※風ダンネタバレあり


付属されているシロップにもミルクにも手を伸ばさず、茶葉の独特の味しかしないストレートティーの入ったカップを口に運ぶ竜持くんは、色とりどりのケーキ10種類を目の前に並ばせるわたしよりもうんと大人に見えた。わたしのソーサーに乗っているのは、ただの紅茶のうしろにひょこひょこついてきていたミルクとシロップをなじむまで混ぜたミルクティー。ひとくち飲んでもまだ紅茶独特の苦味が出て行ってくれていなくって、竜持くんにシロップをもらおうかと思ったけどやめた。どうせ言おうものなら「それ以上糖分を摂取してどうするんです? 太りますよ?」なんて返されるんだろうから。



「今日はぼくにつき合ってもらえません?」


アイパッドをなめらかな指づかいでいじくりながら待っていた竜持くんは、わたしがかけよってくるなり開口一番そう言った。かっこいい子がうち校門のそばにいる、って廊下で騒いでいた女の子たちのすき間から見えた窓には、とっても見なれた髪型と顔をした男の子が立っていた。確かに昨日出かけようってお誘いのメールをもらったけど、まさか学校まで迎えに来てくれてるなんて。誰待ちなんだろうね、とはしゃぎながら話しかけてくる友だちに返事もせずにいそいでかばんをつかんで教室を飛びだした。廊下を走るなって先生の注意の声も聞こえないふりをして彼の元へ一目散に駆けていく。校門前に着く頃には呼吸は汚くからだもへろへろになっていて、帰宅部の体力のなさをひしひしと感じてしまった瞬間だった。

「え、うん、いいけど……」

「よかった。じゃあ行きましょう。ちょっとここ居心地悪いんですよね、ぼく」

アイパッドをしまいながら居たたまれなさそうに言う竜持くん。確かに私服の竜持くんと制服のわたしはすれ違う生徒のみんなから奇妙な目で見られている。まあ、竜持くんが格好いいからっていうのもあるんだろうけど。わたしが来る前から竜持くんはこんな好奇心のかたまりをした視線につかまっていたんだろうか。よく堂々としていられたなあと思う。わたしだったら耐えきれずにすぐに逃げ出してしまうかもしれない。わたしのほうが年上なのに、竜持くんは小学生に見えないくらい体つきも振る舞いもしっかりしているから、むしろわたしのほうが年下なような気がしてくるとさっきまで気にもとめてなかったのに意識してしまって、意味もなく髪を手櫛で整えてみたりスカートのしわを伸ばしたりしてみる。やはり竜持くんは目ざとくそれを見つけて「今更すぎますよ」と笑った。

そうやって連れてこられたのは街のすこしだけ外れにある喫茶店。なんでもここでは好きなケーキ10種類をお手軽な値段で食べられるタイムサービスがあるんだとか。メニューを開くと、「ケーキ10種類定額セット」と書かれたおっきな字が目に飛び込んできた。選べるケーキの種類も結構豊富でなかなか決められなさそうだ。

「友人に教えてもらったんです。それであなたが好きそうだなあと思って」

そう言いながら竜持くんは運ばれてきたストレートティーに口をつける。かなり湯気が立ってたような気がするんだけど熱くないのかな。って思っていたらやっぱり熱かったのか(ゆるやかな動きだったけど)すぐに机の上にカップを置き、水と氷が入れられている透明なグラスを手に取っていたので笑いそうになった。

ふと自分の前にある大きなお皿に視線を戻した。目に付くのはみんなの輪とちょっと離れたところにいるふたつのモンブラン。わたしがふたつとも食べるわけじゃない、ひとつは竜持くんのだ。見ているだけでお腹いっぱいになりそうな数のケーキの中から9個は選んで。ラスト1個をどうしようか決めかねているとき、メニューを覗きこんできた竜持くんはつぶやいた。

「もし決まらないようでしたら、モンブランひとつ加えてくれませんか? ぼくも少しお腹が空いてきました」

わたしが選んだケーキの中にもモンブランは入っていたんだけど、とくにこれと言ったものが見つからなかったので結局モンブランをふたつ頼むことにした。店員さんに持ってきてもらった小さなお皿にモンブランをひとつ乗せて、フォークを添えて竜持くんの前に持っていってやる。ありがとうございますと両手で受けとった竜持くんは、お行儀よくモンブランを崩し始めた。

「ここのモンブランは本当に美味しいんです」

「へえ、珍しい。竜持くんってあんまり甘いもの好きじゃなさそう」

「においを嗅ぐのもいやなくらい嫌いなわけではないですから、それなりには食べられます。けどケーキを9個も一気に食べるのはぼくにはとても出来ませんけど」

「……悪かったですね甘党で」

「別に貶している訳じゃないです。凰壮くんだって10個余裕でたいらげられるんですから」

「わたしの胃を凰壮くんの鉄の胃袋と一緒にしないでもらえるかな」

凰壮くん、という名前が口から出てきてふと思いだした。そういえば彼、この間遠目で見かけたけどまた体がおっきくなってたような気がする。まだ小学生なのに縦にも横にもすくすくとおめでたいことだ。こういうときに男の子のからだの成長ぶりってとんでもないよなあと思う。わたしの前にいる竜持くんだって、線は細いけど筋肉も肩幅もしっかりとついてる。サッカーやってるのも理由に入るんだろうか。わたしの視線に気づいたのか、竜持くんがフォークを持つ手を止めてわたしをじいっと見つめてきた。

「ぼくの顔になにかついてます?」

「え、ううん。何も」

そう応えると、竜持くんはそうですかと言ってまた手を動かし始める。「食べないんです?」って尋ねられて、わたしは一口もケーキにありついていないことにようやく気がついた。はじめは無難なショートケーキに手をのばす。モンブランはお楽しみとして最後にとっておくことにした。フォークにちょっと力を込めるだけで、ふわふわのスポンジはゆっくりと裂けていく。落とさないように気をつけながら口の中にほうり込むと、生クリーム独特の甘みが舌の上で広がった。「おいしい」と言うと、モンブランを置いてずうっとわたしを眺めていた竜持くんが、「ならよかった」って破顔するから、思わずかわいいなあなんて思ってしまった。言ったら拗ねられちゃうから絶対口にはださないけど。もう一口食べようとして、今度は竜持くんの手がフォークから離れて止まっていることに気づく。もうお腹いっぱいになっちゃったのかなとはじめは思ったけど、彼の視線がわたしのそれに一心に注がれてるのをみて、なあんとなく察しがついた。

「竜持くんも食べる?」

ショートケーキが乗ったお皿を持ち上げてそういうと、完全にそっちに気をとられていた彼はぱっとはじかれたように顔をあげた。目が合った途端「えっ、ああ、いえぼくは……」なんてしどろもどろに言ってくるのがおかしい。無理せずに食べたいものは食べたいって言っていいのに。

「わたしもさすがにケーキ9個はしんどいし、竜持くんが手伝ってくれたら助かるかなあ」

だめ押しみたいなかたちでそう言うと、彼はう、と一瞬息を詰まらせてから、うれしそうな表情としょうがないなあって声色でじゃあもらってあげてもいいですなんて言うから本当にかわいくて吹き出しそうになった。なんだ、いくら背伸びしてかっこよく見えてたって、竜持くんもまだまだ子どもだ。ショートケーキを食べやすいサイズに切って、フォークでさして竜持くんの前に持っていくと、彼は意味がいまいちよく分かってないらしく首をかしげた。ほら、こういうとこも。

「はい、あーん」

彼はようやっとわたしの行動を汲み取れたらしい。数回まばたきを繰り返すと、うっすらと頬を赤く染めた。選んだ10種類のケーキのなかにあるいちごのムースとおんなじ色だ。

「いや、さすがにここでそれはちょっと……そっちのお皿をくださいよ」

「やだよ。年上の言うこと聞きなさい」

「数学のテストの結果が悲惨で小学生に教えてって泣きついてくるひとを年上とはとてもじゃないけど思えません」

「竜持くんが数字に強すぎるのが悪い。おとなしくここから受け取りなさい」

それでも渋る竜持くんに、これで食べてくれないならあげないからと脅すと、「……性格悪いですね」とぼやかれた。三つ子の悪魔って呼ばれてる竜持くんにそれは言われたくないかな。頬はまだほんのり赤いけどすっかりあきらめた顔をした竜持くんは、わたしの手首をつかんでさらに自分のほうへ引き寄せて、小さなを口おおきく開けてショートケーキをぱくりと食べた。おとなしく口を動かしてる竜持くんにほんのすこしだけ優越感。いつもは竜持くんがわたしを子ども扱いするからどっちが年上なのかときどき分からなくなるのだ。ふう、満足。残りのショートケーキに手をつけようとすると、目の前にずいっとケーキのかけらがささったフォークを突きつけられた。まさか。

「はい、あーん」

鳥肌が立ちそうなくらいやさしい声だった。どうやら彼はやられたらやり返すのが信条らしい。おそるおそる顔をあげると、どこぞの有名な菩薩さまのようににっこりと笑う竜持くんの姿。ちょっと、普段は絶対見せないような笑顔をこういう時に発動しないでよ。頬をひきつらせるわたしとは裏腹に微笑みを絶やさないままぐいぐいとフォークを押しつけてくる竜持くんは、端から見ればたいそうおかしな光景だろう。

「ほら早くしてくださいよ」

「いや、あのさあ」

「ぼくのモンブランが食べられないって言うんです?」

「いやだってわたしもモンブラン選んでるし」

「……ねえ、」

仕返しって言葉の意味、分かりますよね?
目が笑ってなかった。ええ、現在進行形で身を持って体感してますとも。やり返されてからわかったけど、これってあーんするほうはそうとう恥ずかしい。周りの目がすごく気になる。竜持くんは私服でわたしは制服だからなおさら。だけど先にやっちゃったのはわたしなんだ、おとなしく従っておこう。
差し出された竜持くんのモンブランのささったフォークに顔を近づけて、すばやく口の中にいれて咀嚼した。流しこむためにミルクティーをとる。うわ、わたし多分顔真っ赤だ。だって竜持くん、声はあげてないけど、わたしの顔をみてすごく笑ってる。
だけどまあ、モンブランのふくよかなおいしさと、まだ少し苦いけどほんのり甘いミルクティーと、竜持くんの楽しそうな顔をみたらそんな恥ずかしさも払拭されるみたいだ。うん、さっきみたいな貼り付けたような笑顔より、竜持くんはそうやって笑ってるほうがいいよ。

そのあと残りのケーキをたいらげて降矢家にお邪魔したときの、どうやらわたしたちの公衆あーんの光景をガラス越しに外から見ていたらしい凰壮くんの「お前らはやく爆発しろよ」のことばとジト目をわたしはきっと一生忘れないだろう。


ミルキーミルキーロマンス

20121031/降矢竜持

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