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誇りへの道程


 初めての地上波主演ドラマは、成功か失敗かと問われると難しい結果だった。
 『女性ファン』は、恋人が居ることを匂わせた発言や、元AV男優という経歴を前に出したことにより、予定の半数ほどしか手応えがなかった。対して『女性視聴者』は、サスケ君の容姿や演技に素直に惚れ込み、試し見の1話目を除いた2話目以降の視聴率は、最初から最後までそれほど下がらなかった。『男性視聴者』はと言うと、サスケ君のスカした立ち振舞いに反感を覚える人から、容姿の良さに嫉妬する人、そしてAV男優としての過去作品を引き出して褒め称える人、と様々になった。SNSなどで無邪気に共有されるモザイク映像や、それに添えられた「超絶技巧!」などのコメントには苦笑いが浮かぶ。なんというか、男性視聴者の反応の“素直さ”には驚かされる。
 ちなみに例のお偉いさんには、「彼のやりたいようにやらせなさい。その方がきっと面白くなるわ」とのお言葉を頂いている。一番危惧していたところに許され、胃痛とのランデブーもなんとかなりそうだ。
 問題は所長。大成功ではないにしても、失敗にはならなかったことで、とりあえず怒りは収まった。けれど、許されたわけでもない。ここで得た『知名度』を、次に生かさなくてはならない。

 おそらくここからは、ふるい掛けに残ったコアファンたちを、いかに囲い込むかに掛かっている。彼らの望む作品、そしてサスケ君の望む作品。これを何としてでも掴んでいかなければならない。



 ドラマ放映中から、CMの話がいくつか舞い込んで来ていた。テレビを点けているだけで勝手に流れる特性上、知名度の向上には持ってこい。アイドル事務所のように膨大なギャラは必要なく、且つ適した話題性と容貌を持つサスケ君には、男性用の香水や、シャンプーやボディーソープ、果てはコンドームの広告まで、『そっち系』の出演依頼が多い。一応ブランドの腕時計やアクセサリーなどの依頼も来ていたが、それらは他の仕事時にも身に付けるように契約書に書かれていたので、イメージの違う役どころを演じる際に邪魔になってはいけないと断っている。
 今はヘアワックスのCMを撮っているところだ。ドラマの撮影とはまた違った雰囲気だけど、サスケ君に戸惑う様子は少しも無い。変に度胸が据わっていると言うか、自分のペースを崩さず保てると言うか。大物になる素質は有ると思う。
 カットの声と共にスタッフがわらわらと動き出す。カメラが回っている間の張りつめた空気も好きだけれど、無事に終わった瞬間の、今のような穏やかな空気も悪くない。

「お疲れ様」
「ああ」

 撮影用に持っていた商品を預り、代わりにお茶のペットボトルを渡す。もう長くマネージャーをやっているから、目線だけでの要求を察するのにも慣れた。
 すぐに監督の元へ一緒に行き、お疲れ様でしたと挨拶をする。始めはサスケ君の無愛想さにむすっとしていた監督さんだったけれど、指示に的確に応え、且つ意思まで汲み取ってイメージを形にして返すサスケ君の聡明さを、すっかり気に入ってくれたようだった。握手に差し出された手へしっかりと応えるのを見て、少しは礼儀を弁えるようになってきたなと安心する。(なんせ一応年上であるはずの私へは、最初からずっと敬語が無いままだ)
 他のスタッフさんたちへもぺこぺことお辞儀をしながら撮影室から出ていく。この後も予定が詰まっている。タクシーで移動しながら食事も済まさなければならない。雑誌の取材とグラビア撮影、また別の雑誌の撮影、またまた別の雑誌の取材。その後は私は新規の仕事のスケジュール確認などをするため、しばらく家で事務仕事。サスケ君はその間空き時間となるのだけど、おそらく作品読み込みトレーニング……つまり読書でもすることになるだろう。

「ご飯は何か食べたいものがある?」
「……魚」
「煮魚? 焼き魚?」
「揚げ物」
「んー、じゃあフライ弁当かな」
「ん」

 途中立ち寄ったコンビニで昼食を買う。有名人になったサスケ君はカーテンを引いた車内で待たせて、リクエストの品プラスおにぎりを二個と水とお茶、その他に自分用の昼食も買う。領収書も頂いて。
 サスケ君が車内で仮眠をとる間にも、私は電話でスケジュールの打ち合わせをしては手帳に書き込んでいく。休む暇も無いとはこのことで、睡眠時間の質を上げるしかないと、快眠枕だとかヒーリング音楽だとかを検索するのがアイドルタイムの使い道になっている。ただし、買いに行く暇も無ければ、宅配を受け取る時間も無いので、見るだけで終わっている。



「ああー……」

 自宅の事務机に突っ伏して、頭を抱える。サブマネージャーが貰ってきた仕事が、別の仕事とブッキングしていた。サブマネからの電話連絡に応対した時に、私がスケジュール確認をミスしたのだ。
 情けなさと、やる瀬なさと、疲れとストレスに、頭を上げる気力も無い。サスケ君が頑張っているのに、こんなくだらないミスをして。すぐにでもスケジュール修正の電話をすべきなのは分かっているが、その精神状態へ持っていくにはしばらく掛かりそうだった。

「うぅ…………ずび、」

 疲れた。今日はもう寝てしまいたい。だけどそんなわけにいかない。まだやらなきゃならないことが山ほど残ってる。明日は明日で忙しいから後には回せない。でも、疲れた。
 そんな板挟みに、情けなくも涙がにじんだ。弱音なんか吐いてる暇があったら手を動かさないと、いけないことは解ってる。解ってはいる。

「……どうした?」

 後ろから声を掛けられて、びくりと肩を揺らす。お風呂に入っていると思っていたのに、いつの間に上がっていたんだ。
 格好が悪いので、くだらないことで泣いているのを知られたくなく、頭を抱えたポーズのままこっそりと袖で涙を拭く。

「なんでもないよ。ちょっとやらかしたの、何とかするから大丈夫」
「……少し休んだらどうだ」
「そんな暇ないよ」
「…………」

 話しながら体を起こして、改めてスケジュールを見る。ああ、また頭を下げなくてはな。私の頭は下げるために付いている。
 謝罪の電話を掛けるために、携帯電話に右手を伸ばす。すると、その手をはっしと止められる。

「!」
「やめとけ」
「……。そういうわけにいかないの」
「だが、どう見ても疲れて」

「っいいから!」

 叫んでから、我に返る。これじゃ八つ当たりだ。

「……ごめん。ほんと、大丈夫だから」
「…………」

 手首を掴む手を離してもらおうと、反対の手でサスケ君の手に触れる。だけど尚も離されないから、そこでようやくサスケ君の顔を見上げた。

「──……」
「……アンタをそんな風に追い詰めるために、あの仕事を辞めたんじゃない」
「……!」

 心配と、自責の色。

 だけど。だって。
 話題性があって、仕事がたくさん来る今のうちに、サスケ君を売り込まなくちゃ。たくさんの人にサスケ君を知ってもらわなくちゃ。サスケ君を、好きになってもらいたくて。だから。だから……。

「……私が頑張った分だけ、サスケ君を知る人が増える。評価してくれる人が増える」
「……」
「評価の内容はサスケ君次第だけど、私が頑張らなきゃ、それ以前だもの。
 だから、やらせて」

 サスケ君に心配を掛けないように、できるだけ柔らかく、笑って言う。私だって、サスケ君にそんな顔をさせるために働いているんじゃ、ないから。

 サスケ君は、渋々、ゆっくりと手を引いた。それにほっと息を吐いて、改めて電話を取る。机に向き直って、掛けるべき電話番号を手帳で確認して、いたら。そっと、首元へ腕が絡んだ。

「……あまり、無理はするなよ」

 優しい声が耳にかかる。私にしか向けられない種類の、声音。
 カーっと顔が熱くなる。同時に胸の内側もあたたかくなって、嬉しくなる。

「うん。ありがとうサスケ君」

 甘え返すように、頭を後ろへ凭れさせる。シャンプーのいいかおりがして、この前CM撮影の後で貰ったのを使ったんだなぁと思う。
 きちんと、着実に一歩ずつ、前へ進めているから。サスケ君の言うとおり、あまり焦らず無理しすぎないようにしよう。

 サスケ君が離れるのを待つ間に、私を包む腕へ手を添える。近すぎて見えない、斜め上の顔の方へ頬を寄せれば、首筋に触れる。椅子に座る私を抱きしめるのに、かなり屈んでいるはずだから、そろそろ離れるだろう。

「……灯里」
「?」

 呼ばれて、返事の代わりに顔を見ようと少し頭を離す。腕がほどけたかと思うと、事務椅子をそっと回される。サスケ君の顔が見えて、頬に手を添えられて、おやもしやこれは

「、……」

 こつん、と額を合わせられる。

 驚いたのと、拍子抜けしたのとで、一瞬止まっていた息が笑いのようにこぼれる。

「っふふ」
「……悪い」

 決まりが悪そうに、顔をしかめながら離れる。そうかぁ、まだ無理か。
 キスをしようとしたのに、躊躇って、結局出来なかった。サスケ君自身に意思があるのに出来ないのなら、仕方ない。

「サスケ君」
「……」
「ありがとう、元気出たよ」
「…………そうかよ」

 格好がつかないのと、中途半端に期待させてしまった申し訳なさと、それでもお礼を言われてしまった情けなさなどで、複雑そうにしながら部屋を出て行った。拗ねたようにも見えて、いかにも年下らしくて可愛らしい。
 一人微笑みながら、改めて手帳を確認する。彼のために下げる頭だ。何を辛いことがあろうか。そもそも今回はこちらのミスなのだから、それ以前の話だったのだけど。

 ドラマの主演をやって、CM出演もして、雑誌にも引っ張りだこになって。それでもまだ彼にとっては、私にキスひとつする資格のない男であるらしい。理想やプライドが高いのは大いに結構だ。それだけ上を目指す気概があるということには違いない。ただ、私はそんなに、ハードルの高い女になった覚えは無いのだけれど。いや、この場合は『敷居が高い』の方か。

「……」

 なにか分かりやすい、到達点を示してあげるのが良いだろうか。例えば視聴率、例えば興行収入、例えば賞。数字や賞名で判りやすく良いものを獲得できれば、彼の誇りを満たしてあげられるかもしれない。
 そのためにすべきは、実績を積むこと、つてを作ること、そして売れる作品の俳優として選ばれる道を手繰り寄せることだ。

「……よし、」

 私にとっても明確な目標が定まった。今はまだ土台作りの段階だ。とにかく『うちはサスケ』という人物の存在を、世の中に知らしめてやらねばならない。話はそれからだ。
 ひとまず目の前の仕事をこなすべく、謝罪の電話を掛ける。そしてお詫びついでに接待して、コネクションを強めてやろう。転んだならタダで起きるな。昔得た演技の技術は生かしていけ。


 電話を終えた頃に、サスケ君がコーヒーを持ってきてくれた。そんなことをしてくれたのはこれが初めてだったから、さっきの失敗を気まずく思っているらしいことが分かる。それがまた微笑ましく、愛しい気持ちを抱く。

「サスケ君、クール系よりも弟系で売る?」
「……なんだかよく分からんが、断る」

 “大人のお姉さん”からの支持が激烈に頂けそうなのに。
 少しだけ残念に思うものの、サスケ君のその一面は自分だけのものにできるという独占欲が、素直に却下を受け入れた。
 彼のくれたコーヒーが、身にも心にも温かく染みていく。



(161224)


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