誰にでもとことん優しいカズヤにはとてもココアがにあう。市販のあまいココアにホイップクリームをかぶせて、その上から切り刻んだチョコをかけた、とびっきりあまいココア。そんな糖分という糖分を詰め込んだそれを新聞片手に飲んでいるカズヤを想像しては、しっくりくるなあなんてひとりで納得した。ブラックコーヒーを優雅に飲んでるカズヤなんてぜんぜん想像できない。せめてカフェオレかモカチーノかなあ。


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色違いのマグカップになみなみついだ甘いココアの湯気は、あっちこっちにゆらめき天井まで伸びていく。こぼさないように気をつけながら宿舎の廊下を歩き、湯気がちいさくなってきたころ、目的地に到着。コンコン、と木製のドアを叩いてカズヤの名前を呼ぶと、一枚隔てられたそれの向こうから「どうぞ」とやさしいテノールが聞こえたので、ノブをまわしてカズヤの世界に顔をのぞかせる。もちろんココアには細心の注意を払ったまま。

「おじゃまします」

「いらっしゃい。適当に座って」

適当に、とそんなふうにカズヤは言うけれど、わたしの座る場所なんてとっくに決まっている。カズヤがいつも腰をかけている右のベッド。まん中に位置する机をベッドと挟むように置いてあるソファ。そこにわたしは毎日座る。ココアを机に置くと、待ってましたとばかりにカズヤがマグカップに手をのばした。

「うん、おいしい」

「ならよかった」

にこりとカズヤが笑うので、わたしもいっしょに目を細めて笑った。するとカズヤの顔が少しだけ怪訝そうに歪む。ああ、ばれちゃったか。わたしがマグカップを机に置くと、カズヤがわたしの予想していた通りの質問を投げかけてきた。

「…なにかあった?」

「どうして?」

「きみの笑い方、いつもと違うから」

わたしの些細な表情も読みとれるのなら、いっそのことわたしの心の中までぜんぶ読んでくれたらいいのに。人間ってずるいように出来てるなあと思いながら、わたしは口をひらいた。それがこのゆったりとした、カズヤとわたしだけのたいせつな世界を壊すことになるってわかっていたけれど。


「わたしね、告白されたんだ」


わたしのセリフを聞いても、カズヤは特別驚いたりはしなかった。いつものゆるやかな動作でマグカップを机に置き、わたしの顔をじっとみて、「…そっか」と、そう言った。きっとカズヤは知っていたんだろう。わたしの幼なじみであるマークが、小さい頃からずっとわたしに向けていた視線に。カズヤの反応は思っていたとおりだったけれど、ひどくさみしく感じてしまった。なら言わなければよかったじゃないかとも思うけれど、わたしは、カズヤが好きだから。マークがわたしに向けていた視線を、わたしはカズヤに送っていたから。カズヤがわたしの言葉を聞いて、どんな反応をしてくれるのか見たかった。

「カズヤは」

「うん」

「カズヤは、どう思った?」

わたしが告白されたのを聞いて、と続けると、カズヤはきれいなチョコレート色の瞳をおおきくしばたたせて、いつか彼が見せてくれた、抹茶を飲んだ後のように力無く笑った。はは、という乾いた声が、わたしとカズヤを包む。

「それをいま聞くのかあ。…ずるいなあ、きみは」

「……」

「…わからないんだ」

「わからな、い」

「うん」

わからない、って、なんだろう。どういう意味なんだろう。カズヤが言った言葉を、頭の中でぐるぐるかき混ぜてみても、きれいに泡立つことはない。むしろどんどんどろどろになっていく。いまわたしの頭の中を覗いたら、きっとカズヤの言葉に溺れているわたしがいるんだろう。

「…おれ、秋が好きだったんだ」

秋ちゃん。カズヤの幼なじみで、日本に住んでいる子だ。小さいころに何度かサッカーをして遊んだことがある。あの頃の秋ちゃんは、どんなににぶちんの人が見たってすぐに分かるくらいカズヤを好いていた。なあんだ、ふたりは両思いなんだ。わたしに出る幕はないってことか。目を伏せると、カズヤが言った言葉が脳内で形を成してゆく。…さっき、カズヤ、「好きだった」っていった?過去形になっているそれを不思議に思い目を開けると、カズヤが先ほどよりも苦しそうな顔で、わたしをみていた。

「分からないんだ。秋はいまでも大事に思ってる。でも、同じくらいきみも好きなんだ」

ごめん、って猫みたいに背中を曲げながらカズヤは弱々しい声でつぶやいた。ねえ、そのごめんねはわたしに?それとも彼女に?もうわかんないや。だから、わたしが今カズヤといっしょにぼろぼろ泣いてる理由も探せないよ。もともと猫背だったわたしの姿勢は、だんだん頭が落ちて腰も折れて もう猫背じゃなくって、なんて名前をつけるべきなんだろうなあ。たまたま唇の端に落ちてきた雫をなめると、ブラックコーヒーみたいに苦いあじがした 気がした。カズヤにブラックコーヒーなんて似合わない。だからいつもみたいに、ココアよりもずっと甘い笑顔を わたしにみせてよ。ねえ、お願い、カズヤ。お願いだから、笑って。


昨日のケーキはひとりで食べたよ


一之瀬一哉/20111112

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