※原作ネタバレ・年齢操作・捏造


小さいころはそうでもなかったのに、大きくなってから、よく夢をみるようになった。それは自分が大好きなドラマやアニメの世界に入りこんだものだったり、わたし以外誰もいない学校の教室であれこれいたずらするようなものだったり、自分が鳥になって空を飛んでいたり、蜂の大群にひたすら追いかけられたり、なんでもありだ。その中でもとりわけ異質なのが、これ。

「好きだ」

わたしと彼しかいない教室、橙と黒がにじむ空の様子からきっと時間は放課後だろう。なぜかわたしの前に座っている彼は、いつものしかめっつらでわたしに告白する。自分が興味がないことには、なにをするにも「めんどくさい」が口癖の彼は、当然恋愛も「めんどくさい」の部類に入るだろう。この間も彼本人がそう言っていたし。だからわたしは彼からその言葉が飛びだしてくるたび、ああ、これは夢なんだなあって一瞬で頭が冷めてしまう。だけど心のどこかで、彼に告白されてうれしいって気持ちが少なからずあるから、夢の中のわたしは毎回肯定の言葉を返す。それに彼が一回ぱちくりと驚いて、それからつりがちな目をきゅうっと細めて、普段みせてくるようなちょっと意地の悪い薄ら笑いじゃなくって、小学生みたいな無邪気な笑顔をわたしに見せようとしたとき、

「……またかい」

目が覚める。


☆‥
  ☆‥
☆‥


「降矢くん、おはよう」

「……よう、はよ」

現実はそんな彼のめずらしい姿をなかなか拝ませてくれるわけでもなく。今日もいつも通り、みんなよりちょっと早い時間に登校する。教室の扉を開けると、これまたいつも通り、ひとりでぽつんと席についている彼の姿。机にぐてんと突っ伏している降矢凰壮くんの隣の席に腰をおろしてあいさつすると、彼は重たそうな頭を持ち上げて、髪を乱雑にかきあげながらわたしにあいさつを返してくれた。けどすぐに頭が徐々に机にこんにちは。どうやら昨日も柔道の先生にしっかりしごかれてきたようだ。

「今日なんか課題ってあったか?」

「うん、英語の予習。先生ができてるかチェックするって」

「……ん」

「りょーかい」

ぜんぶ言われるまでもなく、差し出された右手に自分の英語の授業ノートを置く。降矢くんは頭を伏せたまま「さんきゅ」とこもった声でお礼を言った。それだけで無性にうれしくなって、顔が見られていないことをいいことににやにやと自分でもわかるくらいあぶない笑顔を浮かべながら「どういたしまして」と返す。

「現国の時間にちゃっちゃと終わらす」

「……今日、時間割変更で、英語1時間目に変わってるよ?」

「………聞いてねえんだけど」

「降矢くん、後ろの黒板の時間割変更のお知らせ、いっつもみないで帰っちゃうんだもん」

数分の間。それからすぐ、さっきまでのゆっくりとした動作とは真反対に飛び上がる勢いで顔を上げた彼は、カバンからノートと筆箱を取り出してせかせかと手を動かした。横から「がんばれー」と声をかけると、焦った声で「おお」と返事。

「そんなに範囲ないからすぐ終わるよ。あと訳間違ってたらごめんね」

「あ? いいよそんなの。気にすんな」

学校にいる間のうちで、この時間がいちばん好きだ。降矢くんはクラスの誰よりも早く学校にくる。顔を伏せていたりぼんやり空を眺めていたり必死に課題を終わらせていたり、学校に着いてからの行動は日によってさまざま。わたしはみんなが教室に集まりはじめるちょっと前に学校に来て、彼と2人っきりになれる時間を作る。そして幸運にもたまたま隣の席になれた彼と話をしたり、こうやって彼の課題の手伝いをしたりする。普段は女の子に対してそっけない態度が多い降矢くんだけど、このときだけはすこしだけ雰囲気が丸くなる。朝はいくぶんか人を無防備にするってどこかで聞いたことあるけど降矢くんをみていたら確かにそのとおりだなあと思う。

「っしゃ、終わった」

「おつかれ」

「いっつも悪いな」

「大丈夫」

ノートを受けとると、彼は緊張が切れたようにまたぺたりと机にはりついた。二度寝ならぬ三度寝を開始するようだ。「おやすみ」「おう」、なんか同棲してる恋人みたい、と生々しいことを思って、また顔がほころんだ。


‥☆
  ‥☆
‥☆


「なあ」

「ん?」

人がまばらになってきた放課後、わたしは降矢くんに呼びかけられた。朝以外はあまり会話を交わさない彼が突然話しかけてきたから思わず肩が跳ねる。降矢くんはわたしから視線をはずさないまま「おまえさ、」と続けた。

「ココアとか飲むか?」

「ココア? うん、好きだよ」

「んじゃ、席座ってちょっと待ってろ」

「え?」

どうして、とたずねる前に彼は教室を飛びだしていた。ばたばたばた、と廊下を駆ける音が遠ざかっていく。どうしたらいいんだろう、これ。とりあえず待ってればいいのかな……立ち尽くしていた体をうごかして、自分の席に着く。掃除されて新品同然なくらいきれいになった黒板を見つめながらぼんやりしていると、先ほどのように廊下を強く駆ける音が今度はこっちに近づいてくる。いくらなんでも早すぎだろうと思いながら入り口に目をやると、飛びこんできたのは見慣れない女の子だった。赤茶色の長い髪の毛を頭の高い場所でひとつにまとめていて、くりくりとした目が印象的な子。「なあ、」突然の来客に目を瞬かせていると、彼女が口を開く。

「凰壮くんって、このクラスやんな?」

「凰壮って、降矢くん?」

「そうそう、降矢凰壮!」

「そう、だけど……?」

「凰壮くん、まだ帰ってへんよね?」

「うん、いまはどっか行っちゃってるけど」

あれだけ勢いよく走っていながら、息ひとつ切らしていないのがすごいと思う。聞き慣れない関西弁に戸惑いながらも会話を続けると、彼女はよかったあ! と安心した様子をみせた。

「凰壮くんに伝言頼みたいんやけど、かまんかな?」

「あ、うん。いいよ」

「あのな、『今日翔くんに会いにいくけん、帰ったら美咲公園に集合』って言っといてくれる?」

「え、えーと……?」

「あ、もしあれやったら、もう『今日は美咲公園に集合』ってことだけ伝えてくれたらええよ!」

「美咲公園、うん、了解」

「ありがとう! ほんならよろしくな!」

にこっとそのへんに咲いてる花よりもずっときれいな笑顔をみせて、彼女はまた廊下を走り去っていった。さっき頼まれた伝言を繰り返し繰り返し反芻してみる。……あ、そういえば、彼女の名前聞くの忘れてた。どうしようかと思っていると、紙パックを抱えた降矢くんが教室に帰ってきた。

「おかえり」

「ん。ほら」

「あ、え?」

宙に投げられた紙パックの片割れをあわてて受けとる。パッケージを見ると、食堂前の自販機で売られているココアだった。顔をあげると、降矢くんはリプトンのミルクティーを携えてわたしの隣にやってくる。

「どうしたの、これ」

「やる。いつもの礼だよ」

「いつもって、わたし別にたいしたことしてないよ?」

「いいから。ありがたくもらっとけ」

「……じゃあ、ありがたく」

袋からストローを取りだして、ぷすりとパックにつきさす。降矢くんはすでにミルクティーを飲み始めていた。彼の規則正しく上下するのど仏を思わず食い入るような目で見てしまって、へんな気分になった。かき消すようにココアを吸う。

「あ、さっき降矢くんに用事があるって女の子がきたよ。伝言頼まれた」

「は?」

「えっとね、今日は帰ってから美咲公園に集合、だって」

「ああ……高遠か」

思い当たる女の子がいたようだ。名前を聞き忘れていたから、向こうも誰か分からなかったらきっと困っただろう。ほっと息をついてまたココアを飲むと、ずずず、と変な音がした。うう、ちょっと恥ずかしい。まぎらわそうと思ってとにかく口を開く。

「あの子かわいかったね。彼女?」

「は? ちげえよ。小学校んときに入ってたサッカーチームの仲間」

「え、降矢くんってサッカーしてたんだ」

「知らなかったか? 兄貴ふたりとやってたんだよ」

「降矢くんの兄弟のことは聞いたことある。三つ子なんだよね?」

「そう。おれが末っ子」

「へええ、いいなあ」

「おまえはきょうだい、いねえの?」

「いないよ。ひとりっこ」

「意外だな。下がいそうなのに」

ううん、と頭を横に振る。降矢くんはふーんとつぶやいてミルクティーをすすった。「きょうだいかあ、うらやましいな」ひとりっこはひとりっこでメリットも多いけど、やっぱりちょっとさみしい。友だちが「妹とけんかしたんだ」ってわたしに愚痴ってくるたびに、ひとりっこのわたしは彼女の気持ちがぜんぶ理解できないから、「すぐに仲直りできるよ」と月並みな声をかけてあげることしかできない。こういうとき、自分にきょうだいがいたらなあって思う。
ココアを抱えてなぜかしょんぼりした気持ちに胸を支配されていると、降矢くんは「どうした?」とわたしに顔をよせてきた。

「うぁ、うん。なんでもないよ!」

「そうか?」

「うん、ごめんね。ありがとう」

なんで謝るんだよ、とちょっと噴き出した降矢くんは、またミルクティーを飲んだ。窓に目をやると、もうだいぶ黒に食べられてしまった橙が目に入った。時計を見ると、もう六時を回っている。だいぶ時間を喰っていたようだ。降矢くんは約束、大丈夫なのかな。

「そろそろ時間だし、帰らなきゃ」

「お、もうそんな時間か」

「ココアありがとう、また明日ね」

「おー」

荷物をまとめておいたカバンを抱えて席を立つ。ココアはまだ残ってるから、飲みながら帰ろう。あ、そういえば明日は塾だ。帰ってから宿題やんなきゃなあ。ぱたぱたと教室を出ていこうとすると、降矢くんがわたしを呼び止めた。

「なに?」

「……高遠とは、本当に、なんでもないからな」

「ん? うん、わかってるよ」

「ならいいや。また明日な」

「ばいばい」

廊下をてくてくと歩きながら、さっき降矢くんに言われた言葉を思いだす。高遠、あのかわいい関西弁の女の子は昔のチームメイト、降矢くんとはそういう関係じゃない。そうなんだけど、……凰壮くん、かあ。彼女は小学校の頃から降矢くんを知ってるんだ。一緒にサッカーをしてたんだ。中学校から降矢くんと知り合ったわたしとは、キャリア、っていうのは変だけど過ごしてきた時間がちがいすぎる。
この関係も隣の席だからってだけで、来月にまた席替えをして離ればなれになっちゃったらきっとなかったことになっちゃうんだろう。さみしいような切ないような、なんとも言えない気持ちになりながら、濃紺の空を歩いた。

20120715

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