいおばあちゃん。体の調子が悪いのに」
「狼が出たなら仕方ないわ。孫が無事ならそれが一番」
「ありがとう」

 暖炉の火にお鍋を掛けて、何かのスープを煮込んでいるおばあちゃん。体が弱ったときによく作るコーンスープかな、と思ってそっと覗いてみるけど、それは赤い色のスープだった。だけれどトマトスープにしては、あまりいいにおいがしない。

「何を作ってるの?」

 お見舞いのパンとジュースとついでにリンゴが入ったカゴを机に置いて、もう少しよくにおいを嗅いでみる。食べ物というよりは薬のような、少しツンとするにおいだ。

「それよりも、さっき狼に何か言っていたね」
「え?」
「信じない、とかなんとか……。何を吹き込まれたんだい?」

 そうだ、おばあちゃんにも関係のあることだもの。伝えておかなくちゃ。そして一層用心して、猟師さんにも来てもらわないと。
 そう思い、お鍋のことは置いて、狼に言われたことを話す。

「あの狼が、“おばあちゃんは悪い魔女だ”って、何度もしつこくて」
「ほぉ……」
「私を騙して帰らせて、おばあちゃんを襲うつもりだったのよ、きっと」
「そうかい……」

 玄関のほうを振り向いて、裏切り狼を睨み付けるように扉を見る。流石に家に逃げ込んだのだからどうにもできないだろう。ざまあ見ろ、などと内心で悪態吐く。
 すると後ろから、ククク……と怪しい笑い声が聞こえてきた。

「え、」

 おばあちゃんがそんな笑いかたをするなんて、と驚いて振り向けば、口が裂けんばかりにニンマリと不気味に笑う老婆の姿。そしてその口元を隠すように手をかざしたと思えば、顔の皮膚を掴み、ベリベリとそれを剥がしていく。

「……! ……お、……ばあちゃん…………」
「クククク…………お前のおばあちゃんは、私が美味しく頂いたわ……!」

 悪魔のような、掠れた気味の悪い声でそう言い、魔女は正体を現した。
 あまりのことに呆然と立ち尽くしていると、どこからか現れた大蛇が腕を這い登り、首へと巻き付いてきた。

「ヒッ……!」
「不老不死の薬に使う血は、若ければ若いほうがいいのよ」

 狼は、本当のことを言っていたのだ。
 ああ、なんてことだろう。目の前の恐ろしい出来事と、狼を信じなかった後悔とで、血の気が引いてカタカタと震え始める。

 すると突然、ガラスの割れるけたたましい音が響いた。
 そうかと思うと大きな黒い影が飛び掛かり、魔女の喉元に食らいついた。

「グアァァァ!!」
「!」

 窓から飛び込んできた狼が、魔女に襲いかかったのだ。
 魔女の魔力によって操られていた蛇は私の喉から落ち、自由になる。だけどまだ状況に追い付けなくておどおどしていると、狼がこちらへ来て必死な様子で訴える。

「これで分かったろう、俺を信じて逃げてくれ」

 震えの止まらない手と、少しだけ安心して溢れた涙。狼の真摯な眼差しと、過去の狼との差異に戸惑う。この狼は私のお父さんを殺した狼なのに。

「早く、扉を開けて逃げろ! 魔女はあの程度では死なない!」
「!」

 言われて、狼に喉を食い破られたはずの魔女を見る。おびただしい量の血が出ているのに、ずりずりと床を這って、少しずつこちらへ近寄ってきていた。

「ヒィ……ッ!」

 慌てて扉へ向かい、震える手で鍵を開け、押し開けて外へ飛び出た。

 走るには恐怖で息が詰まってしまっていて、小走りで森の外周を進む。狼も私の後に付いてきながら、口の中の魔女の血を飲み込んでしまわないようにぺっぺと吐き出している。

「魔女の血は毒だ。少し口に入っただけだが、気分が悪い……」

 言うとおり、具合が悪そうに顔をしかめている。
 私が初めからこの狼の言うことを聞いていれば、こんな目に遭わずに済んだのに。いいや、だけど、この狼の言うことなんて、聞けるわけがなかったのだ。この狼は、私のお父さんを……

「……ねえ、どうしてお父さんを殺したの」

 そんな場合でないことは承知している。魔女に殺されかけ、まだ逃げている途中で、安全になったとは言いきれない。
 だけどどうしても、今聞いておかなければならなかった。父を殺して私を助ける。善いと悪いが混濁していて気持ち悪い。私が彼を信じるためには、絶対に必要な過程だった。

「…………あの時猟師に復讐を果たしたのは、俺の父だ」
「……!」
「俺はまだ傷の治りを待っている最中で、父を止められなかった……すまない」

 彼の父は群れのリーダーでもあったらしい。仲間だけでなく、とうとう自分の子にまで危害が及び、我慢ならずにああまで残酷な殺しをした。
 生業として害獣を狩っていた父と、誤って撃たれた子狼を助けた私と、子や仲間を撃たれた報復をした父狼。今の私には誰が悪かったなんて考える余裕は無いけれど、少なくとも彼の話はちゃんと聞くべきだった。

「…………あの、」

 謝ろう、と思って声を掛けた時、ターンッ! と銃声が響いた。音がした後ろを狼と共に振り向くと、こちらへ向かって銃を構える猟師の姿。
 私が狼に襲われているように見えたのだ。足を止めて咄嗟に弁明を図る。

「ダメッ! 違うんです、この狼は、」

 再びの銃声。銃弾は、私の耳を掠めた。

「え、……」
「赤ずきん!」

 狼に庇われるようにして、森へ飛び込む。
 猟師の銃口は、狼ではなく、明らかに私へ向いていた。状況を飲み込めない。

「な、なんで……」
「とにかく逃げろ! 魔女の手先かもしれん!」
「!」

 猟師を睨みながら、魔女の臭い血のせいで鼻の利きが悪い、とごちる狼。
 森を逃げ走りながら、気持ちばかりの急所隠しに赤ずきんをぎゅっと被る。けれど視界が狭まってしまうだけで、不安が余計に高まった。


 しばらく走って、猟師の銃声がしなくなったのを見計らい、身を潜める。走り通しで息が切れてしまって、休憩しないとこれ以上逃げられそうになかった。
 この森はこんなに広かっただろうか。そう思えるほどにたくさん走った。私がこんなにもゼエゼエと呼吸を乱しているのに、後から追ってくる猟師は少しも疲れていないようだった。普通じゃないその様子からしても、猟師は魔女に操られているという狼の予想は的中しているようだ。

「ゲホッ、ゲホッ」
「! 大丈夫?」
「……ああ、少し咳き込んだだけだ」

 走った以上に息苦しそうに、狼は渋い顔をしている。魔女の毒血のせいだろうか。
 狼の口周りの毛に付いたままの毒血を、服の袖で拭う。だけど乾きかけていてあまり取れない。なにか水分でも有れば、と思うが近くに川も無い。あるのはミカンの成った木ばかり。

「あ、そうだ。果汁で拭けば……!」
「やめろ、柑橘類は体に合わん」
「でも、リンゴはないし……」
「これで十分だ」
「…………そう……」

 彼には世話を掛けるばかりで、私は何もしてあげられない。
 力になれずにしゅんとしていると、また銃声が聞こえた。驚いて立ち上がろうとすれば、それを狼に止められる。

「待て、慌てるな」
「でも……」
「あんなもの、俺たちを飛び出させるためのはったりだ」

 まだ音が遠すぎる、と狼が言う。確かによくよく聞いてみれば、音は小さく、何度も波打つような響きで届く。

「むしろ好機だ。あちらは俺たちの居場所に気付いていないが、俺には猟師の居場所が分かった」

 狼は大きな耳をそばだてて、幾度目かの銃声を聞く。鼻は利かなくても耳がある、と身を屈めてそろりと動き出す。

「お前はここで待て」

 猟師に気取られないように近付いて、先手を取るつもりなのだ。だけど彼は毒血のせいで万全でない。一人で待つ不安よりは、狼のことが心配だった。

「気を付けて……!」

 祈るように囁けば、返事をするように尾を一振りした。

 狼のことを待つ間、とにかく気を落ち着けようとしていた。まだ震えのおさまらない手を重ねて握り、ぎゅっと胸へ押し付ける。ドクドクとうるさく鼓動する心臓も、流れて止まない汗も、走ったせいだ、落ち着け。
 ざわざわと風が吹いて、草木の揺れる音にビクリと身を縮める。ああ、怖い、嫌だ……
 魔女に取って変わられたということは、おばあちゃんは、
 いいや、ダメだ、今はそんなこと考えちゃダメ。とにかく逃げて、それから母さんや町の人たちにこの事を話して、大人の男の人たちに魔女退治をしてもらわなくちゃ。あんな恐ろしい化け物がこんなに近くに居たなんて、信じられない。

「! キャアッ!」

 考えに没頭していて、足元に蛇が這い寄ってきていたことに気が付かなかった。白い蛇は赤い目でこちらを見て、赤い舌をチロチロと出しながら、音もなく私へ近付いてくる。

「やッ、来ないでっ!」

 魔女が操っていたのも蛇だった。この蛇もそうかもしれない。
 逃げなければ、と木の陰から出た途端、銃声が響く。はっとしてそちらを見れば、狼に噛み付かれて血みどろになった猟師が、それでもこちらに銃を向けていた。

「なっ、なんてことなの……!」

 目を疑った。狼に噛み付かれたまま、腕からも足からも血を流し、手首はぐらぐらして狙いは定まらない様子。口から泡を吹き、もう白目を剥いているのに。それでも猟師の体は動いて、銃に弾を籠め、もう一度こちらへ銃口を向けようとした。
 それを阻止するように、狼が猟師にのし掛かる。自分に襲い掛かっているというのに狼には目もくれず、操り人形のように私を狙おうとし続ける。

「っ、この、!」

 狼が猟師の手から猟銃を咥え取り、ぶんと遠くへ放り投げた。すると猟師はついにダラリと動かなくなった。
 それを見て、すぐに狼へ駆け寄る。舌を垂れさせて息を乱す狼は、猟師の血にまみれて真っ赤になっていた。

「殺すつもりはなかった……。だが、ここまでとは……」
「ううん、分かってる……恐ろしいのは魔女よ!」

 喉を食い破られても死なず、まるでオモチャみたいに猟師を操り、執拗に私を狙う。そら恐ろしいまでの執念と、残酷非道な所業。魔女がここまで恐ろしい存在だとは思わなかった。
 震える手を握りしめ、恐怖をこらえるように唇を噛む。すると狼が気遣わしげに言う。

「……怪我は無いか」
「私は大丈夫。……アナタこそ、毒は?」
「このくらい、なんともない」

 そう気丈に言い放つけれど、狼の息が整う様子は無い。やはり毒血が回ってきているのだ。

「とにかく、森を出ましょう。蛇が出て嫌だわ……」

 ちらりと先程の木陰を振り返る。白蛇の姿は無かった。



 日の傾きを見上げ、木の並びを見、風を肌に受ける。森から出るために、街道の方角へ向かってずっと歩いているはずだ。

「…………」
「……おかしい」
「……うん」

 狼が呟いたのに、頷きを返す。
 同じ方角へ歩き続けているはずなのに、いつの間にか向きが変わっているのだ。この森は場所によって果樹が固まって生えているので、大雑把に現在地が分かるようになっている。家から近い北にはリンゴ、逃げ走った街道側である東にはミカン、西にはナシ、そしておばあちゃんの家に近い南にはモモの樹という具合。
 街道へ出るために、太陽を見ながらミカンの樹の下を東へ歩いていたら、ある瞬間に太陽がぐいっと動いて、自分たちの体が北を向いている。そして目の前にはモモの樹。後ろを振り向いてもミカンの樹。

「……森が歪んでいる」
「これも、魔女の仕業……?」
「おそらくな」

 今は歪みのちょうど境目に立っている。風の向きがめちゃくちゃで、太陽がぶれて二つに見える。気味が悪い。

 歩き始めて一時間くらいだろうか。あれから魔女からの接触は無いけれど、どこからか視られているような気持ち悪さを感じる。

「もうイヤ……っ! こんなの、耐えられない!」
「落ち着け、奴はこちらが弱るのを待ってるんだ。気をしっかり持て」
「そんなこと言ったって……!」

 すでに身体も心も疲れきっていた。座って休むことも、視られている恐怖感でできない。だけど無意に歩き回るのも、気持ちが付いてこない。
 狼のほうは、現在の状況を打破するためにも、森の歪みの法則性を探りたいと言う。これほどの妖術ならば、術者である魔女もそう遠くには居ないだろうとも。そんな恐ろしい推測を聞かされて、平気でいられるわけがない。

「お母さん……っ、だれか、助けて……!」
「…………」

 恐怖と疲れに耐えかねて、とうとう涙がこぼれ落ちる。魔女の視線から逃れるように、赤ずきんを目元まで深く被る。

「うっ……ぐすっ……」
「……少し休んでいろ。俺が周りを見ておく」

 狼の足音が少しだけ遠ざかるのを聞いて慌てて顔を上げると、私へ背を向けて立ち止まった。
 私が泣いているのを見まいとそうしているのだと、気付いてほわほわと暖かい気持ちが湧いてくる。狼の不器用な優しさ。

「……ありがとう、えっと……」
「…………名前か? サスケだ」
「サスケ……」



(170607)
文章はここで途切れている…………


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