特にメールも来ていないけど、なんとなく携帯を操作しながら歩いた。さっきまでだいだい色だった空も、いまでは黒の面積のほうが増えて星が散り始めていた。もう日が沈むのも早くなってきたな、と考えていると、おかしなことに気がついた。耳をすまして先程までと同じペースで歩く。…やっぱり、おかしい。足音がひとつ多いのだ。わたしの足の動きに合わせて歩いているつもりなんだろうけど、わたしが履き慣れてるこのスニーカーの、地面を蹴る音を間違えるわけがない。そしてわたしは、やっと思い出したのだ。最近多発している変質者情報を。

「…っ!」

なにも考えずに、とにかく走りだした。走ってないといけないような気がした。するとついに化けの皮を剥がしたのか、相手もわたしのペースを無視して地面を蹴り上げた。陸上部で培ってきた足を存分に活用して逃げるけれど、どんなに抵抗したって男と女だ、体力や歩幅がまるで違う。最悪の場合捕まって、なにをされるか。自分の考えにぞっとした。嫌で仕方なくなって、怖くなって、助けてほしくて、わたしは持っていた携帯で、彼の名前を呼びながら電話をかけた。つながらなくても、何度も、何度も。泣きながら。

「しんどうくんっ…!」


彼が電話に出たのは、わたしが変質者から逃げ切って、鉄塔広場で肩を抱えて泣き崩れているときだった。嗚咽混じりに応答すると、彼は通話を切った。ここにもし変質者が来たらどうしよう。そんな不安をずっと背負いながら、ただ泣いた。

「名前さん!」

神童くんの声がした。顔をあげると、ユニフォームの上からジャージをはおった神童くんがこちらへ向かっていた。

「大丈夫ですか?!なにかされたり、」

「……神童、くん。サッカーしてたの?」

え、と彼の声が戸惑うのがわかった。わたしはもうよく分からなくなって、ただ言葉を暗闇に溶かす。

「わたしが、追いかけられてたとき、神童くんはずっと、笑いながらサッカー、やってたの…?」

違う、こんなこと言いたいわけじゃないんだ。だけど心のどこかでは、こんな最低なことを考えてる自分がいて、今のサッカーの現状だってよく分かっているのに、こうやって神童くんは着替えもせず、冬なのに汗だくで息切れするくらい必死に走って助けにきてくれているのに、なんでもっと早く来てくれなかったの、と思う自分がいて。

「ひどい、よ…」

「…すみません」

「しんどうくんは、わたしとサッカー、どっちが大事なの…っ」

神童くんの顔が歪むのが暗闇でもよくわかった。ぎり、と唇を噛んで、きっと責任感の強い彼のことだから、なんでもっと早く気づかなかったんだろうって自分を責めてるに違いない。そんなことないのに、ほんとは、助けにきてくれてありがとうって言いたかったのに、こんなこと言うつもりじゃなかったのに。

「…すみません、名前さん、すみません…っ」

神童くんは、わたしのほうがサッカーよりも大事、とは一言も言わなかった。


20110621


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