三月 「受験、終わったね」 「合格発表がまだだろ」 気の早い私の言葉に、サスケが応える。だけどそんなの、もう数日後の話だ。自己採点であれだけの点数を取れていたのだから、おそらく合格できているだろう。 三月だ。別れの季節だ。私たちも、そうなる。 私は隣県の大学へ。サスケは三県挟んだ都内の超難関大学へ。つまり遠距離になるわけだ。電車やバスで半日掛かる距離で、とてもじゃないけど月に一度だけでも再会、なんて頑張る気にはなれない。そもそも、お互いの目標を優先して大学を選んだのだ。つまり私たちはそれだけ、依存し合わない関係だった。 「合否見たら、部屋探しとか忙しくなるし、ほんともう会わないままになりそうだね」 「……そうだな」 あたたかいミルクティーを啜りながら、最後かもしれないデートを味わう。こんなちょっと高いカフェ、こういう時でもないと来ない。 スマホを弄ってメッセ画面を表示する。サスケとのトークはひどく簡素で、少し見返したくらいでは思い出になりそうなやり取りは無かった。 「向こうに行ったらさ、スカイツリーの写真とか送ってよ」 「なんでだよ」 「それくらい良いでしょ」 「……面倒だな」 ため息を一つ。まあ、いいけどね。どうせ自撮りもしないで建物を写すだけの、『サスケが撮った』という以外にはなんの価値もない写真になるだろうから。 サスケの前に置かれたカップに手を伸ばして、口に運ぶ。こら、と咎めるような声を出したけれど、別段怒っている様子もない。 「珍しいな、お前がそんなことをするのは」 「んん、ニガい。お返しします」 「……」 サスケのコーヒーは、一応ミルクも砂糖も少し入っているものの、私の口には合わなかった。苦味と一緒に酸味もして、私のか弱い舌を刺す。 自分のミルクティーで口直しをして、一息つく。最後だから、ちょっとくらい甘えておこうと思ったのだ。苦い思い出になるなぁこれは。 自分たちと同じように、受験を終えてリフレッシュしに来たのであろう学生が、店内には多い。彼らを見ていると、ああ私たちももうすぐ、終わるんだなと、思って。じんわりと寂しくなってきた。 「元気でね、サスケ」 「……」 「病気したって言われても、看病に行くのも大変だからさ」 「……お前こそな」 「うん、そうだね……」 お互いに少し俯いて、目が合わない会話。空元気で明るい声を出してはいるけれど、どうにも上手く笑えない。サスケが、落ち着いた、沈んだ、静かな声で話すからだろうか。 サスケと付き合い始めてから、およそ二年。今年度に入ってからは、受験対策に追われて、半年ほどまともに恋人をやっていない。これだって本当に久しぶりのデートだ。受験生にとっては、クリスマスだって年末年始だって、無いようなものだったから。 それでも、昼食はできるだけ一緒に食べたし、帰宅時間もなるべく合わせた。それが私たちにできた精一杯の足掻きだった。 「……ねえ」 「…………なんだ」 今にも沈みきりそうな太陽が、最後の輝きを放っている。それを窓から遠く眺めながら、言葉を探す。サスケも、この最後の逢瀬を惜しむように、カップに入ったコーヒーをいつまでも残していた。 「私と居て、楽しかった?」 ガラスにうっすらと映ったサスケを見詰める。本人を見て尋ねるほどの自信はなかったから。 サスケは、少しだけ考えるようにして視線を斜め上にした。それから瞼を閉じて、ゆっくりと息を吐く。そっと開いた目は、ガラス映しの私を真っ直ぐに見ていた。 「ああ。楽しかった」 その言葉に、ぎゅうっと胸が締め付けられるような息苦しさを感じた。ああ、そっか。これで、お別れなんだ。 泣かないつもりだったのに、こんな気持ちになるなんて。私は、自分が思っていたよりずっと、彼のことを好きだったんだ、なあ。 冷めかけたミルクティーを飲み干して、落ちかけた涙を目に戻す。小さく鼻をすすって、手で涙をこすり取って、今度こそサスケを見て言う。 「私も。楽しかったよ、サスケ」 自然と浮かんだ笑顔でそう告げて、席を立った。驚いて顔を上げるサスケを尻目に、上着と鞄を持ってすぐにお店を出た。これ以上別れを惜しんでは辛くなる。そんな気持ちを同じく抱いていたのか、サスケは静かに席に着いたまま、追いかけては来なかった。 あれからサスケと顔を合わせることなく、引っ越しが済んだ。荷物の運び入れが終わって、備え付けのベッドに敷いたばかりの布団へ、疲れと共にダイブした。 「ふえーい……」 『キーーッ!』 「うわっ、ビックリした」 サスケ用に設定していた、鷹の鳴き声の通知音。ジーパンの尻ポケットからスマホを取り出せば、メッセが一件。『サスケさんが写真を投稿しました』と通知が出ている。 「……ぷっ、あはは!」 開いてみれば、それはスカイツリーの写真。かなり遠望から、ギリギリそれと分かるような雑な写真だ。 面倒くさがっていたくせに、ちゃんと撮って送ってくれたのがおかしくて、笑ってしまった。あんな別れ方をしてしまったのに、サスケって律儀だ。優しい。大好きだった。 「あははは、は、…………はー……」 こんなの、忘れられないじゃん。 にじんだ涙をこすり取って、スタンプを選ぶ。かわいい猫が「ちゃんとせんかいっ!」とツッコミポーズで言っている。すぐにサスケからも返信が来て、「遠いんだから仕方ないだろ」と文句を言われた。後で地図を確認してみたら、確かにサスケの大学とスカイツリーはかなり離れていた。 『またちゃんと撮って』とか、『直接見に行こうかな』とか、打っては送信せずに消してしまって、結局返事をせずに終えてしまった。でもたぶん、また夜にでも、引っ越し疲れたとか自炊大変とか、私から送るだろう。 サスケがくれた写真は、保存して、壁紙にしてみた。大学でできるだろう友達に、「東京行ったの?」と聞かれたら、「彼氏が撮ってくれたんだ」と、言うんだ。 (180118) まこさんのリクエスト [←] [→] 戻る [感想を届ける!] |