結局、昨日はあのあと悶々と考えて問題集が手につかなくなり、シャーペンを置いたらいつの間にか寝ていたのか気づいたら真っ白い光が窓から差し込んでいた。こんなんじゃだめなのに。もっと勉強しなきゃいけないのに。受験生の苦しみは受験生にしかわからない、って先輩は言ってたけど、本当だなあと心底思う。肩にずしんとのしかかる鞄いっぱいの教科書や参考書の重さがさらにわたしを暗くさせた。重い足どりで学校へ向かう。いつもよりも少し遅めに出たからか、学校へ向かう際にすれちがう面子がいつもと違うのが、少しだけ新鮮だった。
「苗字」
「あ、南沢くん」
声をかけられて振り向くと、3年生の中でも指折りのイケメン、サッカー部の南沢くんが立っていた。とんとんと軽い足取りでわたしの隣まで駆けてくる。こう自然に女の子の隣にきて、違和感なくいっしょに学校に行こうとするあたり、女慣れしている感じがよくにじみでてる。
「意外だな。いつもはもっと早いだろ」
「うーん、寝過ごしちゃって」
「勉強しすぎか?」
「そんなわけないじゃん」
「だよな」
「…失礼だよ南沢くん」
悪い悪い、とわたしにひらひら手をふる南沢くん。態度からみて反省はしていないだろう。どうしてこんな軽そうな子がモテるのか不思議だ。たしかに顔は悪くないと思うけど。
「そういや今日、漢字テストあったよな」
「えっうそ初耳なんだけど」
「……」
「名前」、給食の時間に太一が声をかけてきた。配膳待ちだったわたしはイスから体を浮かせ、太一に呼ばれるままに廊下へでた。
「今日、ミーティングだけだし、明日からテスト期間だろ。一緒に帰らないか?」
やっぱりまだ1人は怖いだろうし、そう言われてぞわりと背が粟立つ。真っ暗な帰り道、静かに迫ってくる足音、人の気配、泣きながら走った道路、誰もいない鉄塔広場、そして、わたしが彼に言ったあの言葉。思い出したくない記憶。
「…うん」
泣きだしたい気持ちをこらえて返事をしたわたしは、ちゃんと太一をだませていたんだろうか。
放課後、ミーティングに行った太一は、わたしにサッカー部室とグラウンドがある練習場の入り口で待つように言った。指定通りの場所で、何もすることがなく暇だったのでかちかちと携帯をいじくっていること数十分、自動ドアが開き、下を見ていたわたしの目に学ランのズボンが入ってきた。なにも考えずに太一だと思ったわたしは「太一?」と声を出して学ランの主の顔に視線をやる。
「…あ」
「悪かったな、三国じゃなくて」
学ランの主はまさかの、南沢くんだった。太一と間違われたのが不服だったのか、バランスの整った顔を不機嫌そうに崩している。
「ミーティングは?」
「いま終わった。三国は監督に呼ばれて遅くなるから、俺が代わりに送ってくように頼まれた」
「そっか」
太一はみんなをまとめる3年生の中でもさらに中心だもんね。監督に呼ばれたんなら仕方ない。床に置いていた鞄を持ち上げて、肩に乗せる。今朝と変わらないくらいの重量感。それに比べても南沢くんの鞄は軽そうだ。勉強できる人は毎日教科書をとっかえひっかえしながら全冊持って帰ることもないんだろうな、うらやましい。
「よろしくお願いします、南沢くん」
「別に。…しっかし中3にもなって送ってやるって、三国過保護過ぎねえ?ガキじゃあるまいし」
「…まあ、いろいろあったからね」
20110618