今日、天使に会いました。
「さぁすけー!」
「だぁ!もう!病院なんだから静かにしなきゃ駄目でしょ!
っていうか、病人らしく少しはぐったりしてなよ!!」
くすくす。
病院の待合に響く元気なやり取りに、堪えきれずに周りが微笑ましい笑いを零す。
かく言う私も、その一人だ。
毎年悩まされているアレルギー性気管支炎の薬を貰いに来たのだが、この病院は小児科の腕も評判で、いつも小さな子供が沢山いる。
子供好きの私にはとても天国な病院です。
けれど、今日は珍しく子供は一人しか居ない。
先ほどから待合室に和やかな笑いを提供してくれている、真っ赤なパーカーを着た元気なちびっこ。
ちょろちょろと動き回り、保育スペースのおもちゃのロボットに興奮している。なんて可愛さ…!
付添いの明るいオレンジの髪の男性は、お父さんかと思ったが、名前を呼び捨てにされているので、どうやらそうではないのだろう。親戚ってところかな?
「旦那?他の人たちに迷惑かけたら、大将に叱られるぜ?
しんどくって、つらーい思いして待ってる人だって居るんだよ?」
「なんと…!たいへんしつれいいたした!!」
オレンジの…『サスケ』さんに注意されたちびっこは、待合室の人達に向かって、ぺこりと小さな頭を下げた。
なんと微笑ましいのだろうか。皆がそれに笑顔を返すのに、ちびっこは小さな胸をほっと撫でおろしていた。
だって、可愛いものね。話し方も古風で、それが一段と可愛らしさを演出している。
きっと、時代劇が好きなのね。良いよね、水戸黄門とかさ。
内心でニヤニヤしながらちびっこを見守っていれば、急に込上げる咳に、思わず激しく咳込んでしまった。
うぅ…、は、早く薬を…!
「だいじょうぶでござるか!?」
「ゲホッゴホッ、ぅ、え…?」
口元を抑えて咳込んでいれば、急に膝に何かの感触。
驚いて顔を上げれば、なんとちびっこがくりくりの瞳で心配そうに私を覗き込んでいた。か、かわい…!
然し、咳が止まらないので、返答が出来ない。そのまま咳込んでいれば、ちびっこは椅子によじ登って、私の背中を小さな手でぽんぽんと叩き出した。
「こうするとよいと、おやかたさまがいっておりました!」
「ゲホッ、あ、ありがとう…!」
可愛い何この子凄い可愛い凄い優しいんですけどやだ欲しい…!
心の声を必死で抑えつつ、漸く治まった咳に安堵しながらちびっこにお礼を言った。
そうすると、ちびっこは頬をぱぁっと紅潮させて太陽みたいな笑顔をくれた。
「それがし、さなだゆきむらともうしまする!」
「ふふ、私は武田ゆみって言います。元気に挨拶できてすごいね?」
えらいえらい。小さな頭を撫でてあげれば、きゃあっと嬉しそうな悲鳴を上げてすり寄ってきてくれて、もう…可愛過ぎる!!
「こら、旦那!お姉さんに迷惑かけちゃ駄目でしょ!」
「ちがうぞ、さすけ!ゆみどのがつらそうだったゆえ、ぽんぽんしてさしあげたのだ!」
「全くもう…ゴメンね?うちのちびっこ、うるさいだろ?」
「うるさくなどない!」
「ふふ、大丈夫です。ゆきむら君、とても優しくてメロメロになっちゃいました。」
「っ、それがしも!それがしも、ゆみどのにめろめろにござる!」
「っ!!か、可愛いー!!」
何この子エンジェルなの!?とっても可愛過ぎてもう私、死んでしまいそう…!
サスケさんが隣に座って、苦笑いをしているけれど、そんなのお構いなし!
私はこの小さな男前ときゃっきゃうふふ出来る幸せに浸っていたいの…!
「真田幸村くーん。診察室にどうぞー。」
「!!」
「はーい。ほら旦那、いくよ―――って…」
「あらら…」
二人だけの幸せな時間にも、いつかは終わりが来るものだ。
ゆきむら君の診察の順番がきたことにサスケさんが立ち上がった。名残惜しいが、仕方ない…と思ったのだが。
「旦那、順番だよ?」
「…いやでござる。」
「旦那ー…」
「いやでござる!!」
ゆきむら君は、私にしがみ付いて離れようとしない。うんうん、子供ってそうだよね。
待合室では元気でも、いざ診察ってなると途端に泣いたりしちゃうもの。ゆきむら君は泣いてはいないようだけど。
サスケさんは目を覆って項垂れてるし、看護師さんも困っっている。
「ゆきむら君、先生が待ってるよ?」
「いやでござる…」
「私、もっと元気になったゆきむら君が見たいなー?」
ゆきむら君の背中を撫でながら促してみると、チラリとこちらを見て、直ぐにまた私の胸元に顔を埋めてしまった。
「ゆみどのがいっしょなら、いきまする…」
「あ、ほんと?いやー、助かるよー!」
「え、」
「はーい、じゃあこちらにどうぞー!」
「えぇ、」
ゆきむら君の言葉に、サスケさんと看護師さんは驚きの速さで私の腕を掴んだ。
そして、気付けば私はゆきむら君を抱っこした状態で小児科の先生と向かい合っていて…なんでだ?
「おや、幸村君。今日はお母さんと一緒かな?」
「ちがいまする!ゆみどのは、それがしが、めとるのです!」
「ほぉ、それはそれは。だったら、注射なんてへっちゃらな、強い男の子にならないといけないねぇ?」
「っ!ちゅ、ちゅーしゃなど、こわくありませぬ!!」
…私、お母さんと間違えられたことにショックを受ければよいのか、ゆきむら君の『娶る』発言にビックリすればいいのか、先生のトークの上手さに感心すればいいのか…もう、さっぱりわかりません。
けれど、注射にビクつきながらもギュッと目を瞑って耐え忍ぶゆきむら君がべらんめぇに可愛かったので、なんかどうでも良くなった。
今日、天使に会いました。
(いやー!ゆみちゃんのお陰で、スムーズに予防接種終わって助かったよー!)
(いえ、私は別に何も、)
(ゆみどの!それがしやりとげましたぞ!)
(うん、ゆきむら君凄かったねぇ!)
((この子マジで旦那のお嫁さんに欲しいな…俺様すっごい楽出来そう。))
((…ん?なんか、噂されてるみたいな気がする…?))
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