戯れじゃなかった
「ゆみ?そんなところで何をしておるのだ?」
「幸村、しーっ。」
なんと愛らしい仕種か。
この娘には、出会った当初から翻弄されてばかりだ。
平気でごろつきに喧嘩を売るわ、仲裁に入った俺を足蹴にするわ、それを咎めた佐助に茶をぶっ掛けるわ。
本当に無茶ばかりするゆみからどうにも目が放せず、涙目で抗議する佐助をどうにか宥めすかして城に連れ帰ったのも記憶に新しい。
あれをあんなに吠えさせる程の豪胆さを持った女子だが、反して日常に見せる言動は無邪気で愛らしいばかり。
感情をはっきりとその顔に乗せ、思う侭に行動に移す。
ともすれば、幼子か猫かと言うゆみは、一々俺の心を無遠慮に鷲掴むのだ。
それも、無自覚に、
その愚鈍なまでの無邪気さは、この世で一番の大罪ではと俺は思うのだ。
「どこ行った性悪猫!!
今日と言う今日は城から叩き出してやる!!」
「………今度は何をした?」
「佐助の着物、ボロボロになっちゃった。」
にへへー、と緩い笑い声を上げるゆみに反省の色は見られぬ。
「大概にせぬと、本当に叩き出されるぞ?」
「いやぁ、佐助のリアクションが良いから、つい。」
「りあ…?」
偶にゆみは、奥州の独眼龍の様な言葉を使う。
それを何処で覚えたのかは知らぬし、問い詰める気も無い。
只、そんな時、酷く焦燥感に駆られるのは確かなのだ。
瞬間、ゆみが帰ってしまうような気になる。
俺の知らぬ、手すら届かぬ何処かに。
「、幸村…?」
繋ぎ止めねば。
思う前に身体は動いていた。
ぱちりと大きな瞳を瞬かせるゆみ。
その身体は隠れた繁みの中、俺の下に組み敷かれると小さく身動いだ。
「どしたの幸村?
なんか、っ」
珍しく狼狽える様のなんと愛らしいことか。
駆られる侭に唇を重ねれば、うろついていた瞳は俺を捕えて動きを止めた。
「、、ん…、」
訳が解らぬのだろう、不安そうに息を詰める。
その癖、目は伏せようとはせぬ。
得も知れぬ高揚感に、ゆみと視線を交じらせた侭にその小さな咥内に舌を捩込めば、俺の下で華奢な身体が震えた。
なんと、この娘は、甘い。
柔らかな唇も、小さな舌も、殺し切れぬ吐息も、ふるりと震える身体も。
どんな上等な蜜菓子さえも敵わぬ甘さに自然と双眸が細まれば、下から弱々しく胸を押された。
「、…なんだ?」
「、いやいや、それこっちの台詞だし。
質の悪い冗談は、いやぁよ、」
なんと愛らしい嫌がり方か、これこそ質の悪い。
「冗談で斯様な破廉恥な真似は出来ぬ。」
知らしめる為にもう一度、と顔を寄せたが、寸でで薄い手の平に口元を抑えられて、己の眉間に皺が寄るのが分かった。
「、本気なんだったら、こんなとこでしないでよ…」
「、その様な愛らしい顔を見せられると、止められぬ…!」
頬を膨らませ、紅に染まった目許で睨まれて止まれる程、俺は成熟してはおらぬと言うのに。
噛み付くように口付けながらも素早く抱き上げ、俺の部屋へと縺れ込んだ。
戯れじゃなかった
『もう帰れなくなっちゃったなぁ、』
苦く笑って首許に擦り寄るゆみを抱き寄せ、退路を完全に断ち切る為、俺は再びその上等な蜜菓子の様な身体を味わうのだ。
***
2010.12.25
企画『つがう』様へ提出。
改めて自分は短編書くのに向かないと自覚。