帰ったよ、と 中学生になってからすこしずつすこしずつ低くなっていく彼の声が、玄関いっぱいにこだました。ぐつぐつと煮込んでいたシチューのコンロを切る。最初のころは顔を見なければ誰の声なのか全然わかんなかったなあ、と思い出し笑いをしながら玄関に向かう。予想通りマサキがジャージのポケットに右手をつっこんだまま立っていた。そういえば今日は試合だったんだっけ。

「遅かったねマサキ。どうしたの? 瞳子姉さんも心配してたよ」

「うん、ごめん」

ごめん、なんて謝っている彼の顔に反省なんてものは見えなくって。むしろ頬をあかく染めて、嬉しそうな顔を隠す気なんてさらさらなさそうだ。なにかいいことでもあったんだろうな、と分かる。尋ねる前にマサキが口を開いた。

「ちょっと友だちの家に行っててさ。試合勝ったから、お祝いパーティーみたいなのしてた」

「パーティー?」

「そう、ケーキ食ったりとか。姉さんが作るのより何倍もうまかったよ」

「なんだと」

「冗談だよ」

なにも言わずに目の前に差し出されたエナメルを受けとり、うれしそうな顔をしながら靴を脱ぐマサキを見る。二年前、ここに来たときは笑顔のえの字も面影がなかったマサキが、こんなに笑うようになったのは その友だちと、サッカーのおかげなんだろうなあ。「晩ごはん食べられそう?」「ぜんぜん平気」 ……さすが成長期。

「姉さん」

「ん? ……ふぐ、」

ぎゅううっと、ウエストがしぼれそうなほど強く腰に巻きついたマサキの腕。思わず左手に持っていたエナメルから手を離してしまう。どさ、っとにぶい音が静かな空間に響いた。

「え、なに どうしたのマサキ」

「………」

「マーサーキー?」

「…………」

マサキはなにも言わずにわたしのお腹に頭をこすりつける。最近食べすぎてお腹が膨らんできちゃったから、あんまり触られるのは恥ずかしいんだけどなあ。甘えのスイッチが入ったマサキはオフになるのに結構時間がかかるし、まあまあかわいいので邪険にできない。まあそれが、あんまり親の愛に恵まれなかったっていうのもあるんだけど、ね。
さまざまな事情で両親がいない子が集まるお日さま園、その園にいる子はみんなお互いが大切な家族。それはわたしとマサキも例外ではない。血のつながりはないけれど、二歳年下のマサキはわたしの大事な大事な弟だし、マサキもわたしのことを大事なお姉さんって思ってる。マサキの頭をやさしくなでると、腰にまわっている腕の力が強くなった。

「……姉さん」

「なに?」

「俺、姉さんのこと好きだよ」

「うん、わたしもマサキが好きだよ」

「(……絶対わかってない……)」

彼にむかってえへへ、と笑うと、マサキはなにも言わずに、静かにはあと長いため息をついた。え、なんかわたし変なことしたかなあ。先ほどまでの行いを振りかえってみたけど、結局ため息をつかれるようなことをした記憶はなかった。そんなことに思いを馳せていると、いつの間にわたしから離れたのか、「腹減ったー」とエナメルを手にとったマサキがわたしの隣をすり抜けてゆく。晩メシ何かなーとつぶやきながら廊下を歩くマサキの足が、なにかを思い出したようにぴたりと立ち止まった。

「あ、忘れてた」

「ん?」

「ただいま、姉さん」

「おかえりなさい、マサキ」


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狩屋マサキ/20111109

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