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危惧から確信へ


オレは今、非常に悩んでいる。
妹があんなに猫族にぞっこんラブ(死語)であることが、ヒジョーに心配なのだ。



―危惧から確信へ―



「行って来まーすっ」


ああ、今日も出掛けてしまった。
あのサスケとか言うのがどんな手を使っているのか知らないが、なまえは日に日にぞっこんになっていっている気がする。そんなことがもし周りの人々に知れたら、と思うと恐ろしい。あれからほとんど毎日のようにあの猫の所へ行っている。いつなまえがおかしな目に遭うかと心配で堪らない。猫のくせに犬の娘を手に入れようとは太い奴だ。許せん…。


「……あーダメだ! 気になって仕方ない!」


広げていた本も頭に入らない。バンッと乱暴に本を閉じて、立ち上がり、ググッと体に力を込める。犬ではなく狼になって、なまえのにおいを辿って森の中へ入って行った。






辿りながら気付いたが、木の引っ掻き傷通りに進んでいる。これはもしや、奴がわざわざ付けた印ではないか。そう思って傷を嗅いでみると、確かに猫のアイツのにおいが微かにした。迷わないようにとなまえへの有難い配慮だが、驕りだろう。オレがもし不意打ちに行っても返り討ちにできる絶対的な自信がなければ、なかなかに用心深い猫族がそんなことをする訳がない。そうでなければ純粋になまえへの配慮ということになるが、それは無いだろう。


「……」


腹が立つ奴だ。やはり猫とは相容れない。
イライラしながらまた先へと進んだ。









「ん、あれか…!」


家を見付けると、足音などをなるべく殺して近付いた。明りの漏れる窓に寄り、前足を掛けてこっそりと中を覗いた。


「…うん…? 居ないな…」


中には誰も居なくて、ただ明りが点いているだけだった。奴は出掛けているのか、と思うも、なまえも居ないということは一緒に出掛けたということ。一体どこへ。わざわざ森の中へ行くためだけになまえを連れて行く筈がないし、まさか猫の区には連れて行かないだろう。自分のものにするのなら、そんなことをすればパーになってしまう。


「うぅ……まさかな」


体を張って助けておいて、今更食べてしまったりはしないよな。
うん、ないない。
………。

不安になってきた。奴は猫だ、有り得る話だ…。
取り敢えず、奴はここへ戻ってくる筈だ、待っていよう。
悪い気もするが、勝手に中に入らせてもらった。







一時間か二時間ほどすると、大きなものが歩くような音が聞こえてきた。寝ていた体を跳ね起こして、警戒しながら耳を澄ます。なにやら、こちらへ向かっているような……。


「……まさか、でっかくなってるんじゃないだろうな……」


ドキドキしながらドアを少し開け、ちらっと覗く。暗い森の奥から、紅い炎が三つ、こちらへ向かって来る。ゾッとして、ビクリと肩を震わす。その炎は足音と共に動いているようで、警戒しながらじっと観察した。すると時々、木漏れ日に当たって輪郭が見える。猫族の戦闘形態だ。


「ぅ、…やっぱりでかくなってやがる……。一体どうして……」


のしのしと歩く黒い猫族は、途中でピタリと足を止めた。どうしたのかと見ていると、次いで地の底から響くような唸り声を発し始め、じりじりと脅すようにしながら近付いて来る。
まだこっちからは、ほとんど全く相手が見えない。辛うじて炎が揺らぐのが可視できるくらいで、あちらの姿を捉えることもままならない距離だというのに。ドアの隙間から僅かにはみ出たこちらを、見付けたというのか。


「……、…」


ヒト型だったなら、冷や汗が止まらない所だ。少しずつ近付く炎と、紅い両眼。一言で言うなら、まさに「恐怖」だ。体が勝手に震える。カラカラになった喉に水分を送ろうと、少ない唾液を飲み下した。








「サスケさん、どうしたの……? 怖い……」
「……家に誰か居る」
「えっ、……ど、泥棒かな…」
「……犬っぽい」
「え……」
「多分な」


サスケは唸りながら、背中に乗っているなまえと話す。暗い森を真っ直ぐ見れば、そこに家が在る。そのドアから、長めの鼻が出て、こちらを窺っている。確かに鍵は掛けていないが、俺の家だと知って盗みに入ったのだろうか。だとしたら、相当のバカだ。


「……殺して良いか」
「だっ、ダメ!」
「……」
「犬かも、しれないんでしょ…? だったらダメだよ、仲間だもん……」
「……泥棒でもか」
「…それは……。でも、ダメ、殺すのはダメ!」
「……」

にじり寄りながら、相手を見極めるように目を細める。なまえが背中で「ダメだよっ」と言い続けるのを聞きながら、唸るのは止めない。


「これ以上猫が悪者になるの、嫌だよっ」
「……なまえ…」
「サスケさんは悪い人じゃないもん……」
「……」


にじり寄るのを一時止めて、なまえを見ようと首を回す。肩越しに見て、しょんぼりと落ち込んだような顔をするなまえに、唸るのを止めた。そんな表情をされては、残虐になれないだろう。サスケは眉根を寄せた。
黙って、またのしのしと家に向かって歩く。なまえは急に動いたことに驚き、一瞬バランスが崩れてぐらつく。慌てて立て直し、サスケの背に両手を揃えて載せた。


「サ、サスケさん、」
「安心しろ。殺したり、危害加えたりもしねえよ」


なまえはほっとして、「良かった……」と呟いた。サスケには見えないが、嬉しそうに笑って、それからもふっとサスケに倒れ込んだ。猫の時とも豹の時とも違う、跳ねた体毛がふわふわして気持ち良い。尻尾をぱたぱたと振りながら、歩くサスケに擦り寄った。






何があったのか急に唸るのを止めた戦闘形態の猫族。しかしこちらに向かうのは止めない。ということはやはりアレはサスケとかいう奴なのだ。今はただこの家に向かっているようだ。それにしてもなまえの姿が見えない。アレがそうなら、近くになまえが居る筈なのに。


「まさか、……まさかな。……ぅう、くそ、」


自分も戦闘形態になれたなら、直ぐにでもあの猫の所へ行くのに…っ!
この待ち時間がじれったい。もっと速くこっちへ来ないか。いや、そんなことをされれば我が身が危ないのだが……。しかしなまえの安否も気になる。
のしのしと近付く猫族。カカシからすれば遅過ぎる速度。イライラしながら到着を待つが、なかなか近付かない気がする。


「……うぅ、畜生…っ」


ついに待ち切れずに、ドアの陰から飛び出した。意外と離れていた猫族との間を詰めるが、近付くにつれて止まりたくなる。デカいのだ。想像していたよりもずっと、デカいのだ。
怯みながらも、対峙して、キッと睨み上げる。肉球から汗が滲み出ている。


「、……ぅ、……」
「……何か用か」
「っ!」


恐怖からなかなか喋れずにいると、あちらから問い掛けてきた。その低過ぎるような声にまた怯み、しかし尾と耳を下げないよう尽力する。弱みを見せれば終わりだ。


「……、なまえは、……どこだっ」


精一杯唸りながら、問い掛けた。すると猫族は目を細くして睨むように見ながら、フンと鼻を鳴らした。カカシが「ハズレか」と焦るのとほぼ同時に、猫がその場に座りつつ伏せた。


「うわ、わっ」
「! この声は…」


驚いたような高い声が、猫の背中あたりから聞こえた。その声は確かに、長年聞き慣れたあの声と同じだった。


「あれ、カカ兄?」
「なまえ!」


黒い猫族の背中から、なまえがひょこっと顔を見せた。呑気なその顔に気が抜けて、ほぅっと息を吐いた。それからサスケだと思われる猫族を睨み上げる。


「どうして連れ出した! 何が有るか分からないだろう!」
「……勝手に付いて来たんだよ、こいつが」
「それにしてもだ!」
「カ、カカ兄! サスケさんは悪くないよ! ごめんなさい!」


怒ったように言って、次いで謝る。耳元で叫ばれたサスケは迷惑そうに耳をぴくぴくと動かす。


「おいなまえ……」
「あのね、私が勝手に付いて行ったの! サスケさんは待ってろって言ったけど、」
「……耳が……」
「一人で待ってるのヤだったから付いて行っちゃったの! だからサスケさんは悪くないよ!!」
「……」


ピクピクと耳が跳ねるのも構わずに、説得しようとなまえは大きな声でオレに言った。するとサスケが痺れを切らし、体を斜めに傾けた。背中に乗っていたなまえはそこから転がり落ち、困惑しながら倒れた体を起こした。慌ててオレもなまえの傍に駆け寄る。幸い(多分狙ったのだろうが)落ちたのはサスケの大きな尻尾の上で、怪我は無い。


「び、びっくりした……な、何で…?」
「耳元でキャンキャンうるさい」
「あ、……ごめんなさい」


自分が叱られた理由が分かると、なまえは素直に謝った。非が有ると分かればちゃんと反省するのは、オレの教育の賜物だ。しゅんとして、しょぼんとしている辺り、本当にこの猫に懐いていて、怒られたことを悲しく思っているのだろう。それがオレには悔しくて堪らない。


「なまえ、なんともないか?」
「あ、うん…」


しょんぼりとして、オレが話し掛けても耳と尾は垂れたままだ。


「シッポの上だったから、平気」
「……オレが訊いてるのは、コイツと一緒に居て何も無かったか、ってこと」
「え、うん。それは全然問題無かったよ」
「……そう」


懐いているだけでも堪らなく悔しいのに、その上コイツが何もヘマをしないのがまた腹立たしい。真横に居る巨大な黒を警戒し、尾が独りでにぐるぐると回る。


「……まだ疑ってるの? サスケさんのこと…」
「当たり前でしょ。お前は直ぐに誰にでも警戒を解き過ぎなの」
「……でもサスケさんは……大丈夫だよ」
「分からないだろう! 何か企みが有ると分かってからじゃ遅いかもしれない!」
「……そういうのは本人の目の前でする話じゃないな」


急に聞こえた低音に、一瞬体を強張らせる。心臓に悪い声だ。当然怒っているようで、また唸るように喉から音を出している。肩と額から燃え上がる透き通った紅の炎は、先程より勢いを増している気がする。ギラリと光る緋色の瞳が、こちらを射貫くように睨んでいる。


「生憎お前が考えるような、陰険で卑怯なやり口は嫌いでな……。そう思われるのもかなり嫌いだ」


鋭い牙がずらりと並ぶ歯列を剥き出しにして、脅すようにゆっくりと、低い声を更に低くして言った。目の前にそびえる口は、オレのことなんて噛まなくても飲み込めそうなくらい巨大。一音発する度に吐き出される息がオレの全身を包み、少し細められた目に金縛りにされた。


「ぅ、ぐ、…っ」
「カ、カカ兄が酷いこと言うからっ、サスケさん怒ってるよ…!」
「……猫族を好きになれない気持ちは分からないでもない……。……俺もコイツ以外の犬は好きになんてなれないからなァ…」


グルルルと地響きのような音は更に大きくなり、炎も大きく燃え上がり、口から零れる呼気が熱を増した。本気で怒っているらしい戦闘形態の猫族が、ここまで恐ろしいとは思っていなかった。これ以上気分を害すれば、おそらく食われる。本能的にそう直感して、ついに耳と尾を下げた。
勝てない。こんな奴に勝てる筈がない。これには流石になまえも畏怖して、ふるふると微かに震えながらサスケと目が合わないようにしている。


「……す、…済まなかった……」
「……」
「どうしても、信用、できなくて……っ」


屈辱的に思いながらも、頭を下げて、謝罪した。そうして相手がじっとこちらを観察し、怒りを治めるまで待つ。
しばらくすると徐々に唸るのを止め、こちらに向けていた視線を、首ごとフイと逸らした。ひしひしと感じていた怒りのオーラ(おそらく殺気)が無くなって、ヒドく安堵して、詰まっていた息を吐き出した。


「……全く謝っているようには感じなかったが、…コイツが居る限りアンタに危害を加える訳にはいかないからな」
「……済まない」


今の口振りからして、なまえが居なければメコメコにヘコまされていただろう。きっとなまえには分からないように、人の姿で言うIライン(首から下、足まで)を血が出ない程度に集中的に。今頃隠れた痣だらけになっていたかと思うと、もう一度謝らずにはいられなかった。
チラリとなまえを見ると、ほっとしたように胸を手で押さえていた。悪いことをしたなと声を掛けようとしたら、サスケが立ち上がって尻尾からなまえを降ろした。そしてその大きな体でググッと伸びをして、スルスルと縮んでいく。しかしまだ四つん這いで全身が黒く、オレより少し大きい。そうしてオレが話し掛けるタイミングを失っている間に、黒豹はなまえに言った。


「悪かったな。俺は短気なんだ」
「う、うん……。安心したよ……本当に、食べちゃうかと思った……」
「少なくともお前の前ではしねえよ。狩りもな」
「え、……あ、もしかしてサスケさん、お昼まだ食べてないんですか…?」
「ああ、お前の所為でな」
「ぅ、ごめんなさい…」


なんだか話し掛ける隙が全くない。ぽつんと取り残された心地がして、寂しかった。
そして分かった。もうなまえはとっくにコイツ――サスケのものなのだと。
本当にサスケが以前に言った通り、結局は本人の意思だ。なまえがコイツの傍に居たいと思う限り、なまえはコイツのもの。

なんだか力が抜けた。オレがどんなにダメだと言っても、なまえはサスケを好きだと言うのだ。ではもう、何をしたって無駄じゃないか。もう、手放すしかないじゃないか。

楽しそうに話す二人を少し見た後、諦めて、オレは二人に尻尾(せなか)を向けた。オレは、なまえが大人になるのを望みながら、実はずっと子どものままでいて欲しかったのかもしれない。いつまでも兄離れのできない子だと思っていたけど、オレが妹離れできていなかったんだ。こんな森の中まで追ってきて、長い時間待って。過保護だ。
自嘲気味な笑いを零しながら、ふらふらと歩く。もう帰ろう。もうオレが居る意味はなさそうだ。
まさか本当に猫なんかに妹を取られるとは思っていなかったから、ショックだ。

帰ったら誰か誘って、酒でも飲みに行くか……。

寂しく溜息を吐きながら、自分のにおいを辿って家に帰った。
後方ではまだ二人が楽しそうに会話していた。



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