三月の何がそんなに楽しいのかわかんないけど、きみがわらうと幸せだ | ナノ
「レポート終わんねえ。なんか差し入れもって来い」

いま何時だと思ってんのよあの横暴つり目やろう。内心でそう毒づきながら、最寄りのローソンで買ったコンビニおにぎりふたつと、からあげくんレギュラーを持ってマサキの家へと向かう。歩くたびにがさがさとビニールがこすれあう音がひびく。普段から絵文字も顔文字もない簡素なメールをよこしてくるマサキだけど、さすがに命令口調なのははじめてだから最初見たとき正直戸惑った。けどお腹がすいても外に出らんないくらいレポートに追われて切羽詰まってんだろう。
携帯を開いて時間を確認すると、午前二時をちょっとすぎたあたりになっていて、はあとみじかいため息をつきながら携帯を閉じた。深夜に差し入れもってうちから二十分弱かかるマサキの家に来い、なんて命令されてもはいはいって従ってしまうあたり、なんだかんだでわたしはマサキに甘いのである。

凵@凵@

「マサキー、ほらおにぎり」

「……ん、さんきゅ」

合い鍵で開けた扉のなかには、前髪をピンでとめて、部屋着でパソコンと格闘するマサキの姿がぽつんとあった。カタカタと不規則に指でキーボードを叩きつけながら、あーでもないこーでもないとつぶやいている。浅葱色の頭にぺしんとビニール袋をたたきつけると、ふりかえったマサキがそれを受けとる。さっきとりだして、今はわたしの左手に収まっているからあげくんレギュラーをみて、「くれよ」と言ったけど、わたしは「やだ」と一蹴した。これは自分が食べたくって買ったやつだからね。譲らんよ。

「ケチ」

「うるさいな、ほらレポート進めて。いまどのへんまで終わってんの?」

「……とりあえず4分の3は埋めた。うまくいったらたぶんあと1時間で終わる」

「お、すごいじゃん。がんばれ」

おにぎりの包装をはがしはじめるマサキのとなりに座り、パソコンをのぞくと確かにだいぶ埋まっていた。からあげくんをひとつ口に運ぶと、あの独特の味が口いっぱいにひろがる。さむい外に長いこといたからか、ちょっと冷えてた。わたしが買ってきたツナマヨのおにぎりをかじったマサキは、「っしゃ、」と小さく意気込んでまた片手でキーボードを打ち始める。

「マサキー。あーん」

「は」

何事かとこっちに首を動かしてきたマサキのおっきな口の中に、からあげくんをいっこ押しこむ。ぱくんと唇をとじたマサキ。ぱちぱち、蜂蜜色の瞳が見え隠れした。わたしが食べさせたからあげくんを噛みしめながら、「……さっきはくれねえって言ったのにな」とつぶやく。

「それ食べてがんばれ。お茶もらっていい?」

「いまコーラしかない」

「えー……まあいいや、コーラもらうよ」

「太るぞ」

「ほっとけ。マンガ読んでるね」

「おー」

勝手知ったるマサキの家。ぺたぺたとフローリングの床を歩き、あんまり物がない冷蔵庫からコーラのペットボトルをとりだし、本棚から適当にマンガを抜きとってベッドに腰をおろす。ひと昔前に流行った少年マンガ(もちろんサッカー関係の)をぱらぱらとめくった。
わたしの本のページをめくる音と、マサキがキーボードをたたく音だけが響く。されど人間なので睡眠は必要不可欠なものなわけだ、わたしの頭はゆっくりゆっくり船をこぎ始める。あ、これはやばいかもしれない。壁に預けていた体をベッドにぼすんと押しつけると、おもしろいくらい跳ねた。マサキの真剣な横顔が目に入る。サッカーに打ち込んでるときとおんなじくらい、必死な顔。ずっと見ていたいと思うけど、悔しいかなだんだんと視界が暗くなっていくのがわかって、それに誘われるまま目をとじた。

「……い、おい」

「………マサ、キ?」

覚束ない頭でわかったのは、わたしの肩を揺するマサキの声と顔だけ。壁に吊ってある時計を見ると、わたしが意識をなくしてからまだ一時間半しか経っていなかった。

「レポート、は?」

「いま終わった。からごほうびくれ」

「ごほうび……? んむ、」

寝ぼけ半分目覚め半分な頭でも、マサキの今の行動がなんなのか説明くらいはできる。マサキのかさかさの唇がわたしの乾いた唇にかぶさってきて、なにこんなふたりして唇荒れてんの、って吹き出しそうになった。くっついてたのはほんの数秒で、すぐに離されてマサキの眠たげな顔が目に入る。わたしのまぶたや脳みそも早く二度寝を求めていた。

「……今日、午前は授業ないからもう泊まってく。マサキは?」

「俺も、午前は特にない」

「そっか。じゃあ昼まで寝よう」

「ん」

布団といっしょにばすんとベッドに倒れてくるマサキ。猫っ毛がふわりと顔にかかってきてちょっとくすぐったい。寒かったのもあってマサキに体をくっつけてみると、はいはいって感じの態度でぎゅうっと抱きよせられた。あったかい。のび太並みのはやさで寝息を立て始めたマサキのほっぺをつまんでみる。そしたら「はやく寝ろ」ってしかられた。そうこうしているうちに意識がふわふわとまどろんでいく。
言葉では言い表せない気持ちが心を占めていく。この気持ちをなんてあらわしたらいいんだろう。うーん、やっぱりひどく月並みだけど、「幸せ」がしっくりくるかなあ。とかなんとか思いながら、マサキの体温につつまれたわたしはゆっくり目を閉じた。もう聞いていないであろうマサキにきちんと「おやすみ」と言うのを忘れずに。


三月の何がそんなに楽しいのかわかんないけど、きみがわらうと幸せだ //にやり


20120417/狩屋マサキ
thx20000.もねこさん
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