じいいっと穴があきそうなくらい倉間の顔を見つめてみる。見られている本人はさして気にした様子もなく(というか気にしてるひまがないんだろうな)、せっせっと今日提出の化学の課題に手を動かして勤しむ。ちなみに今は放課後。沈みかけの太陽の鮮やかな光が教室内をあふれんばかりに満たしている。
「今日中に提出しないと点数大幅に引くからね?」と笑顔で言いきったサッカー部の顧問でもある化学担当の音無先生に 成績的な意味で恐れを感じた倉間は、なんとか下校時間までに終わらせようと躍起になっているのだ。わたしはやらなくてもいいのかって? わたしは2日前に課題を終わらせたからモーマンタイ。しっかりばっちり提出しました。しかし倉間はよくこんなに視線を送られていながらも無心でワークを解くことができるんだろう。その集中力切実に分けてよ。

「くらまあ」

「………さっきからうるっせぇな。なんだよ」

「わたしさっきまでずっと静かだったんですけど〜」

「視線がうるっせぇんだよ。早く用件話せ」

「(短気め…) わたしの隣の席のアイちゃん、最近ふられちゃったんだってさ」

「吉野が? 誰だよ相手」

「霧野くんだってさあ」

あー霧野か、とピンク色の髪をふたつしばりにした彼を、きっと頭に思い浮かべているのであろう倉間は シャーペンの頭を自分の下唇に当ててわたしに笑いかける。にこっなんてかわいらしいもんじゃない。いたずらを思いついたガキ大将みたいな顔だ。

「しゃーねぇよ、あいつ最近彼女できたからな」

「ええええそうなの?! 相手は?!」

「隣のクラスのバレー部のやつ」

「バレー部……あっあのショートカットのかわいい子だ!」

「そーそー」

隣のクラスにいるバレー部の子といったら、落ち着いた色の髪を短く切りそろえた彼女しかいない。たしかにかわいいし、お似合いカップルだなあ。霧野くんったら、ちょっと前に会話したときは「女にあんま興味ないからな」とか言ってたくせに、憎いねえもう。

「は〜でもお似合いだねえ。いいなあ」

「でも、霧野んとこは霧野んとこで悩んでるっぽいけどな」

「え、どこに悩むとこがあるのさ」

「なんか、性別逆じゃねえかみてぇなこと言われてバカにされてるんだとよ」

「うーわ、ひどいねそれ」

どうせ僻みみたいなもんなんだろうけどなあ。いいじゃん人の付き合ってる相手についてとやかく言わなくてもさ、って思っちゃうよね。またワークに視線を落とした倉間に、「そうやって考えたらわたしと倉間はまだいいほうだよね」と言ってみると、倉間はぴたりとシャーペンを動かす手を止めた。

「……なんだよそれ」

「だってわたしと倉間って、普段は全然会話とかしないし 本気で赤の他人じゃん。誰も付き合ってるなんて思ってないだろうし」

「………」

「だいたい、わたしが優等生キャラで通っちゃってるのがそもそも間違いだよね」

暗い色の髪を均等な長さに切りそろえてメガネをかけているわたしと、透き通るみたいにきれいな水色の髪を無造作に伸ばしている倉間。サッカー部のファーストチームに属する倉間と、しがない文化部のはしくれのわたし。普段は会話らしい会話なんてまったくしないし、誰がどう見たって 正反対なわたしと倉間がつき合っているだなんて思わないだろう。嬉しいような悲しいような複雑な気持ちだ。でもみんなに知られたら絶対に、倉間とわたしは「つりあってない」って言われるだろうから、みんながわたしと倉間は無関係って思ってくれてるほうがいいのかもしれない。

「……お前さ」

「ん?」

「ほんとアホだな」

「……は?」

思わず間抜けな声がもれた。あ、アホとか倉間くんに言われたくないんですけど……。反応に困っているわたしには気にも止めず倉間はさっきまで固く閉じていた唇をせわしなく動かす。

「優等生がどうとか言ってたけど、結構隠せてねぇんだぞ色々。テストでいい点取れたらでっかくガッツポーズとるとことか、さばさばした口調とか」

「え」

「霧野の前でも真面目っぽく振る舞ってたみてぇだけど、全部ばれてるからな」

「えええええ……」

うっそだあ。倉間が霧野くんにちくったんじゃないの、と抗議してみても、倉間はあっさり「向こうから『あいつって思ってた以上に元気なやつなんだな』って言ってきたんだよ」ううん霧野くん鋭い。探偵になれるんじゃないの。

「うわああ恥ずかしい…」

「……だからべつに、俺と自分じゃ釣り合わねえとか、そういうことは思うな」

倉間の言葉に目をむいた。そしてすぐにうれしさがこみ上げてくる。わたし、倉間のこういうとこを好きになったんだよなあ。わたしがなに考えてるか全部お見通しで、それでもってわたしを一気に笑顔にさせるような言葉を言ってくれるところ。にへらっとお世辞にもかわいいとは言えない効果音つきの笑顔のまま、倉間にお礼を言う。

「へへ、ありがとう倉間」

「どーも」

「わたしもイメチェンがんばってみよっと!」

「思い切ってコンタクトとかにしてみろよ」

「だってコンタクト怖いし……」

「………そっちの方がぜってぇいいんじゃねぇの」

そのあとに小さくつぶやかれた言葉を、わたしは聞き逃さなかった。「………え、」くらま、と言葉を紡ごうとした瞬間、褐色の頬を赤に染めた倉間の顔が、わたしに近づいてきて、飛び出しかけた言葉をぱくり。そのときにかしゃんとメガネになにかがぶつかる音がして、……なるほど、たしかにキスをするときはコンタクトのほうがいいのかもしれない。
とりあえず明日は土曜日だし、眼科に行って度の検査をしてもらおう。倉間が小さくこぼした「似合ってると思う」を思いだしながら、わたしはゆっくり目をとじた。


怪獣に食べられちゃった金曜日

倉間典人/20111117
ぺぺちーの倉間月間に便乗!

image song::FRiDAY-MA-MAGiC/miwa


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