まるで世界の中心はあなた




 
「ねぇ、佐助。もうすぐ雪の季節ね?」



開け放たれた襖の向こう。
すっかり色を少なくした庭に落ちた枯葉を、冷たい風が舞い上げては落とすを繰り返して遊ぶ。
少し寂しい季節の到来に、切なく胸が疼く。
それは、まるで私がずっと温めてきた、この想いのよう。



「佐助、覚えている?
私が六つの頃、皆で越後の上杉公の元に行ったでしょう?
私、あの時に振舞って戴いたお酒、もう一度飲みたいわ。」



あの頃は、まだお酒の美味しさなんてちっとも分からなくて、でも、美味しいと、幸せだと、いつものつくったようなものでない笑顔を浮かべた佐助に、私も幸せな気持ちを抱いた。
いつか、その笑顔を一等傍で見たくて、お父様のお酒をこっそり拝借してはいつも佐助に怒られた。
可愛らしい乙女心を、敏い筈の貴方はちっとも理解してなかったのね。



「姫様…」

「あら、幸村。
此度の戦、御苦労でしたね。素晴らしい活躍だったと、お父様から聞いているわ。」

「っ、有難き、幸せに御座います…」

「あらあら、褒められているのに浮かない顔ね?いつもの貴方らしくないわ。ねぇ、佐助もそう思うでしょう?」



私がそう問えば、冷たい風が応えるように部屋に吹き込んだ。ああ、本当に今日は殊に冷えること。



「幸村、女中を呼んで頂戴。
こんなに寒いと、佐助が風邪をひいてしまうわ。」

「姫様、」

「もう、雪が降るんでしょうね。
私、今年こそは雪合戦で佐助に一つはぶつけてやるの。」

「姫様、」

「ああ、その前に久々に城下に行きたいわ。
幸村と佐助に、ご褒美の団子を買ってあげなきゃね?」

「姫様!」



一層強く呼ばれて、思わず肩が跳ねた。幸村に一喝されるなんて、まだ幼名で呼び合っていた程に幼い時分以来ね。
ゆるりと目を向ければ、幸村は必死な顔で涙を溜めて、ぎゅうと拳を握りしめていた。
優しい、ものね。だから、佐助も貴方を主として認めていたのね。



「姫様、佐助は…」

「分かっています。私も一国の姫…戦がどのようなものか、佐助の役目がどのようなものかなど、充分に理解しています。」



幸村は、とうとう耐えきれないと言うように俯いた。
色を失う程にきつく握り締めた拳には、ぼたぼたと大きな雫が落ちる。
忍は、道具。けれど佐助、貴方の主は、貴方を道具だなんて思っていなかったのよ。
お父様だって、貴方を大事に思っていた。
私だって、私だって、なのに、



「酷いわ、私の心だけを持っていってしまうなんて」



狡いわ、本当に、最後まで狡い人。
私の気持ちに気付いていた癖に。
私のことを想ってくれていた癖に。
結局、貴方は独りで背負ってしまうのね。
私の為だって、全てを殺してしまうのね。



「ねえ、佐助…私も幸村も、まだまだ子供なのよ?
貴方が怒ってくれないで、どうするの?」



冷たい頬に触れてみても、私の熱は移らない。何処までも深い冷たさに、嫌でも現実を思い知らされる。心の臓が厭に速く鼓動を増して、今にも止まりそうな程の苦しみが湧き上がる。
ああ、いっそ、私の心の臓も、このまま止まればいい。



「佐助、私はいつまた貴方に逢えるのかしらね?」



そうっと、初めての口付けを落とした。せめて、私のこの初めての熱は持っていって。次に会う時に、返して貰うけれど。
ぽたり。私の眼から落ちた涙が佐助の目尻を伝って、それはまるで、初めて見る佐助の涙になった。



まるで世界の中心はあなた



(貴方がいて、初めて私の世界は色を纏う)

(願わくば、次の世では貴方と在りたい)



企画サイトきみの隣様へ提出致しました。
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