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絶望は彼の目に


 マネージャーが故に、彼がきちんと仕事をしているのか、見る必要がある。芸能人だって撮影の時は画面外にそのマネージャーが居る。それと同じで。
 生々しい情事風景。その周りにはカメラマンと照明と監督と音声と、つまり撮影スタッフが居る。その後ろで、隠れるように立って。あまり気分の良いものではない。

 彼は、何かを振り切るように、誤魔化すように、演技をする。
 多くの場合に途中で演技であることを忘れる瞬間がある仕事だけど、彼は、いつだってどこか一歩引いた所に立っているようだ。
 まるで馬鹿にしているような、感じ。
 誰をかは分からない。演技相手か、こんなことを撮影することを仕事にしているスタッフか、彼自身をか。またはそれをサポートする私をか。
 本気ではない、ことは確か。彼は本気でセックスをしていない。
 普通は興奮して恍惚として少なからず我を忘れるものだけど。彼にはそれが無い。射精はするけど。
 なんだろう、やはり何かを振り切ろうとして、がむしゃらに、自暴自棄に、こんなことをしているような感じを受ける。
 だからこそ本気でこんなことを仕事にしている人を見下すような目で見るのだろうか。
 マネージャーとして少し心配ではある。
 気のせいなら良い……くはないか。どちらにせよ、本当はこんな仕事、しない方が良い。

「お前には今日からサスケに就いてもらう」

 所長のマダラさんにそう言われたのはもう2ヶ月前。
 元々アダルト関係の男優の多い事務所だから、いつかはそういう仕事にも就くだろうとは思っていた。
 以前は普通の、ドラマや舞台に出るような俳優の傍に就いていた。割と良い歳だけどなかなか芽が出ない、惜しい人だった。(引退されましたが、私は彼の演技は好きでした)
 だけどこんなに若いのに、暗い目をしてAV男優をする人に就くことになるとは思いもしなかった。

 年下だからだろうか、こんなに心配になるのは。
 それともあの、目のせいだろうか。暗い、くらい。

「君は、それで良いの?」

 そんなことを聞いた日もあった。
 何故だか彼は家に帰りたがらない。
 近場のホテルの一室へ、仕事が終わるや否やさっさと行ってしまうものだから、次の予定を伝えるために追って。

 彼の目は暗くて、暗くて、周りの人間を拒絶している。
 近付くな。目が言っている。
 だけどどこか、寂しそうで、人を求めているようにも見えた。
 酷い妄想の可能性もあるけれど。

 だけどあの時、
 呼び止められた時、
 彼の目は、確かに誰かを求めていた。


「……」

 今もまた、じっと見られる。
 見定めるように。観察するように。
 正直、そんなに見られても困るんだけどなぁ。

「聞きたいことがあるなら、どうぞ」
「……」
「……」

 八の字に眉を寄せて、コーヒーを啜る。
 撮影後の控え室。今回は珍しくスタジオ撮影で、珍しく彼がしばらく残っている。シャワーの後でほかほかだ。
 今スタッフは女優のアフターケアだとか機材やセットの片付けだとかをしている。
 気付けば彼は、その顔や、持ち前の器用さや観察力からのテクニックを以て、俄かに人気男優へと成っていた。
 良いのか悪いのか、私の立場からでは何とも言えない。

「うーん……」
「……」
「……見てるだけ?」
「……」
「……うーん……」

 彼は元々、この仕事を始める前は、職も持たず、所謂逆援助交際で生活費を稼いでいた。その上暴力的で、売られた喧嘩は必ず買い、見ていただけでも殴りかかり、集めなくても舎弟のような人間が居たとか居ないとか。
 ともかくあまり良いとは言えない人柄だったとマダラさんから聞かされている。印象は良くない。だからあまり彼の機嫌を損ねるようなことはしないようにしている。
 しかし、それにしても見過ぎである。気まずい。

(……どうすれば良いの)

 部屋の隅の椅子に座る私と、真ん中のテーブルの椅子に座る彼。首を回してまで、じいっとこちらを見る彼には、もしやそれ以外の行動ができないのかと思うくらい。

「……おい」
「? はい」
「……茶」
「……あ、コーヒーの気分じゃなかったかしら」
「……」

 え、もしかして、それを訴えるためにじーっと見てたの?もしそうだとしたら、とんだコミュニケーション力欠落者である。
 彼の前のカップを回収して、コーヒーメーカーと一緒に置いてある、ポット横のお茶セットへ。急須に茶っ葉の入ったパックを入れる。一旦湯飲みに入れたお湯を急須に移し、そうして煎れたお茶を湯飲みに注ぐ。丁度良いくらいの温度になったお茶を彼の元へ運び、前に置く。
 見ていた限りでは、別段飲み物に不満があったようには見えなかったけれど。

「どうぞ」
「……」
「……えーと……」

 まだ、見られている。
 熱くはないはず。猫舌でも飲めるくらいのはず。それなのに飲まずにじいーっと見てくるものだから、また気まずくなる。
 目を天井の方へ投げ、視線から逃げる。それでもまだ感じるから、もやもやと疑問が溜る。

「……なんでしょう」
「……」
「…………」
「……アンタ、」
「え?」
「…………なんでこんな仕事、してるんだ」

 唐突な質問に、一瞬惚ける。
 それを、聞きたかった?
 にしてはすっきりしない顔に見える。

「……まあ、話せばちょっと長いんだけど」
「……」
「私、元々女優……と言うか、演技をする仕事をしたかったのね」
「……」
「でも才能が無いことに気が付いて、所長のマダラさんにも、“諦めろ”って早々に言われちゃって」
「……」

 相槌ゼロ。苦笑い。

「で、先輩だった人に、“お前は面倒見も良いし観察力もあって気配りもできるから、サポートする仕事をしてみたらどうだ”って言われたの」
「……」
「それが前まで私が付いてた人ね」

 そんなことを言ってくれた彼こそ観察力がある。私の才能を見出だしてくれたのだから。今ではこの仕事を楽しんでいるし、多少の誇りすらある。少々名残惜しくはあったけど、もう演技に未練は無い。

「……納得、行ったかな?」
「……」

 行ってないようだ。
 私の何がそんなに、気になるのだろう。
 晴れない顔で未だこちらをじいっと見る彼の、その行動の真意は見えないまま。

 折角煎れ直したお茶は、注文したはずの彼に飲まれないまま冷めていく。



【絶望は彼の目に】
(日記再録 投稿日 20100412)


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