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絶望の名残


 サスケ君が、事務所の抱える演技指導者の元で、俳優としての演技レッスンを受けるようになって半年。元々感受性豊かで器用な彼は、メキメキと才能を伸ばしているようだ。声の出し方、体力作り、滑舌トレーニングなど基礎的なことから、最近は即興演技もするようになってきたそう。楽しいかと聞けば、そうでもないようだけど、やり甲斐は感じているようだ。

 私も退院後リハビリを続け、足もあばらも、今ではすっかり完治していた。打ち身になった背中だけは、天気の悪い日にはじくじくと痛むけれど、おそらくもう一生の付き合いになる後遺症だろう。
 人を探し回っていたとは言え不注意で、周りをちゃんと見ていなかった。私も事故車も交通ルールの違反はしていなかったけれど、お互いの不注意ということで慰謝料は少し軽めだ。

 話は逸れたがつまりは、今は元気にやっているということだ。仕事復帰して間もないので、臨時でとあるタレントのマネージャーをしている。複数マネージャーが付いているタレントさんなので、他のマネージャーさんのお手伝い程度だけれど。
 それからたまに、演技の先輩としてサスケ君の練習を見てあげたりもしている。とは言えそんなに教える事もない。大体のことは苦労せずこなしてしまうらしいけれど、演技のことまでそうとは恐れ入った。

「アダルトの撮影も、一応演技の内だったからな」
「いやぁ、そうは言っても全くの別次元よ、それは」

 一つのベッドに枕を並べて寝る。怪我が完治してからはよく、彼の家に泊まっていた。

 彼の家族がみなすでに死別していることは、初めてここへ訪れた時に聞いた。それで、『誰も居なくなって』『寂しくて』『やけになって』、荒れた生活をしていたのだと。人への甘え方が分からなかったのだと。彼は話してくれた。
 いきさつや、過去の彼の態度に合点がいって、悲愴に思いながらも、私がその穴を埋めてやれているのだと、嬉しくも思った。前々から彼のことは心配していたので、ほっと安心もした。

 別段、好きだから付き合ってほしいと、明確に言われたわけではない。(だけど彼が私を必要とするのなら傍に居てあげたいと、思っている)
 だからなのだろうか。彼は私を抱き締めはすれ、キスや、それ以上のことは、求めてこなかった。

「……」
「……」

 すやすやと、穏やかな寝息が聞こえる。私のことを腕の中に閉じ込めて、甘えるように髪に顔を埋めて。その様が小さな子どものようにも思えて、私の気持ちがふしだらなのかと、不安にもなる。

 アダルトビデオの男優などという仕事をしていたからには、そういうことに不慣れなんてことは絶対に無い。何度も何度も、見ていたから、むしろ彼はとても上手いのだということも知っている。『仕事』でしているはずの女優を、『本気』に陥落させてしまうさまも、何度も見た。なのに、何故。どうして私には手を出してこないのだろう。

 もやもやと考えながら、彼の寝顔を盗み見る。いつも鋭い瞳はまぶたの裏へ隠れ、寄せられがちな眉も穏やかで。
 そうして普段より幼く見える寝顔に、愛しくて、唇を合わせたいなと願ってしまう。ダメなこと、だろうか。

 彼の腕の内側で、起こさぬようにそろりと、頬へ手を添える。年下の彼の肌は滑らかで、ずっと触れていたいくらい気持ちがいい。何度かゆっくりと撫でていると、敏感な彼はうっすらとまぶたを開けた。ぼんやりと、こちらへ視線を合わせるのに、囁くようにごめんと謝る。ゆるりと横へ首を振ると、心地良さそうにまぶたを閉じ、甘受する。その仕草に、きゅうっと胸が鳴り、いとおしさが高まる。

「…………ねぇ」
「……ん」

 呼び掛けると、眠そうな返事。またゆっくりとまぶたを上げ、私に焦点を合わせる。視線を絡ませて、そうっと、唇を寄せると、はっとしたように顔を背けられた。
 やっぱり、そうなんだ。
 彼は意識して、そういう接触を避けている。

 なんとなく、だけれど。理由には察しがついている。別に私との接触を不潔だと思っているのではない。おそらく、逆だ。

 よけられてしまったのを誤魔化すように、そのまま彼の首もとに頬擦りする。よわよわと細長く溜息を吐いて、少しだけ寂しいのを紛らわす。

「……悪い」
「ううん、いいの」

 こればっかりは、仕方ない。無理にすることじゃない。
 代わりにと、首へ腕を回して抱き付く。これはセーフらしいから、思う存分。



 後日、サスケ君本人の口から、切々と語られる。

 俺にとって、性的な接触は愛情表現ではない。
 むしろ逆で、見下すような気持ちでしていたから。
 お金を稼ぐ手段、憂さを晴らす手段でしかない。今はまだ。
 だからアンタにそういうことをするのは、もう少し、誇れる自分を手に入れてからにさせてほしい。
 正直に言うと、抱きたい気持ちが無いわけではない。
 きっと待たせてしまうけれど、許してほしい。


 頷きながら聞いて、彼の言葉を胸に入れていく。
 彼の中の、とてもとても大事な場所に置かれているのだと、じんわりと染みて、にじんだ涙を拭う。嬉しかった。

「ああ……、んん……サスケ君の気持ちは、解ったんだけどね」
「なんだ」


 今すごく、キスがしたいの。




(151023)


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