とりあえず英単語と連語を丸写しした単語帳を持って、グラウンドを横切る。端から見たらきっと勉強熱心に見られるんだろうけど、実際単語が頭の中にきちんと収まっているのかと聞かれると、そうでもなかったりするものだ。

「そこだ、神童!」

幼なじみのよく通る声に足が止まる。見下ろす形になるグラウンドには、見なれたファーストチームのみんなが練習に励む姿が嫌でも目に入る。みんな頑張ってるなあ、と感心して立ち止まっていると、倉間くんにボールを渡した彼が、顔をこっちに動かした。

(…うわ、)

目をあわせるのが怖くて、ぐい、と勢いよくグラウンドと反対方向に背を向ける。最低なことをした、と罪悪感で頭が埋められていくけど、それ以上に、神童くんと目があって、彼がわたしをみてどんな顔をするか。わたしは彼に昔、いま背を向けたこと以上に最低なことをしたので、嫌われても当然な立場だ。だけど、わたしと目があって、嫌そうな顔をされるのは、辛い。グラウンドから少し距離をつくり、単語帳に視線をやりながら、逃げるように家に帰った。

「…神童、どうした?」

「三国さん。…苗字先輩がいたんです」


夜、問題集と共に夜を越そうと意気込んでシャーペンを構えると、ゆるいバイブ音が耳を揺らした。携帯を手にとり画面を見ると、放課後にあそこで足を止めてしまった原因である幼なじみの太一からだった。

「…もしもし?」

「あ、名前か?」

「わたしの携帯にかけてるんだから、そりゃわたしが出るでしょうよ」

「それもそうだな」

「で、どしたのいきなり」

はは、と笑う彼にあきれつつも要件を聞く。家が隣なんだから直接きて話せばいいと思うのに、「もう年頃の男女だから」と太一は遠慮している。わたしは全然気にしないのにな。それにお母さんじゃないんだから。そんなことを思っていた頭は、太一の一言で完全に真っ白になった。

「…放課後、神童がお前を見たって言ってたぞ」

「…、」

「心配してたぞ、神童」

「そんなわけ、ないじゃん」

「名前、」

「グラウンド通ったのはまだ日が暮れるのが早いから。神童くんは関係ないし、あんなことしたのにわたしを心配するわけないじゃん」

そうだ。わたしは神童くんにひどいことをしたんだ。神童くんを傷つけた。神童くんはなによりサッカーが大事なんだ。なのにわたしはそれを全然考えていなかった。最低な女なんだ。

「…悪かったな」

「なんで太一が謝るの」

「そろそろ切るよ。…なあ名前」

「…なに?」

「お前ら、まだ付き合ってるんだよな?」

「…少なくとも、向こうはそう思ってないと思うよ」


20110616


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