昔から星をみるのが好きだった。街灯がひとつもない真夜中の空は、いつも星の魅力を存分にわたしたちに教えてくれる。きらきらとまばゆく降りそそぐそれらを捕まえられたらどんなに幸せだろうか。
シュウは、星みたいな人だった。



「眠れないの?」

廊下をあてもなくふらついていたわたしに声をかけたシュウは、窓にもたれかかり月の光をきれいな黒髪に溶かしながら笑った。
究極のチームを作るためのプロジェクト「ゼロ」の特訓のために、マネージャーとして白竜たちとゴッドエデンに連れて来られて早一週間。まだ環境に慣れてないからか、わたしは眠れない日が続いていた。目を閉じても深い眠りにつけなかったり、眠れてもへんな時間に目を覚ましたり。おかげで不調が続き、小さなミスを繰り返してついに牙山教官からお叱りを受けてしまった。
シュウはわたしがマネージャーを務めるエンシャントダークのキャプテン。本当はその地位には別のひとがつくはずだったんだけど、ゴッドエデンで暮らしていたシュウの類い希なるサッカーセンスが評価され、彼がキャプテンに身をおくことになったのだ。

「うん、まあ……あんまり」

「ずっとぼんやりしてるもんね。今日は教官に叱られてたし」

「み、みてたの?」

「うん」

けたけたと笑うシュウに腹が立って、「シュウこそこんな時間まで起きてて、明日の練習に響かないの?」と嫌みたらしく言ってみる。すると彼は困ったようにまゆを八の字に下げて、「うーん、まあ、なんていうか……僕、眠らなくても大丈夫なんだよね」と言った。
まだ出会ってからまだ日が浅いこともある。けど、それを取り除いて見てみてもシュウは不思議なひとだった。化身を出せるほどの能力、それに伴うサッカーの技術がありながら、フィフスセクターの情報網に一度も引っかからなかったり、そもそも孤島だと噂されていたこのゴッドエデンに生まれたときから住んでいたと豪語していたり、彼専用の個室を用意しても、施設にはなかなか戻らず森の中で休息をとっていたりと自由気ままに生きている。わたしの中でのシュウは、この時点では8対2の割合で不思議なひと と サッカーが強いひと に振り分けられていた。
意味がよく汲み取れないシュウのセリフに首を傾げていると、壁から身体を離した彼がわたしの右手をとる。わたしの手のひらをつつむシュウの手は、冬の外の下に長い間さらされていたときと同じくらい冷たかった。

「僕の部屋、くる? ひとりは怖いけど、ふたりなら安心して眠れるかもよ」






はじめて入ったシュウの部屋は、質素を飛び越えてもはやなにもない という表現が正しいように思えた。あるのは部屋のまん中にぽつんと主張しているキングサイズのベッドだけ。必要最低限のものすら見あたらない。ほんとに全然使われてないんだなあ。生活感がみじんも感じられないや。

「ほら、ベッドいこ」

つないだままの右手を強い力で引っ張りベッドへ一直線に向かうシュウ。彼が飛び込むとぼすん とゆるい音を立てたそれにわたしも全体重を預けてみると、ぼふん、これまたゆるい音を響かせながら身体が大きくはねた。

「すごい、キングサイズとか……どんだけ優遇されてんのシュウ」

「こっちはそんなことされてもねえって感じなんだけど……たぶん、僕の前にキャプテンになる予定だった人がこの部屋にくるはずだったから、その人が用意させたんじゃないかな」

ふうんと中身のない返事をしながら、遠い天井を見上げてみる。開きっぱなしの窓からこぼれる藍色が白い天井を染め、さらに星の光もそこに反射されてきらきら瞬いていてまるでプラネタリウムみたいだ。ぼんやりとそれを見つめていると、シュウの指が頬をすべるのを感じた。意識を戻してシュウのほうへ身体をよじると、今度はわたしの前髪に手をのばしたシュウが「眠たくなってきた?」とたずねてくる。

「うん、ちょっと」

「そう、よかった。今日は僕が隣にいるから、安心して寝ていいよ」

「なあにそれ」

変なの、とつぶやこうとしたけど その前にわたしの意識はゆっくりと塗りつぶされていった。






それから、わたしは眠れないときはシュウの部屋を訪ねるようになった。時によってシュウは部屋にいたりいなかったりするが、毎日入り口のドアは開いてある。不用心だなあとは思うけれど、ありがたいと言えばありがたい。
シュウがいるときはわたしが眠れるまで頭をなでてくれる。いないときも天井に栄えるプラネタリウムをみていたらなんとなく気持ちが落ち着いてすぐに眠ることができた。シュウの部屋はいつのまにかわたしの拠り所になっていた。

「いよいよ明日だね」

わたしがそう言うと、隣で寝転がるシュウはそうだねと微笑む。明日、チーム「ゼロ」は雷門中サッカー部と戦う。これに勝てたらわたしたちはついに究極のチームになれるのだ。アンリミテッドシャイニングやエンシャントダークとの練習試合に参加したとき、白竜やシュウに翻弄される雷門イレブンをみて「これなら絶対にゼロは負けない」と確信していた。3日間、雷門イレブンには特訓の猶予を与えたけどわたしたちの勝利は確実だろう。
……自信をもってそう言えるはずなのに、わたしの心は言いようのできない何かが支配していた。明日の試合で、わたしは大事ななにかを失ってしまうような気がした。この感情はなんなんだろう。どうしてこんなにたまらなく不安になるんだろう。ねえシュウ、シュウなら大丈夫だよね。

「負けないよね、シュウ。シュウは、わたしたちは究極になれるんだよね」

確かめるようにそう言うと、シュウは「当たり前だろ」って笑った。その笑顔にほっと息をついて、わたしは目を閉じた。
シュウの笑顔をみても拭いきれなかった不安を、心の奥底におしこんで蓋をして。







「僕は残るよ」

「ゼロ」は雷門イレブンに敗れた。けれどゴッドエデンにいた全員がとてもいい試合だった、と思えたくらい充実した試合だった。ずっと忘れていた、サッカーが大好きだっていう大切な気持ちを思いだすことができた。強くあることに縛られていたシュウも、聖騎士アーサーが倒されてからは吹っ切れたように試合そのものを楽しんでいた。わたしたちは、本当のサッカーをとりもどした。
「ゼロ」のプロジェクトに失敗したわたしたちはゴッドエデンを去ることになった。けれどシュウは頑なにここから出ていこうとはしなかった。最後の船が出発する時間になっても、シュウは船に乗り込んでこない。
わたしはシュウと向かい合っていた。船長になんども船に乗るように声をかけられたけど必死に説得してなんとか時間をもらった。本当に残るのと尋ねると、シュウはうんとはっきりそう言って、それからすぐに「さよならだね」と笑った。

「楽しかった。ありがとう」

「……絶対会いに来るから、いなくならないでね」

「うん、また来てね。待ってる」

もう本当に時間がないと知らせる汽笛が響く。わたしは急いで船に乗りこんだ。わたしがシュウに必死に手を振ると、彼はひらひらと軽く振りかえしてくれた。最後の最後までシュウらしい。
大丈夫。ここに来たらまたシュウに会えるから、だからきっと、大丈夫だよね。



さくさくと軽い音をたてて森の中を歩く。まだここにいたころ、シュウが教えてくれたこの島に古くから伝わっているサッカーの神さまのところへ向かって。
「シュウは消えたよ」 カイがわたしにそう話してきたのは、ゴッドエデンを離れてから一週間したころだった。

「あいつは元々、島に後悔があってこの世からいなくなりきれなかったやつだったんだ。だけど、この間の雷門中との試合で、心残りがなくなったんだろうな。俺たちが島をでた後、あるべき場所へ戻っていったよ」

カイの言葉を聞きながら、嘘だと叫びたい感情を持ちながらも確かに思い当たるところはたくさんあったなあと冷静な頭で考えていた。はじめてシュウの部屋にお邪魔したとき、「眠らなくても大丈夫なんだ」と悲しそうに笑っていたことも、つかまれた右手に少しもやどらなかったぬくもりも。全部、そういうことだったんだろう。
「そっか」とだけつぶやいたわたしにカイは目を丸くした。てっきり泣いて嘘だと叫ぶと思っていたんだろう。それだけだからと笑ったカイと別れ部屋に戻ったあと、シングルサイズのベッドに飛び乗って、わたしはひとりで泣いた。

「シュウ」

返事なんてかけらも期待していなかったけど、とりあえず名前を呼んでみた。像はなにも言わない。ただゆらゆらと周りで揺らめく風が彼の頬をなでていた。

「せっかく来たのに、いないじゃんかうそつき」

返事はない。もうとくに責める気も起きなかったので、像の前にしゃがみこんでずっと持っていた花束を隣に置いた。ちょっと見渡すとすぐ近くにも似たような花束が置かれてあって、ああ白竜も来たんだな、と思った。こういうときにどんなお参りをしたらいいのかわからなかったから、適当に手のひらを合わせて目を閉じる。
シュウ、聞こえてますか。きみが気に入っていた天馬くんは、ホーリーロードで優勝してフィフスセクターをやぶって、きみのサッカーをとりもどしてくれたよ。その瞬間をきみといっしょに見たかったなあ。わたしは元気だよ。シュウは元気にしてますか。そっちではなんのしがらみもなくサッカーができていますか。毎日笑顔でいられていますか。妹と楽しく暮らせていますか。よく眠れていますか。それと、できればでいいから、時々でいいから、みんなのことやわたしのことを思いだしてください。きみが幸せであることを願っています。

目を開いて立ち上がる。膝についた短い草を払い、一度像に頭をさげて背を向ける。
今日はよく眠れそうだ。


正しい幸せなんてない


シュウ/20120523
アルテミスの賛美歌 に提出

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -