「はじめまして、神童拓人です」

よろしくお願いします、とわたしにお辞儀をする神童くんは想像していたよりもずっとかっこよくて、ずっと大人びていて、繊細そうな子だった。さすがあの神童財閥の御曹司なだけあるなあ。と思いながらわたしも自己紹介をする。

「早速だけど、練習始めるか。名前も見ていくだろ?」

太一に声をかけられて、わたしはもちろん、と首を縦に振った。太一があれだけ絶賛していた子なんだ、きっと相当な実力の持ち主に違いない。すとん、と座るように促されたベンチに腰を落とすと、「隣、失礼します」と声がして横に見知らぬ子が座った。ピンク色の長い髪を無造作に2つに結んでいる。整った輪郭に、サファイア色の瞳をはめた大きなつり目。一瞬1年のマネージャーかな、と思ったけれど、ファーストチームのユニフォームに包まれていることから男の子なんだと理解する。

「きみも1年生だよね?」

「はい。1年の霧野蘭丸です」

そう言って霧野くんはふわりと笑った。つり目がきゅっと細くなって、形のいい唇がきれいな曲線をつくる。霧野くんは神童くんとまた違うかっこよさを持っていた。

「霧野くんって言うんだ。きみは練習しないの?」

「俺は今日はストレッチだけなんです。練習に参加するように言われたのは神童だけなんですよ」

「なるほどー、じゃあ神童くんって本当にすごいんだね」

そう言うと霧野くんは、心の底から楽しそうな顔をして口を開いた。

「すごい、で収まりきるようなやつではないですよ。神童は」



神童くんを含めたサッカー部が練習を終えたとき、わたしの頭に残っていたのは、ただ霧野くんが言っていた通りだな、ということ。神童くんは2年3年の先輩たちに引けをとらないほどサッカーが上手だった。周りにかける的確な支持、あの太一を負かすほどの絶妙なボールコントロール、まるで一カ所の欠落もないオーケストラの指揮をみている気分だった。年下とは思えない仕草にわたしは心底惹かれていた。

もともとわたしがサッカー好きなのも後押ししてか、わたしと神童くんが仲良くなっていくのに時間はそうかからなかった。彼から告白されたのは、夏が過ぎ、すこし肌寒くなってくる秋だった。

「俺、苗字さんが、好き…です」

「うん、わたしも好きだよ」そう返事すると神童くんは自分に何が起きたのか分かっていないようなびっくりした顔をして、それからだんだん理解して言ったのか、すこし涙目になりつつ、寒さからなのか恥ずかしさからなのか分からないが赤くなった頬をさらに赤くして、照れくさそうにはにかむ神童くんを愛しく思う自分は、この人に完全に溺れてしまったのだと自覚させるのに充分だった。それからすこし経った冬の真ん中ごろに、変質者の目撃情報が多発してきた。


「神童くん!」

休憩中だった神童くんに声をかけると、神童くんは「苗字さん」とすこし顔を赤くしながらわたしに駆け寄ってくる。はあ、と口から息をもらす度にそこだけほんのり白く色づいた。

「今日は陸上部終わるの早かったんですか?」

「うん。だから神童くんが終わるまで待っていっしょに帰ろうかと思って」

そう言うと、意外にも神童くんは「だめです」と首を横に振った。

「俺の部活が終わる頃には完全に日が暮れてますよ。危ないから先に帰っていてください」

「それに、変質者情報も増えてきていますし」とつぶやく神童くんをみて、わたしのことを本気で心配しているんだということが伝わってきて、冷たい風が肌を攻撃してくるなか、心だけはじんわりと暖かくなった。

「わかった。じゃあまた夜にメールするね」

「はい。待ってます」

神童くんとさよならしたあと、わたしはまだ日が少しだけ登っているからという理由で、なにも考えずに人気の少ないが近道になる場所に向かって歩を進めた。


20110619


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -