抱きしめる ぎゅうっと、抱き締めると、彼女のにおいがした。シャンプーやリンスの匂いだったり、香水や日焼け止めの匂いだったり、汗や彼女自身の匂いだったり、その時によって変わるけれど、今は彼女のにおい。体温が染みて、あたたかい、と言うより、今の季節は、暑い。でも不快じゃないのは、クーラーが利いているお陰、ではないだろう。しかしそう思っているのは俺だけなのか、彼女は「あついよー」と言った。だからと言って放す気はさらさら無い。だって、すごく幸せな気分なんだ、今。放したらその気分もすぅっと退いてしまう気がして、放したくない。こんな我儘な気持ちになったのは、久しぶりだ。甘えているのだ。彼女の優しさと、俺への気持ちに付け込んで。拒絶できないのを知っているから。おれはずるい。 「さすけー、わたし抱きしめられるの好きだからいいけどさー」 「…」 「さすけは暑くないの? へーき?」 「……へーき」 「んー、ならいっか」 とろけるように甘えた声。気が抜けている感じ。他の奴の前とは違うんだ。それがなんだか無性に愛しくて、膝の上の彼女を、もっと抱き寄せる。「うー」なんて、少し嫌そうな声を出してみせるけど、本当は全然嫌がってなんかない。照れ隠し。 「かわいい」 「ぬ……さすけもかわいいよ」 「……」 「くーるーしーー、おこったー」 こうやって戯れるのすらも好き、だ。 抱きしめる (20100723) [←] [→] 戻る [感想はこちら] |