「……南沢さんに、告白されたんですね」

「え、なんで知って……」

「きょう、たまたま会って話をしたんです」

「そうなん、だ」

はい、と呟いた神童くんを、程よい潤みに戻ってきた目で見やる。伏し目がちにしているからか、瞳をふちどる程よい長さのまつげが夕焼けにきらきらと照らされて、瞳の赤茶色と同化していた。きれいだなあと思いひたすら見つめていると、神童くんの唇がうごいた。

「……さっきの、本当ですか?」

「え」

「俺のこと、まだ好きですか?」

く、と肩が強ばるのが分かった。会話を聞かれていたことは分かっていたけれど、こうもストレートに質問されるとは思わなかったからだ。神童くんはきれいな赤茶色の瞳でわたしを見据える。

「……好きだよ。まだ神童くんが好き」

「………」

「けど、迷惑だよね。あんなひどいことしたんだから、わたしのこと嫌いになって当然だもんね」

「せんぱ、」

「神童くんはもうわたしなんか好きじゃないよね。……ごめんね、ごめん。さっきのは忘れて」

治ったと思った涙腺は、またぷっつりと切れてしまった。言いかけたごめんなさいはすべてぱくりと嗚咽に食べられて言えずじまい。
ごめんなさい、わたしを忘れて、神童くんには、神童くんを傷つけない優しいひとと幸せになってほしいの。でも、やっぱり心のどこかでわたしが神童くんを幸せにしたいと思うの。まだ彼がわたしを好きであってほしいと思うの。わたしはわがままでずるいんだ。神童くんに出会うまで、こんな気持ち知らなかった。南沢くんにも太一にも抱かなかった、神童くんにだからこそ湧きあがる感情。ああ、わたし、神童くんに溺れきってるや。えぐえぐと情けない声が漏れないように口をてのひらでふさぐけど、嗚咽が絶えずこぼれてしまう。神童くん、また泣いてるって呆れちゃったかなあ。また一筋涙が淵から落ちたとき、「名前さん」神童くんの声がした。

「……俺、早く大人になりたいって、あの日からずっと思っているんです。そうしたら名前さんを守れるし、助けることもできる。……離れてもすぐに、その手をつかまえることができるのにって」

「しんど、く?」

「俺、あいかわらず馬鹿なんです。サッカーと名前さん、どっちが大事かなんて言えないんです。でもどっちも同じくらい大事なんです。どちらかを手放すなんて考えられないんです」

神童くんは舌を動かしながらわたしに近づいてくる。伸びてきた両手が、わたしの顔の輪郭を包んだ。優しく引っ張られて、わたしの唇が神童くんの薄くて形のよいそれとぶつかる。スローモーションで神童くんが離れていくとき、わたしのぼんやりとした瞳にうつった彼は泣いていなかった。

「俺、なにもできない子どものままなんです。名前さんを好きなままの」

「神童くん」

「だから、名前さんの隣で大人になっていきたいんです」

だめですか、なんて聞いたって、わたしの答えは分かりきっているでしょう。「うん……うん」震える声で返事をすると、神童くんの目がきゅっと細くなる。神童くんの笑顔、久々に見たなあ。そう思ったら、またぽろぽろと涙が顔を伝っていた。神童くんがはは、と小さく声をあげる。

「名前さん、あいかわらず泣き虫なんですね」

「う、るさいなぁ、ばか……」

「……すきです。名前さん」

「うぅ……わたしも、神童くんがすき……」

わたし、神童くんの隣にいていいんだ。神童くんといっしょにいていいんだ。実感がふわふわとこみ上げてくる。結局わたしが泣き止んだとき、橙色の空はきれいな黒に半分以上染まっていた。



初めて神童くんはわたしを送っていくと行ってから数分。わたしたちは手をつないであの道を歩いていた。ゆるい小話を続けていると、突然神童くんのてのひらがわたしのそれを強く握る。絶対に手放したりしないように、強く。きっと無意識であろうその行動に、わたしはさっきから思っていたことを言葉にしようと口を開いた。

「……わたしさ!」

「……?」

「神童くんに、無理してはやく大人になってほしいとは思わないよ。まだまだ子どもでもいいじゃない。ゆっくり、ふたりで大人になっていこうよ。ね?」

「………それもそうですね」

まだまだ子どもなわたしと神童くん。これからもたくさん喧嘩や衝突だってするだろう。けど、そうやってわたしと神童くんは大人になっていく。そうしてわたしの毎日は、きらきらと色づいてゆくのだ。神童くんのとなりで、ずっと。
神童くんが照れくさそうにはにかむ。わたしもそれに応えるように、ゆっくりと目を細めた。


20111027


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