名前さんと付き合いだしてから分かったことひとつめ。名前さんは大人っぽい容姿とは裏腹に、中身はとても子どものような人だ。みんなの前では相談を聞いたりアドバイスを送ったりと年上らしさがでているが、俺と2人になるとたちまち甘えたがりが浮き出る。どうも抱きつくのが好きらしく、しょっちゅう俺に抱きついては「やっぱり神童くんはいやされるね〜」なんて言っていた。
そしてふたつめ、おばけ屋敷に強がって入るけれど、結局最後は女の子らしからぬ声をあげて泣き出してほど、彼女はとても怖がりで泣き虫だということ。

あの日、彼女を見送ってから俺はすぐに練習にもどった。変質者情報が多かったので、俺を待つよりも彼女を先に帰らせていたほうが不安が少ないと考えていたからだ。(一緒に帰る、と言っても俺と彼女の家は真反対にあるので、校門をでたらすぐに別れるのだ。)それが却ってあんなことになろうとは、このときの俺はまったく考えもしなかった。

練習を終え、携帯を開くと彼女からの不在通知が六件も来ていた。名前さんはよほどのことがない限り電話をしてこないので、なにかあったのかと思い電話をかけてみると、電話に出たのは嗚咽混じりにむせび泣いている名前さんだった。

「なんで…泣、いてるんですか…?」

「…しん、どうくんっ…」

「…名前さん、?」

「…変質者に、追っか、け…っ、しんどうく、こわい…、お願い、すぐ来てっ、来て、たすけて、…おねがい…!」

変質者、その単語に鳥肌がたつ。泣いている彼女、変質者に追いかけられた、最悪の場合を想定して憤りと寒気が背中からよじ登ってきた。「それで、いまは」「なんとか逃げて鉄塔、広場に…」う、と息を詰まらせて泣く彼女が容易に想像できて、俺にずっと助けてって、名前さんが俺の名前を呼んでて、そばに早く駆けつけたくて、持っていた携帯を放り投げて、周りの先輩や霧野の声も聞かずに走った。早く鉄塔広場に行って、謝らなければならない。気づくのが遅くなってすみません、もう大丈夫です、って抱きしめてあげたくて、疲れなんて気にせずただ走った。

俺が鉄塔広場に着いたとき、名前さんは膝をかかえてうずくまっていた。「名前さん!」月明かりのみでもはっきりと分かるくらい震えていた彼女に声をかけると、顔をゆっくりと持ち上げた。いつもは頼りがいがある雰囲気を漂わせる眉がぐしゃりと歪められ、おおきな瞳からは滝のように涙がこぼれていた。相当怖い思いをしたんだろう。

「大丈夫ですか?!なにかされたり、」

「……神童、くん。サッカーしてたの?」

え、と自分の声がひきつるのがわかった。呼吸もままならない彼女から吐き出される言葉は、二酸化炭素と共に黒い空に溶けていく。サッカーしてたの。その言葉が耳にまとわりついた。彼女が泣きながら俺の助けを求めてた、そのとき俺は、なにをしていた?

「わたしが、追いかけられてたとき、神童くんはずっと、笑いながらサッカー、やってたの…?」

違う、とは言えなかった。だって彼女が言っていることは本当のことで、変質者に追いかけられながら助けを求めていた名前さんの傍ら、俺は携帯電話には目もくれずにいつも通りにボールを追いかけていたのだから。彼女からしたらこれほど最低なことは無いだろう。ひどいよ、と名前さんが涙混じりにつぶやいた。

「…すみません」

謝るしかできない俺は、許されないと分かっていても謝罪する。いつもの彼女なら「謝らなくてもいいよ」と笑って背中を叩いてくれるのだけど、当然ながら今日はされなかった。

「しんどうくんは、わたしとサッカー、どっちが大事なの…っ」

自分の顔が歪むのがわかった。サッカーと、名前さん、どちらが大事なんて考えたこともなかったからだ。なんでもっと名前さんからの着信に気づいてあげられなかったんだろう。いや、そもそもあのとき一人で帰らせずに待っていてもらっていれば、名前さんだって怖い思いをせずに済んだのに。自分で自分がいやになって、唇を噛んでいると涙がでてきた。名前さんのほうが俺より泣きたいはずなのに、自分が不甲斐ない。

「…すみません、名前さん、すみません…っ」

俺は結局、名前さんのほうがサッカーより大事とは言えなかった。


あの日から3ヶ月が経った。名前さんは部活をやめて、勉強に打ち込むようになったと三国さんから聞いた。受験生だから仕方ないだろう、と三国さんは笑っていたけれど、俺にはもっといろんな意味が含まれていると思う。あれから名前さんと俺は、まったく話さなくなった。目が合っても逸らされて、すいっと避けられてしまう。嫌われたんだろうな、と分かった。あんなことがあったから当然なんだけれど、俺はまた彼女が俺に笑いかけてくれるのを待っている、いつもみたいに名前を呼んで、二人きりのときは甘えてほしいと思う。まだまだ知らない彼女の顔を見たいと思う。わがままだってわかっているけど。

(神童くん)

名前さん、俺は相変わらずサッカーが好きなばかで、ただひたすらボールを追いかけて、走り回っているような、くだらない、ほんとに反吐がでてしまうくらいどうしようもないやつだけど、相変わらず、名前さんを好きな俺のままだよ。


20110625



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