世界のはじまりなんてたぶんそんなものだ | ナノ

「潔子さん!」

ぴんと伸びた背筋に、きれいに手入れされた黒髪を遊ばせながら廊下をひとりで歩く潔子さんに背中から声をかける。ぴくりと反応した潔子さんは身体ごとこちらに顔を向けて「なまえ」と透き通った声でわたしを呼んだ。うう、今日も今日とて潔子さんはお美しい。

「こんにちは潔子さん。どこに行くんですか?」

「ちょっと第二体育館にね」

そう言った潔子さんの両手にはそれなりに大きいダンボール。大きい分重さももちろん相当あるだろう。そんなものを潔子さんに持たせたままにはさせられない。わたしが持ちますと名乗りをあげて、潔子さんが言葉を発する前にダンボールを頂戴した。ずしりとした重みが両手に乗りかかる。なんだろう、これ。第二体育館に運ぶものだからバレー部に関係するものだっていうのはわかるんだけど。

「潔子さん、この中身って……」

「ジャージ。新入生用のね」

ジャージかあ。どうりで重いはずだと一人で納得する。潔子さんにやっぱり手伝おうかと心配されたけど、大丈夫ですと軽く返して一緒に体育館まで向かう。こうやって新入生を迎える準備をしていると、わたしたちは「センパイ」になったんだなあと思い知らされる。教えられるだけの側から、教える立場のひとになったんだ。義務教育を卒業したばかりの1年生だったころははやくセンパイになりたいなんて思っていたけど、いざセンパイになってみると緊張する。後輩はちゃんと言うことを聞いてくれるかな、とか、自分は後輩に恥ずかしくない先輩なれているか、とか。だけど気負いそうになる反面、すごくうれしい。今年はどんな部員が来るんだろう。マネージャー志望の子もやってくるかなあ。想像するだけで胸が高鳴る。その高鳴りは新しい世界に足を踏み入れるときはどきどきにとても似ていた。こわいけど、同じくらい楽しみで仕方ない。新入部員と烏野男子バレー部がどう化学反応を起こしてくれるのか。いい方向に向かってくれるといいな。まだ顔も名前も知らない新メンバーに淡い期待を抱きながら、潔子さんと足を進めた。

「なまえ、嬉しそう」

「えへへ、新入部員楽しみです」

「……そうね」

あ、そういえば中学の試合を見に行った先輩たちと田中がとにかくすごいと連呼していた北川第一のセッターの子。それから、ずば抜けた身体能力を持つらしい無名の雪ヶ丘中学のスパイカー。あの子たちはどの高校に入ったんだろう。
彼らの進学した高校がうちだと分かるのは、もう少し先のお話。

(20130114)


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